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目次
 


@ 社会科学と精神科学の方法的差異

−三浦理論と『国家論大綱』−


(1)はじめに−『国家論大綱』の意義

(2) 三浦の規範一般論と滝村の社会的規範論の異同

(3) ヘ−ゲル「限度」論と社会的規範論

(4) Sozialwissenschaftとしての社会科学

(5) 社会科学的に特殊な言語表現の位置付け方

(6) 認識論的規範論から「国家意志説」への規定性







   
社会科学と精神科学の方法的差異

−三浦理論と『国家論大綱』−


 
(1)はじめに−『国家論大綱』の意義


  2003年、知る人ぞ知る在野の政治学者・滝村隆一が、『国家論大綱第一巻』(勁草書房)を上梓した。
  簡単な紹介・短評はいくつかあるにしても、学会論壇では完全な黙殺状態にあり、評価するなり批判するなり正面からきちんと検討した論者は、これまでのところ一人もいない。残念なことである。
『国家論大綱』は、滝村の「健康・経済状態」(『国家論大綱』上巻「はじめに」)のため草稿レベルでの出版であり、未展開と思われる項目、もっと突っ込んで論じて欲しい箇所も多い。しかし、左であれ右であれ真ん中であれ、そのイデオロギー的立場に関わらず、そこから、有益な思想的武器を得ることができるだろう。
  私自身に関していえば、滝村国家論と『国家論大綱』に対する関心興味は、
(1)自分の思想・イデオロギー的研鑽と主体的実践のための理論・科学的基礎として、滝村国家論に学ぶということ。これが関心のメインである。
 滝村理論は、社会科学・政治学という学的特殊性のゆえに、<理論>的にも<思想>的にも極めて学び難い構造になっているが、理論そのものはけっして難解ではない。歴史と社会のダイナミズムを分かりやすく説得的に叙述している。
(2)社会科学レベルで展開されたヘーゲリアン・マルクシズムの学的方法の具体化、すなわち弁証法的論理の書として、『国家論大綱』を解読すること。『国家論大綱』は政治学書であると同時に、弁証法的な論理的思考力を養成するための、有益な指南書にもなっている。
(3)滝村隆一と深い関わりがあった言語学者・三浦つとむの業績との関連を探る、という関心興味もある。
  滝村国家論とヘーゲル哲学との関連や、滝村理論の<思想>的意義に関しては、いずれ論じてみたいと思うが、ここでは、言語学者・三浦つとむの意志・規範論と、滝村国家論との学的関連に焦点を絞り検討を加えることとしたい。

 

  三浦言語学と滝村国家論の学的関係は、二人の読者には常識中の常識であるが、その内容的な異同については、これまで一度も検討されてこなかったように思う。
  三浦は、人間主体の認識・観念、表現・言語・記号など「官許マルクス主義」のもっとも不得手な分野に切り込み、大きな成果をあげた言語学者だが、その<直接>の理論的武器は、なんといっても意志・規範論であった。
  言語学以外にも、マルクス主義の基礎的諸概念の文献学的復元という仕事があり、その中でもとくに「国家意志説」は、『ドイツ・イデオロギー』や『フォイエルバッハ論』などに記されていた「国家=イデオロギー的権力」 論を復元・再構成し、意志・規範論の応用的具体化に一定の成功を収めている。また、『大衆組織の理論』や『指導者の理論』なども、レーニン組織論を踏まえた意志・規範論の応用的具体化の 実例であり、類書がないという意味では、現在でも読み継がれるべき作品であろう。三浦の業績は、意志・ 規範論を抜きにしては語れないのである。
  滝村隆一もまた意志・規範論を武器に、「官許マルクス主義」の最も苦手な分野の最たるもの、国家論を学的に構築した政治学者である。もっとも滝村自身は、三浦理論の「後継者」「完成者」ではない(『大綱』 上巻317頁)と明言している。
  三浦の「学的本領」が言語学にあり、自分(滝村)は言語学者ではないのだから「三浦言語学」の「後継者」「完成者」ではないし、ましてや三浦「哲学」などとは無縁である……という意味なら、それはその通りであろう。しかし大きく客観的に見れば、滝村が<科学者・三浦>の学統を受け継ぎ、ヘーゲル→マルクス→三浦の意志・規範論の流れにあることは間違いない。

  ただ、注意しなければならないのは、三浦と滝村は、それぞれの学的相違(三浦=言語学者、滝村=政治学者)に応じて、必然的に、その意志・規範論の内容も方法的位置付け方も異ならざるをえない、ということである。
  三浦と滝村の意志・規範論は、一見するとたしかに“似て”いる。そのためか、二人の意志論を単純に同一視したり、滝村国家論と三浦・津田道夫「国家意志説」を、単なる連続的発展系列においてしか捉えられない人も、いたように思う。
  だが、三浦の規範一般論と滝村の社会的規範論は、イルカとシャチが同じ哺乳類であるが故に“同じ”というレベルで、よく“似て”いるに過ぎない。イルカとシャチが別物であるように、やはり三浦と滝村の意志・規範論は、根本的に違っているのである。この相違は、両者どちらの規範論がレベルが上か?……というような問題では、断じてない。言語学・認識論と政治学・国家論の学的対象領域に規定され、それぞれの意志・規範論の位置付け方が、違っているということなのだ。
  この相違を論理的に突き詰めていけば、認識論・言語学と、権力論・国家論における、社会的存在としての人間(滝村風にいえば「社会そのものとしての人間」)の理論的な取り扱い方の相違に、帰着する。
 たしかに、三浦言語学・認識論も滝村政治学・国家論も、社会的存在としての人間を対象とする点では、まったく同じである。しかし、その人間の(したがってまたその<社会>的性格の)位置付け方が、根本から違う。
 この問題は、単に言語学と政治学の相違というにとどまらず、精神科学と社会科学の学的関係はどういうものか?……考える上で、極めて重要な問題である。
 以下の叙述で、この点を具体的に明らかにしていくつもりである。
 そして、この検討を通じて、規範論と権力論のレベルに限定する形で、滝村国家論の方法とりわけ世界史の発展史観を再確認し、あらためてその意義を強調するとともに、発展史観に現れた「質と量」に関わるヘーゲルの弁証法的発想も、指摘しておきたい。
  また、三浦の意志論・規範論と滝村の社会的規範論の差異が、その権力・国家論にどのような違いをもたらすのか、三浦「国家意志説」と滝村国家論との<質>的断絶についても、簡単に触れておくこととしたい。再び比喩を使えば、三浦「国家意志説」と滝村国家論は、アナゴ丼とウナギ丼が“似て”いる程度において“似て”おり、アナゴ丼にウナギ丼の代わりは務まらないという意味において、<質>が違っているのである。【補注1】

補注1

  三浦「国家意志説」と滝村国家論の<質>的断絶は、弁証法や認識論の学びに関わる、極めて重要な問題を孕んでいる。 
 先にも述べたように、言語学・認識論・心理学のような精神科学も、政治学・経済学のような社会科学も、共に<社会的存在としての人間>を取り扱う。しかし、その「人間」(と「社会的」性格)の方法的位置づけ方が根本的に異なっていて、言語学と政治学の場合、その相違は、意志・規範論という学的<礎石>の相違となって現れる。
 言語学のために創出された意志・規範論という<礎石>は、それをそのまま政治学の領域に持ってきても、権力論・国家論という<建物>を構築出来ない。しかしこれを逆に言えば、権力論・国家論の<礎石>(社会的規範論)は言語学・認識論にはフィットしない。
  この<質>的断絶を、単に言語学と政治学の学的相違というにとどまらず、学的方法一般の問題として捉え返すと、<ある特定の個別科学の基本発想と方法が、そのまま他の異なる学的フィールドに通用するほど、学問の世界は甘くない……>という話に帰着する。
たとえば、自然科学で大きな成果を上げた基本発想と方法で、社会科学に切り込み、理論的限界を必然的に露呈してしまう事例は、社会科学の歴史上いくつか存在する。この種の方法的錯誤と理論的誤謬は、隣接科学というべき精神科学と社会科学の関係でも、起こり得る。
  そして、この問題を、科学者個人の主体的能力の問題として捉え返せば、

【 三浦つとむのような弁証法の大家でも、認識論・言語学の中で獲得した弁証法的技量や認識論的実力が、政治学のような社会科学でそのまま通用するわけではない。社会科学のフィールドで弁証法的技量と理論的実力を発揮するためには、それこそ一から、初心者として入門し直し、長い学的苦闘を経なければならない。しかし、皮肉なことに、ある一つの分野で学を極めた者が、他の分野に転じると、その技量が高いレベルで完成していればいるほど、逆に、自分の専門で培った技が新たな学びを阻害することすらある(学的技量のモデルチェンジの困難性)。理論の学びとは、かくも難しく、またやっかいなものである 】

  ということにもなる。
 三浦ファンのごくごく一部の中に、“三浦に学び、弁証法と認識論を極めた者は、社会科学も容易にかつ短期間にマスターできる”と言わんばかりの人がいる。そういう人は、三浦の弁証法的技量と認識論的実力が、あくまでも精神科学的フィールド(認識論・言語学)で開拓されたものであることを、<方法的>にきちんと理解できていないのである。


(2) 三浦の規範一般論と滝村の社会的規範論の異同

  まず、次のような問いを設けてみよう。

[言語学で構成された意志・規範論は、他の学問領域、たとえば社会科学としての権力論・国家論・政治学で必要とされる意志・規範論と、<まったく同じもの>と言えるだろうか?……。言語学で有効な意志・規範論が、国家論・政治学、とりわけその「論理的端緒」をなす権力論においても、同じ有効性を発揮するであろうか?……]

  答えはいうまでもなく否。そんなわけがないのである。三浦の意志・規範論は、認識論・言語学の前提的基礎、言語学という建物を建設するための<礎石>であり、滝村の意志・規範論は、権力論・国家論を構築するための<礎石>である。
  その上に乗っかる建物が違えば、当然<礎石>は違ってくる。言語学の<礎石>に国家論という建物は乗らないし、政治学の<礎石>に言語学はフィットしない。両者はともに「規範」を論じながら、それぞれの現実の学的対象領域と、それに規定された学的方法と理論的特殊性に応じて、「規範」を理論的に扱う次元と視角が、異なっている。この点を、三浦と滝村に即して考えていくことにしよう。

 

  三浦の主著『認識と言語の理論』(勁草書房)は、まず言語を科学的に解明する必須の前提として、まるまる一冊を費やし「認識の発展」を論じている。そこでの三浦「規範」論の特質は、

A <認識主体>としての人間に即した「規範」論であり、<認識論的規範論>とでもいうべきものである。
  そこでは、人間(認識主体)の認識活動にスポットを合わせ、「社会的存在」としての人間個体が、社会生活の中で「精神的に」相互に創り合う本質的な精神的交通関係、「規範」を創り出す過程を考察している。人間は、<本質>的に社会的存在でありながら、しかし<直接>的には「個人」としてしか存在しえない。<人間>一般が、社会生活の中で、みずからの行動を直接規定する実践的認識=意志を、いかに生成−発展させていくか?……、<認識主体>の内的世界に即した把握である。

B 様々な「規範の諸形態」の中に、「規範」としての内在的本質性を見いだす「規範」一般論である。
 「個別規範」ような「簡単な規範」にも、「すでに規範の本質が示されている」(『認識と言語の理論』第一部 154頁)。「個別規範」「特殊規範」「普遍規範」(全体意志)は、その「規範」の及ぶ範囲が、「個人」という「個別」か、「特殊な人々」という「特殊」か、それとも「社会全体に適用」される「普遍」かという、適用範囲のレベルにおいて相違はあれども、それぞれが、「規範」としての本質を内在させている。
  規範を自ら創出する場合も、他者の規範を「頭の中」で主体的に「複製」する場合も、互いに合意した「共通の意志」を成立させる場合も、「自然成長的」に規範が「頭の中」に「浸透」する場合も、すべて<意志の観念的対象化>として、論理的に共通しているものと見做す。
  そういうレベルで、三浦は、規範一般論を提出しているように思う。

 

 では、三浦「規範」論を継承する滝村「社会的規範」論はいかなるものか?……。まず、三浦「規範」論からの継承性の面から、その「規範」論を見てみることにしよう。

「規範とは、我々が社会的生活において、ときどきの多様な、ときにはのっぴきならない必要にもとづいて創り出した、人々の実践と活動を共通に規制し、拘束するところの、特殊な<取り決め>といってよかろう」(『大綱』上巻81頁)

  この規定の中の「社会的生活」について、滝村は補足を加えているが、これは極めて重要な事柄と思うので、その補足も引用してみる。

「もちろん、ここでいう『社会生活』とは、<人々が労働の対象化において現実的に結合し、その活動を相互に交換するこ とによって、精神的にも肉体的にもつくり合っている>、社会的生活の生産関係の全体をさしている」(同上81〜2頁)

  これはマルクス・エンゲルスの基本的な社会観であり、三浦つとむにも継承された労働連関論としての社会本質論である。 労働が生活資料に<対象化>され、その生活資料を消費することで<対象化>された労働が現実的諸個人に<対象化>され ……という<媒介的関係性>の総体を、本質的なレベルでの<社会>と把握する発想である。
  滝村は、精神的交通関係の中で創出される「規範」一般の「社会的性格」をまず押さえた上で、つぎのように「社会的規範」を論じていく。

「……注意を要するのは、ひとたび決定された<取り決め>が、人々の実践的な活動を<共通に規制し、拘束する からといって、必ずしもそれが、人々の<共通の意志>や<共通の観念>だとは、限らないということである。 もちろん、その如何は、もっぱら<取り決めの決定形態>の如何に、かかっている。したがって、<取り決め>とは、人々を<共通の意志>や<共通の観念>ではなく、人々を<共通に規制し、拘束する社会的・一般的意志> なのである」(同上82頁)

「社会的規範とは、組織・制度に包摂された諸個人を、直接規制し拘束する、組織・制度としての一般意志にほかならない」(同上87頁)

 「取り決め」(規範)が「人々の<共通の意志>や<共通の観念>」かどうかは、「取り決めの決定形態」にかかっている。民主的な意志決定形態ならば、「取り決め」(規範)は、みんなで合意した「共通」の総意といえるだろう。しかし、自分(滝村)は、そんな意志内容の「共通」性などを問題にしているのではない。「取り決め」(規範)の本質的性格は、それが、諸個人を遍く「共通」に拘束する<一般>性にある。この「人々を<共通に規制し、拘束する社会的・一般的意志>」が、滝村の「規範」一般規定である。
  ここで注目すべきは、滝村が、「個別」「特殊」「普遍」に対応させた形で「普遍的意志」とはせず、「一般的意志」としている点である。「一般的」とは、

(a) 「諸個人を共通に規制・拘束する」という意味で、「一般的」。すなわち、「全体的」にして「普遍的」というレベル。
(b) もっとも発展した事象は、その事象を事象たらしめる「本質」的性格を、全面的・全体的に開花・顕在化させているという意味で、一般的=典型的。

「一般」という概念は、(a)と(b)の二重のレベルで成り立っており、しかも、この二重のレベルは、必然的な関係にある。すなわち、「社会的規範」が、「諸個人を共通に規制・拘束する」という<量>的範囲が、一般的=全体的=普遍的レベルに達しているならば、その「社会的規範」は、その<本質的性格>を全面的に開花・発展させているという意味で、一般的=典型的である。[補注2]

  以上の滝村の方法的発想を、規範一般レベルで突っ込んで考えると、極めておもしろい。
  滝村自身は、明確に表明してはいないが、「組織・制度としての一般意志」は、もっとも「発展」したという意味で「典型的な 社会的規範」であるばかりか、この「組織的・制度的規範」こそが、実は、「規範」そのものとしても、もっとも「発展」している(「規範」としての本来的性格を開花・発展させ、その<本質>を顕在化している)……という意味で、もっとも「規範 」らしい「規範」(「規範」として一般的=典型的。したがって、たとえば言語規範などは、社会的規範としては極めて特殊なものである)ということにもなるだろう。

「<権力>現象は<組織>なくしてはありえない、とまでは言えないにしても、<組織>あるところに全面的に開花し、展開している」(同上97頁)

「いうまでもなく、規範としての内部的な規制と拘束力をもっているのは、組織的・制度的規範であって、この意味でそ れは典型的な社会規範といえる」(同上93頁)

  滝村は、「組織的・制度的規範」を「典型的な社会的規範」と位置付け、その「組織的・制度的規範」を理論的尺度に、「個別規範」「特殊規範」をそれぞれ「未熟な形態」と位置付ける。では、その「典型」か否かの基準は、なにか?

「……人々が規範としての意志に、どの程度服従するかの如何は、もっぱらその処罰規定の内容上の厳しさが、どの程度、 実際に貫徹されているか、にかかっている」(91頁)

「いうまでもなく、規範としての内部的な規制と拘束力を持っているのは、組織的・制度的な規範であって、この意味で、それは典型的な社会規範と言える」(93頁)

「社会規範」として「典型」か否かの基準は、その直接の在り方においては「罰則規定」にどれだけの貫徹力があるかであり、これを本質的にみれば、罰則が貫徹することで諸個人に及ぶ「内部的な規制と拘束力」の「規模と質」如何ということになる。
  この点は、方法的に極めて重要である。
「個別規範」は、その「内部的な規制と拘束力」が、「規模と質」において「小さく弱く」、そこにこそ、「個別規範」の「規範」としての「限界」がある。では、「特殊的規範」はどうか?
「特殊的規範」としての「契約」を見れば分かるように、それに違反した当事者は、法的訴追の対象になり、敗訴が確定すれば、圧倒的な「罰則規定の貫徹力」を身を以て知ることになる(この点、三浦は「契約書」に「ものをいわせる」という事実的指摘をしてはいるが、その社会科学・政治学的な、理論的意味には注意を払っていない)。
  しかし、「契約」という「特殊的規範」も、「社会的規範」としては「限界」を持っている。

「<契約>は、社会的諸関係の中で生まれた、特殊的規範である。それは、規範としての規制と拘束力を、自己自身の内にではなく、国家権力の保護という、<外部>に求めなければならない点で、社会規範としては、生まれたばかりの赤子の段階にある」(93頁)

「契約」段階の「規制と拘束力」は、「自己自身の内にではなく、国家権力の保護という、<外部>に求めなければならない」という点で、それは「個別規範」と同じく、やはり「社会的規範」として<未熟>である。そういう未熟な段階を学的対象的素材としては、「社会的規範」論を<本質>論的に構成できないし、<規範>論が<権力>論に結実しない。

  以上、「社会性」のほとんどない「個別規範」を、「規範」の「論理的端緒」とし、「特殊的規範」を、「社会規範」としては生まれたばかりの赤子の段階」にあるとする発想に、<もっとも発展した典型的事象を正面に据えるべし>という<方法>が、貫徹されていると、みて取れる。
  滝村に独自の方法とは、

<政治学の学的対象素材として正面に据えるべきものは、最も発展した政治的事象である。「最も発展した」というのは、その事象を事象たらしめる本質的・本来的性格が、完成的に開花・顕現しているということであり、そういう典型的=一般的事象を理論的に解明し、そこで獲得した一般理論を尺度にすることで、典型たらざる未熟な事象が、なぜそれが未熟であるのか?……理論的に把握できる>

  という発展段階論の方法である。たとえば、「租税」を例に取ってみよう。
 近代以前の社会的歴史的事象は政治・経済の未分化混交が常態で、前近代の「租税」諸形態とりわけ「地租」は、土地所有権に基づき請求される「地代」と、政治的支配 権に基づき徴収される「地租」との未分化混交形態が一般的である。その具体的諸形態が果たして「地租」なのか、それとも「地代」なのか 論理的に区別するためにも、近代以降の「統一的租税制度」を正面に据え「租税」とはなにか?……を理論的解明する作業が、前提になる。
  こういう発展段階論的方法を前提に、滝村「社会的規範」論は「社会的権力」論を結晶するものとして構成されている。
 歴史的・現実的な「社会的権力」(社会的支配力)は、「<組織>あるところに全面的に開花し、展開している」(97頁)。したがって当然、「個別規範」や「特殊規範」のような未熟な形態ではなく、「組織的・制度的規範」を、「典型的な社会的規範」として、考察対象に据えることになる。
  また、このような<社会科学的に特殊な方法>に立脚している以上、「慣習」や「家風・社風」あるいは「契約」などは、典型たらざる未熟な形態として、取り上げられているにすぎない。この「典型たらざる未熟な形態」を取り上げる事で、「組織的・制度的規範」が「典型的な社会的規範」であること、その「典型」性の基準が「規範としての内部的な規制と 拘束力」にあることを、くっきり明瞭に浮き彫りにしえるのである。
  また、「社会的規範」の一つである「言語規範」も、直接正面に据えられることはない。「言語規範」は、法律や、党・団体の綱領などとはまったく異なり、<直接>に政治的・経済的・文化的な社会的組織権力を構成する「組織・制度としての一般意志」ではないからである。
 この「言語規範」を直接正面に据えるのが言語学である。認識論・言語学では、「社会的規範」の「社会的性格」を論じる場合、その「社会的性格」をgesellscahftレベルで[補注3] 、その本質的な<媒介的関係>性において捉えることに主眼を置いていて、社会科学としての権力論・国家論と、その学的次元を異にしている。
 したがって認識論・言語学は、<実体>的な<社会的権力>soziale machtを直接、真正面から学的対象領域としているわけではないから、それは厳密には社会科学ではない。心理学などと同じく、精神科学とか人間科学・文化科学と命名されるべきであろう。
   もし、<認識論・言語学>が、人間の認識・言語・表現との関連で、政治的・経済的・文化的なsoziale machtを取り上げるとしたら、それは、社会科学や、実証史学・文化人類学・民俗学などの社会的歴史的諸学の業績を導き入れた、「言語社会学」とか「社会学的言語学」のような、クロスオーバーされたかたちを取ることになるだろう。

 【補注2】

 「普遍」も「一般」も、事象の<本質>をそれぞれ別の角度から捉えたものであるが、現実的事象の「本質性」を常識的に「共通性」と見做し、多様かつ複雑な現実的諸事象の「共通性」に着目して(事象の特殊的諸要因は「非共通」「非本質」的な特異性として切り捨てられる)、一般性=共通性=普遍性とイコールで位置付けることもできる。
  その具体例。三権分立は、すべての民主主義諸国家にあまねく共通する制度であるという意味で、“三権分立は、民主主義国家にとって一般的=普遍的なものである。
  しかし、「一般」と「普遍」の区別と連関は、常識的な一般性=共通性=普遍性とは異なるレベルで、弁証法的に把握されなければならない。
「一般」も「普遍」も、ともに事象の内在的<本質>を把えたものであり、しかしその<本質>を把握する視角が異なっているが故に、「普遍」と「一般」という二重の概念規定が必然化する。すなわち、

a)対象の<本質>を、個別・特殊との<連関>において捉えれば「普遍」(個別−特殊−普遍=本質)

b)対象の<本質>を、個別・特殊との相対的の<区別>において捉えれば「一般」(個別・特殊⇔一般=本質)となる。

  この「一般」と「普遍」の相違は、たとえば、「特殊理論」と区別される「一般理論」とは表現しても「普遍理論」とは言わない、「経済の一般理論」とは言っても「経済の普遍理論」とは表現しないのはなぜか?……じっくり論理的に突き詰めていけば分かるだろう。

 a)「普遍」は、対象の<本質>を、個別・特殊との<連関>すなわち個別−特殊−普遍=本質という<媒介=止揚関係>において捉えた規定である。
   個別・特殊は普遍を孕むという意味で、<本質>は個別・特殊に遍くく内在する。しかしこれを逆に言えば、<本質>は個別・特殊において以て自らの<本質>を遍く顕現する……。
  そういうレベルで、個別・特殊と本質の<連関>を考えるとき、<本質>は「普遍」なのである。
  そもそも、個別・特殊という規定自体が弁証法的な規定であって、普遍との<連関>を前提にしている。非弁証法的な発想では、個別・特殊は単なる非本質的な特異性とされ、機械的に切り捨てられる。

 b)これに対して「一般」は、<本質>を、個別・特殊との<連関>においてではなく、個別・特殊との論理的な<相対的区別>において、個別・特殊と大きく対比・対立させたかたちで(個別・特殊⇔一般=本質)、捉えたものである。だからこそ、「特殊理論」と対比的に区別される「一般理論」という表現も成り立つ。
  一般理論は、対象の<本質>が十全に発展・顕在化した<典型>的な理論的モデルという意味で、「一般」理論である。その「一般」理論と区別される「特殊」理論は、対象の<本質>を内在させながらも、<典型>たらざる「特殊」形態として位置付けられる。
  その具体例。
 議会制民主主義は、近代以降の国民国家においてもっとも一般的=典型的な政治形態である。しかし、近代以降の国民国家がすべて議会制民主主義形態を取るわけではないから(ファシズム、軍事専制国家)、議会制民主主義は近代国家の一般的=典型的形態とはいえても、「普遍的」形態とはいはない。
 したがってまた、国家的事象を一般的=典型的レベルで扱う「一般国家論」(『国家論大綱』「本論 国家とはなにか[一般国家論]」)は、「特殊」的事象を扱う「特殊国家論」(『国家論大綱』「補論 特殊的国家論」)との大きな対比において「一般」国家論とされるが、「普遍」国家論とは言われない(『大綱』の構成が、「総説 権力とはなにか[権力論]」→「本論 一般的国家論」/「補論 特殊的国家論」となっていることに注意!)。
 これに対して「普遍」の場合は、「一般」とは異なり、対象の<本質>が発展・顕在化しているか否かは、問題ではない。<本質>が潜在的か顕在的か否かに関わらず、個別・特殊に<本質>が内在していると捉えるが故に、<本質>は「普遍」なのである。

「一般」と「普遍」の概念的把握は、ヘーゲルの「発展」概念、「社会的規範論」(「普遍意志」ではなく「一般意志」という規定)、「一般的国家論」の<一般性>(<普遍性>ではない)を考える上で、とても重要なものである。  さらには、弁証法的な「本質」観と非弁証法なそれとの違いを考える上でも、「一般」と「普遍」の概念的把握はきちんとなされていなければならない。
 弁証法的レベルでは、「一般」は、<本質>を、個別・特殊との<区別>において捉える(個別・特殊⇔一般=本質)と言ったが、その<区別>はあくまで<相対的>なものである。
 しかし、この<区別>を絶対的に固定化し、個別特殊を、単なる特異性(非本質性)として切り捨て、個別−特殊−普遍の論理的連関と機械的に切り離して「一般」を捉える発想が、いわゆる非弁証法的な「形而上学」的発想ということになる。
「一般」と「普遍」は、ともに事象の<本質>を把えるものであり、しかしその把握の視角が異なっているというのは、以上のような意味である。

  【補注3】

  滝村は、最初期の頃から、<社会>をgesellscahftとsozialの二重のレベルで把握する視角を提起していた。『増補 革命とコンミューン』(イザラ書房)305〜7頁、『増補 マルクス主義国家論』(三一書房)134〜40頁、『北一輝』(勁草書房)55〜6頁など。とくに、『北一輝』の説明が、簡潔にして明瞭な叙述となっている。

「……gesellscahftというのは、<生活の生産>において結合した人間集団を、実体的にではなく、なによりも、<労働の対象化>という本質的な関係性において把握したときに成立する、本質的な関係概念、いいかえれば、本質論レベルでのもっとも抽象的な概念である。そこでは、階級的な敵対性や等の特殊歴史的な個別性や具体性は、すべて捨象されている点に、留意しなければならない」

「……sozialは…(中略)…gesellscahftの<実存>形態一般を指す、より具体的かつ実体的な概念である」


 この二重性の把握は、いうまでもなく、「ヘーゲル・マルクス流の<本質の実存的顕現>という弁証法的把握」(『大綱』下巻148頁)の所産である。『革命とコンミューン』では、本質的なgesellscahftと、より実体的なsozialの弁証法的な二重把握を浮かび上がらせるために、「社会革命」概念を取り上げている。

「……社会革命という場合、マルクス=エンゲルスによって厳密に使用されたように、Gesellscahftliche Revolutionではなく(もしそうなら、<社会>それ自体が滅亡してしまう)、あくまでもSoziale Revolutionとして把握されなければならないのである」

 sozialは、現実的諸個人が社会組織・制度的に結び付く具体的な在り方を、問題にしている。「社会革命」は、実体的具体的な社会的組織・制度としての結び付きを、根本的に変革するものであるから、Soziale Revolutionと規定される。
 しかし、<労働の対象化>において諸個人が結合する<本質的な媒介的関係性>は、いかなるsozialであっても維持されなければならない(諸個人が<労働の対象化>をピタッと一か月止めたとしたら、早晩諸個人は物質的に消滅し、社会そのものも無くなってしまう)のであるから、その<本質的な媒介的関係性>の総体=社会gesellschaftを、「社会革命」概念に使用できないのである。
 滝村のgesellscahftとsozialの二重把握は、社会科学と人間科学の学的相違の問題との関連でも、極めて重要な意味をもつ(この点は、4「sozialwissenscahftとしての社会科学」でみていくことにする)。



3 ヘーゲル「限度」論と社会的規範論


 

 以上、「規範」論の中に現れた滝村の<社会科学的・政治学的に特殊な発展段階論的方法>をみてきた。この<方法>には、ヘーゲル弁証法に関わる重要な問題が隠されているので、その点についても触れておくことにする。

 滝村の規範論では、「個別規範」は、「未熟」な、<社会的規範>としては「赤子の段階」に属するものと位置付けられる。その「未熟」さの指標は、「内部的な規制と拘束力」が、その「規模と質」において「小さく弱」いところにある。「規模と質」における「小」ささと「弱」さに、「規範」としての「限界」があるということであり、この把握は、ヘーゲル『論理学』の「限度」論に、ストレートに繋がっているといえるだろう。

 「質」と「量」の関係については、これまで、エンゲルス「弁証法の三大法則」中の「量から質への転化、またその逆の法則」のレベルで論じられることが多かった。
 エンゲルスの「量質転化の法則」は、ヘーゲルの「漸進性の絶対的な中断」「量的なものから質的なものへの飛躍」(『大論理学』以文社 寺沢恒信訳355頁)の論理に依拠している。
ヘーゲルは『論理学』「存在論」第三編第二章B「度量の諸比の結節点」の「注解 このことについての実例」で、「自然に飛躍はない」という発想に反駁するため、様々な実例を上げているが、エンゲルスは『自然弁証法』で、ヘーゲルが行った「実例」の仕方を踏襲し、当時の自然科学的業績を参照しながら、量の増減という変化・運動に即してその質的な「飛躍」の実例を上げている。
 たしかに、ヘーゲルのいう「漸進性の絶対的な中断」「量的なものから質的なものへの飛躍」は、実在世界のいたるところに見い出しうる。エンゲルス「量質転化の法則」は、この現実的事象の動態的変化・運動過程を一般的に把握したものである。運動・変化という<現象>を、その<現象>レベルのまま一般論理化した、というべきものなのである。
 こういう<現象>レベルの一般論理化、量の増加→質の変化を現実の中に見いだすこと自体は、別に間違いではない。我々が生きる現実の中で、そういう論理を生活経験レベルで感得することが、たしかにあるのだ。[補注4]
 だが、ヘーゲルのいう「漸進性の絶対的な中断」を、数量が増えたり減ったりの現象的な変化・運動過程レベルで、しかも量の増加(原因)→質の変化(結果)と因果関係的に理解しているだけでは、<質>→<量>→<程度>の弁証法的な論理的展開の意義を捉えられない。
『小論理学』でヘーゲルは、<質>と<量>の関係について次のように述べている。

「『質』とはまず、有と同一の規定性であり、或るものがその質を失えば、或るものは、現にそれがあるところのものでなくなる。『量』はこれに反して、有にとって外的な、無関係な規定性である。例えば、家は、大きくても小さくてもやはり家であり、赤は、淡くても濃くてもやはり赤である。有の第三の段階である『限度』は、最初の二つの段階の統一、質的な量である。すべての物は、それに固有の限度を持っている。詳しく言えば、すべての物は量的に規定されており、それがどれだけの大きさを持つかは、それにとって無関係であるが、と同時に、しかしこの無関係にも限界があって、それ以上の増減によってこの限界が踏み越えられると、物はそれがあったところのものでなくなる」(『小論理学』85節補遺 岩波文庫上巻 松村一人訳 260〜1頁)

 このヘーゲル「限度」論は、「何事にも限度がある」という論理を、<質>と<量>の関係から捉え直したものである。
(1)<量>は、<質>とは一応無関係なものである。しかし、
(2)一定の<質>には、それに相応しい一定の<量>というものがある。
 たとえば、蛾は、大きい我もあれば小さい蛾もあり、大小様々である。しかし、それが蛾であるかぎり、蛾という存在の<質>に相応しい、一定の大きさというものがある。数十メートル数百トンの蛾など存在しない。
 もし万が一、数十メートル数百トンの蛾が存在しているとしたら、それはもはや蛾としての<質>を失っていて、蛾とは別種の生物、モスラである。
 この<質>と<量>の関係の論理が、滝村の発展史観の方法に真っ直ぐ繋がっているのは、滝村の強調する個別歴史の<世界史的社会構成>に即してみていけば、明瞭なものとなる。
 近代以降の国民国家は、いずれも、数百万から数千万、一億の人口を抱える<統一社会>としての<量>的規模を持ち、その<量>に相応しい<質>を獲得している。
 すなわち、近代社会は、 政治的・法制的にも、経済的にも、精神文化的レベルにおいても、<統一的社会構成>といえるだけの<質>を獲得し、国家としての内的諸契機を全面的に開花・顕現している。だからこそ、国家論構築の直接の学的対象素材として、近代以降の統一社会・国民国家が正面に据えられる。
 これが、たとえばピグミーのバンドのような単位では、その<量>的規模の貧弱さゆえに、政治的にも経済的にも精神文化的にも、<社会>としての本来的性格を顕在化できない。そういう意味で、歴史的社会と国家は、その<質>に見合った現実的な一定の<量>を前提にしてのみ成立し、<社会><国家>としての本来的性格を、現実に顕現・開花できる。
 しかし、<量>が大きければ、必ず<質>もまた高度である……ということにはならない。「質と量」の関係を論理的に考える場合、この点は注意しなければならない。たとえば、アレキサンダー大王の超世界帝国をみてみよう。
 アレキサンダー大王の超世界帝国は、空前の規模の征服範図を誇った。しかし、その<社会>と<国家>の内実において、ギリシャ・ローマ的段階を<質>的に凌駕したわけではない。大王死後、帝国がたちまち分解したのは、この超世界帝国が、大王の天才あっての帝国だった……、その超世界帝国が、その<量>的規模に見合う<社会><国家>の内実を獲得する前に、大王がなくなった……、というばかりではない。
 それは、当時の<世界史>的段階において、あのような超世界帝国というものが、その<量>に見合った<質>を獲得できるのか?……当時の超世界帝国の<量>に相応しい<質>はいかなるものか?……という問題として、理論的に把握されねばならない。アレキサンダーの世界帝国が、ギリシャ・ローマ的段階を<質>的に凌駕したというよりも、むしろオリエント的性格を帯びたものとして把握されるというのも、この<世界史>的段階と個別歴史の問題に関わっている。
 問題なのは、ある社会・国家の<量>的拡大・発展が、その内部体制の<質>的変化と必然的な関係にあるとしたら、それはいかなる<世界史>的な歴史<構造>下においてか?……ということであり、そういう議論はもはや、“量を変化させていけば質も変化する”というような、量的増減の運動・変化過程を因果関係風に理解するような現象論的レベルを、完全に超えたものなのである。

 以上のように、ヘーゲルの「限度」論は、滝村の<世界史の発展史観>の中に、明瞭に透かし見ることができるが、滝村の「個別規範」「特殊的規範」の取り扱い方も、論理的には同じである。
「個別規範」も「特殊規範」も、その「規範」の及ぶ範囲が、「個人」か「特殊な人々」か?……という、その「適用範囲」の<量>的相違だけで、把握されているのではない。その<量>的相違がそのまま、「規範としての内部的規定と拘束力」という<質>的段階的相違を、規定している。
 「個別規範」も「特殊規範」も、それぞれ<量>的に<未熟>であるがゆえに、社会的規範としての<質>においても<未熟>な、「個別的」「特殊的」形態である。
 これに対して、「組織・制度としての一般意志」は、その傘下の所属構成員すべてを、全体的に包括し、有無をいわせず「共通」に規制・拘束するがゆえに、その<規範>としての本来的性格が、全面的に顕在化する。「社会的規範」=「社会的・一般的意志」「組織・制度としての一般意志」というときの、「一般」は、たんに、その適用範囲が、広く一般に及ぶから……というような、単なる<量>のレベルだけで理解されてはいるのではなく、その<量>的相違がそのまま、「規範としての内部的規定と拘束力」という<質>的段階的相違となるという、明瞭な<質>的区別を表示する概念的規定なのである。
 この規定、とりわけ一般的=典型的な社会的規範という規定を、さらに具体的な内容に踏み込んで言えば、「組織・制度としての一般意志」は、
(a)「規範」の本来的な「外部的・客観的性格」(人間が創り出したものなのに、その人間主体に、あたかも、「外部的・客観的存在」であるかのように、独立的に対峙してくる)が、現実的に顕在化する。
(b)「規範」が「規範」であるがゆえに持つ「内部的な規制・拘束力」を、全面的全体的に発揮する。
(c)「規範」としての「内的性格」(『大綱』上巻107頁)が発展的に分化する。すなわち、「規範」は、諸個人を社会的権力組織soziale machtへと包摂する「組織的・制度的規範」というレベルに至ってはじめて、
「組織的根本理念」(国家法なら憲法前文)
「組織的活動内容規定」(刑法・民法・商法など)
「組織構成規定」(憲法・行政法など)
 という三つの構成部分(組織的構成に対応した規範の内的性格)を、発展的に分化させる。

  【 補注4】

「質」と「量」の関係を単純に「因果関係」的に解釈することの問題については、「ヘーゲル『弁証法』の解体=『弁証法』と『思弁的方法』の分離」(佐野正晴氏)の次の叙述がたいへん参考になった。

「……例えば、『量から質への転化』という『法則』を例に取ると、『量の変化(原因)→質の変化(結果)』という因果関係としてとらえられている。しかし、ヘーゲル論理学で取り上げられている量と質の関係は、のちに本質論で取り上げられる因果関係の成立する以前のカテゴリーである」

 もちろん、生活経験レベルで、「量質転化」を因果関係風に理解実例を見いだすこと自体は、けっして間違いでもないし悪いことでもない。
 芸事の実力のレベルアップには、少しづつ少しづつ、その上達が眼に見えるかたちでアップするケースもあれば、そうではないケースもある。いつまでたってもモノにならない長い長い壁にぶち当たって苦しみながら、それでもコツコツ努力してると、不思議に、ある時点で、すッと壁を突き破ることがある。その前と後では、自分の実力の<質>がまるで違っている。こういう経験をした人は多かろう。
 問題なのは、こういうレベルの「量質転化」を、あたかも学的理論的に厳密な法則ででもあるかのように、「度外れ」に普遍化することである。
 運動・変化という<現象>を、その<現象>レベルのまま一般論理化しても、それは、現実に運動・変化するものならなんにでも“適用”できる(当然だろう、運動・変化しないものなど、この世に存在しないのだから)が故に、厳密には学的法則とはいえないのである。「真に偉大な人間は、自らを限定できる人間である」(ゲーテ)のと同じことで、本当に有益な法則もまた、その適用範囲は一定の学的条件のもとに限定され、その条件のもとに有効性を発揮する。
現実の世界の現象的な量的変化・運動を一般的に抽出し「法則」と名付け、水を質的に変化させて水蒸気にすると量的に増大するとか、火薬を質的に変化させてガス化すると爆発して大地を吹き飛ばす……これが「量質転化」だと説明しても、それは別に科学的な法則の適用でもなんでもないのである。



4 Sozialwissenshaftとしての社会科学


 

 以上、滝村の「社会的規範」論では、発展段階論の方法から「組織的・制度的規範」を「典型的な社会的規範」として考察対象に据えていることを見てきた。
では、権力論・国家論の次元では、社会的規範と、その規範の担い手としての人間は、どのように関連しているのか?……、認識論・言語学次元の<規範>一般論と比較して、どういう違いがあるのか?……。
 この点を具体的にみていくために、先に述べた、gesellscahtとsozialという、弁証法的な二重の社会把握に立ち返ることにしよう。この二重の社会把握から、三浦のフィールドの認識論・言語学と、滝村のフィールドである国家論・政治学をとらえかせば、両者の学的相違を明瞭に表示することができるのである。

 滝村がいうように、マルクスは、<本質>的な<社会>規定 gesellscahft(「労働の対象化において肉体的にも精神的にも相互に創り合う」媒介的諸関係の総体)と、その<実存>形態 sozialを、概念的に区別している。<本質>把握とその<実存>形態把握の論理的区別は、次のような二重の意味をもつ。
a)sozialは、gesellscahftの<実存>形態であるから、sozialを直接それ自体、社会 gesellscahftの媒介的関係性から切り離し、即物実体的に把握してはならない。
<本質>的な<社会>規定 gesellscahftと、その<実存>形態 sozialは、「直接性」と「媒介性」の「統一」(矛盾)において弁証法的に把握されなければならないのだ。
 だが、このa)を逆の視角から捉え返せば、
b)gesellscahftを、現実な歴史的諸社会の具体的な姿態 sozialと機械的に切り離し、それ自体として扱っても、歴史的社会・経済・政治・国家の科学的解明にはならない、ということをも意味している。
   社会科学は、gesellscahftの<実存形態>である歴史的現実的なsozialを学的対象領域として位置付ける学問である。そしてそうであるがゆえに、社会科学はあくまでもsozialwisenshaftなのであって、gesellscahft wisenshaftではないのである。
 とくに権力論・国家論・政治学は、歴史的・現実的な社会的権力という、<直接>的に組織・制度的に構成された現実具体的事象を、学的対象としている。本質的には、労働の対象化において相互に結び付く<媒介的な関係の総体>(社会gesellscaht)が、現実的・歴史的には、どのような組織的・制度的結合形態を取るのか?……その組織・制度はどういう仕組みと構造で成り立っているのか?……という理論的解明が、 社会科学の課題である。権力論・国家論は、政治的・経済的・文化的なsoziale machtを、全面的かつ現実具体的に取り上げるがゆえに、社会科学 sozialwissenschaftなのである。
 この社会科学 sozialwissenschaftと、精神科学(ないしは人間科学)との学的相違を、社会存在としての人間(社会そのものとしての人間)把握の視角と次元の相違のレベルで、考えてみよう。

   精神科学(人間科学)としての言語学・認識論では、動物とは区別される人間一般の精神世界、その独自の観念的生活・認識活動を、人間の内面世界に即して取り上げている。動物とは区別される社会的存在としての具体的な人間が、その社会生活の中で創り上げる精神世界、そこで営まれる人間独自の精神的・観念的活動は、いったいどのような<論理構造>にあるのか?……トータルな理論的解明をその学的課題にしている。
もちろん、人間科学で扱う人間は、社会から切り離されたアトミスティックな抽象的個体などではない。ここから、言語学や心理学なども、社会的存在としての人間を理論的に取り扱う以上、やはり社会科学でははないか……という発想も生じてこよう。
 この問題を論じるにあたっての最大のポイントは、認識論・言語学が学的に対象とするべき人間が、<認識主体>ないしは<言語表現主体>としての<人間個体>というところである。医学・生理学的次元で対象とする<生物的個体>ではないが、しかし、歴史的社会的な<諸個人>(社会的組織・制度に直接包摂された<組織的諸個人>)でもない。あくまでも、現実的<社会的人間個体>というところにある。
 これは当然だろう。人間の認識活動そのものは、<人間個体>の頭脳活動なのであり、<人間個体>の頭脳活動とは、<個人>が<個人主体>として認識・思考し、その認識を表現する<主体>的活動なのである。
人間の<個人主体>的頭脳活動は、gesellscaftレベルの本質的<媒介的関係性>に規定されながら、しかし、個体的人間(個人)の頭脳活動としてしか有り得ない。人間は<直接>集団的・組織的に認識・思考するものではない(そもそも不可能である)。人間主体は、本質的に社会的存在でありながら、人間主体としては、個人としてしか実存できないという、<社会性>と<個人性>の矛盾において、人間の認識・思考(主体的実践的活動)を理解しなければならない[補注4]

 認識論・言語学の次元で学的対象となる人間は、「精神的な交通関係」に置かれ、自然成長的に「習慣」を身に付けたり、間断なく流されるマスコミ情報のシャワーを浴び教育の中で知識を蓄え、その時代の支配的思想・イデオロギ−を、無意識のうちに「複製」し、その思想・イデオロギーで自分の頭を染め上げたりする。そういうgesellscahtレベルで「社会的存在」である。
この人間主体が、<直接>的に組織的に構成・包摂されているかどうかは、事柄の本質を左右しない。<直接>的には、組織的に関連のない個々バラバラの個人でも、「精神的に相互に創り合う」本質的な<媒介的関係>性において、その内面に「規範」を対象化していくからである。
 <認識論次元>で「社会的規範」と「人間」を論じる場合、あくまでも、「人間個体」が<認識主体>として問題になっているから、<認識主体>の内面にスポットをあて、<認識主体>の「規範」の生成−発展が、いかにgesellschaft的に<媒介>されているか?……、この<媒介的関係性>という限定された視角から、論理的に追跡することが、その学的メインをなす。
そういう意味で、認識論・言語学は、実体的な<社会的権力> soziale machtを直接、真正面から取り扱うものではないが故に、それは社会科学ではありない。心理学などと同じく、精神科学ないしは人間科学とされるべきなのである。

 では、社会科学としての権力論・国家論・政治学ではどうか?
 社会科学が、soziale machtを現実具体的に学的対象領域として正面にすえる学問である以上、社会的存在としての人間(社会そのものとしての人間)もまた、sozialレベルで正面に据えられる(もちろん、gesellchaftレベルの社会本質論的な媒介的関係性を踏まえながら)。 権力論・国家論では、社会的存在としての人間個体を、認識主体・表現主体としての現実的<固体>として扱うのではなく、現実的<諸個人(組織的諸個人)>として正面に据える。すなわち、現実具体的な歴史的soziale machtとの不可分の連関において、machtに包摂されmachtを主体的に構成する現実的<諸個人(組織的諸個人)>として、位置付けるのである。
 このことは、『国家論大綱』「総説 権力とはなにか?」が、「第一編1」の小項目「権力(者)とはなにか?」から実質的にスタートしていること、さらに、次の滝村の言葉を見れば、はっきりする。

「ここでは(「権力(者)の本質論」では)、社会的権力の、社会的支配力としての特質を簡潔に明示する必要から、規範としての意志決定権と執行命令権が、いまだ未分化の専制的支配者[権力者]を、論理的に想定した」(『大綱』上巻73頁)

 ここで滝村が問題にしているのは、「権力現象」に現れた現実的諸個人、すなわち、「規範の裁可・決定権」を掌握し、「組織構成者」として立ち現れる「専制的支配者[権力者]」と、その「規範」に従うことで組織的に結集する諸個人(「組織的諸個人」)である。「人間」の<社会性>は、本質的な<媒介的関係性>を踏まえた上で、より<直接>的な、より実体的なレベルで問題にされている。「社会的存在」としての人間(社会そのものとしての人間)は、認識論・言語学で措定されるような<認識・思考・表現主体としての個人>ではないのである。

[補注4]
  人間主体の<社会性>と<個人性>の<矛盾>をまるっきり無視して、人間を<直接>的に“社会化”し、認識・思考もまた<直接>的に“社会化=集団・組織化”しようという妄想的フィクションは、たとえば、北朝鮮の“主体思想”なるグロテスクな代物がそうである。
 人間の認識も<直接>に社会化すべし!……しかし人間の認識は個体としての主体的活動だから、結局、<直接>に社会化された“認識”とは、指導者=頭脳−人民=諸器官という有機体的アナロジーから、頭脳(首領)の認識・思考の通り、その手足となって動くことにならざるをえない。こういう妄想は、なにも北朝鮮に限らず、強烈な宗教・イデオロギー組織に共通する発想である。



5 社会科学的に特殊な<言語表現>の位置づけ方


   

  以上が、社会的規範論の中に現れた社会科学的・政治学的に特殊な方法と、社会的存在としての現実的諸個人の特殊な理論的扱い方である。
 認識論・言語学(精神科学)も、国家論・政治学(社会科学)も、共に<社会的存在としての人間>(社会としての人間)を取り扱うが、精神科学と社会科学では、「人間」(とその「社会」性)の理論的位置づけ方が、根本的に異なっている。
  精神科学は、<社会的存在>でありながら<個体>としてしか実存しえない<人間>を、<個人主体>として取り扱う。
 人間の認識・表現その他一切の精神活動は、人間個体の頭脳活動の所産であり、精神科学は、その<個人主体>としての人間の内面世界に分け入り、個人の内面に即して、<個人主体>(認識主体)の認識・意志などの諸観念が生成ー発展する論理構造を捉えなければならない。
  その<社会性>を問題にする場合でも、他者との精神的協働関係において個人主体の精神活動がいかに社会的に<媒介>されているか?……理論的に解明するという、限定された視角と次元で行われる。
  これに対して社会科学は、<個体>でありながら<社会的存在>としてしか生きられない<人間>を、<社会的協働存在>として扱う。この点で、精神科学とは根本的に異なっている。
  社会科学は、<個人主体>としての<人間>ではなく、<諸個人>としての<人間>を問題にしている。<諸個人>がどのような社会的結合・協働・組織的関係の中に置かれているのか?……その<社会>的な存在諸形態を問題にしている。したがって、<個人主体>(認識主体)の内面世界を直接問題にするものではない。
  認識論・言語学次元で構成された三浦の規範一般論との決定的な方法的相違はまさにこの点にあり、これは、三浦滝村どちらの規範論がレベルが上かというような問題ではない。そしてこの<方法>的相違のために、滝村の言語規範・言語表現の理論的取り扱い方が、三浦とは微妙に異なって現れてもくる。
  次にこの点を見ていこう。滝村は社会的規範論の中で、「言語表現」というものをどう扱っているのか?

「……<禁酒・禁煙>という実践的な<意志>は、紙に書かれて、目の前に貼り出される。それによってこの<意志>は、観念的に対象化され、外部的・客観的な<意志>であるかに固定される。そこで、この貼り紙を見るたびに、<禁酒・禁煙>という<意志>に反した行動をしないように、その行動が観念的に規制される」 「……この<意志>が、紙の上の言語表現へと転じることによって、外部的・客観的な対象と化した、特殊な観念的事象として現出してくることから、われわれはこれをヘーゲルにならい、<意志の観念的対象化>と呼ぶことにしよう」(同上 84頁)

この叙述は、「紙の上の言語表現に転じる」ことが即ち<意志の観念的対象化>であるとしか読みようがない。これは、
@<個人主体>(認識主体)内部の心的世界(俗に言えば「頭の中」ということ)に即して、「心の中から自分自身に為される命令」(三浦)というレベルで<規範>(意志)一般を取り上げる認識論・言語学(人間・精神科学)の視角において見れば、「不正確」のようにも見える。<意志の観念的な対象化>(規範の観念的創出)と、その規範が「紙の上の言語表現へと転じる」こと(規範の現実的表現)とは、論理的レベルの異なる問題だからである。しかし、
A<諸個人>(個人主体レベルではなく)の社会的・組織的連関が必然的に生み出す意志の支配―服従関係すなわち<権力>関係に即して、「人々を共通に規制し拘束する社会的・一般的意志」(滝村)というレベルで<社会的・組織的規範>を取り上げる国家論・政治学(社会科学)においては、この規定で完全に正解なのである。

 では、なぜ、<意志の観念的な対象化>と、その規範が「紙の上の言語表現へと転じる」こととは、論理的な次元を異にしているにも関わらず、『国家論大綱』では、規範が「紙の上の言語表現に転じる」こと即ち<意志の観念的対象化>と読み得る叙述になったのか?……、また、なぜ、その叙述で正解なのだろうか?……。
 この問題は、意志の観念的な<対象化=客体化>と、意志の観念的な<対象化=客観化>の区別と連関において理解しなければならない。
 マルクス・三浦・滝村らヘーゲルの学統でいう<対象化>というタームは、「主体―客体」「主観―客観」という二重の概念的区別と連関把握を前提に、論理的に位置づけられる。すなわち、現実的な対象化と観念的な対象化それぞれのあり方に応じて、

@<対象化=客体化>
  経済学(社会科学):労働の現実的な<対象化=物質化=客体化>
  認識論(精神科学):意志の観念的な<対象化=固定化=客体化>
A<対象化=客観化>
 経済学(社会科学):労働の現実的な<対象化=客体化―即―客観化>(客対的な事物を現実的に造り出し、それを対象化=客観化する)
 認識論(精神科学):意志の観念的な<対象化=客観化>(まるで<客体>ででもあるかのように対象化=<客>体として<観>る)
              という、重なりながら異なる水準を弁別して使わなければならないのである。
  ちなみに、わたしのHPの文章では、意識的に、「主体」という言葉と対にして「客体」という用語を使っている。「主体」を論じている(主観ではなく)ところでは、その「主体」に対する「客体」を論じるべきで、「客観」という言葉で“主体―客観”を論じるのは概念的混乱だからである。
 以下では、<対象化=客体化>と<対象化=客観化>の水準を区別しつつ、<観念的>な<対象化>とはなにか?……を概念的に確定させ、『国家論大綱』における社会科学的に特殊な<規範の言語表現>の位置づけ方を見ていくことにしよう。

   意志の観念的な対象化論は、(1)規範の創出レベル(意志の観念的対象化=客体化)と(2)規範の表現レベル(規範の現実的表現)の区別と連関において展開される。

(1)規範の観念的創出レベルの<意志>の<観念的>な<対象化>
 個人主体(<認識>主体)内部の心的世界で、生成消滅する流動的な<生きた>意志が、「心の中から自分自身に為される命令」として<対象化=固定化>され、内心の「命令」たるに相応しい<観念(的)実体>へと蒸留・精製・純化されることで、人間<主体>に対峙する<客体>としての外部独立的・固定持続的・支配命令的性格を把持したとき、その<意志>を<観念的>に<対象化=客体化>された意志としての<規範>と呼ぶ。
 なぜ、意志の観念的な対象化が<観念的>とされるのか?……といえば、ある一定の観念(流動的な<生きた>意志)を材料に、そこから、異なる水準の観念的実体(対象化された意志)が生成―発展するからであり、観念(意志)から観念(規範)が産まれるという意味で、意志の観念的対象化は、現実的=物質的との大きな対比において、<観念的>とされるのである。
  労働の現実的対象化の場合には、物的財貨の生産に労働力が現実的=物質的に支出され、人間労働一般が生産物に<凝固・結晶・体化>されるという意味で<対象化=物質化=客体化>であり、人間主体は、<対象化=客体化>された労働(客体物)を、自らの意識から外部独立的な事象(対象物)として<対象化=客観化>しえる(対象化=客体化―即―客観化)。
 これに対して、意志の観念的対象化は、<個人主体>(認識・表現主体)が、自らの「頭の中」で絶えず揺れ動き浮かんでは消えまた浮かぶ<生きた>意志を、<観念的>に<対象化=固定化=客体化>し、その<対象化>された意志(規範)を言語表現することで、本来は「頭の中」にしかないはずの意志(規範)を、あたかも「頭の外」に外部独立的・客体的に存在する<かのような>対象的事象として、<観念的>に<対象化=客観化>する(対象化=客体化⇒(言語表現)⇒対象化=客観化)。

(2)規範の現実的表現レベルの<意志>の<観念的>な<対象化>
 この創出された<規範>は、それが個人主体(<認識>主体)の「頭の中」レベルにとどまっている限り、その規範としての根本性格(観念的客体としての外部独立性・観念的実体としての固定持続性・一般意志としての普遍的支配命令性)は、なお潜在的かつ未熟なものにとどまらざるをえない。
 そこで、<対象化=固定化=客体化>された意志(規範)は、個人主体(<表現>主体)の主体的・実践的な言語表現活動において、規範たるに相応しいかたちで、言語表現されることになる。
 すなわち、<規範>は、<諸個人>(個人レベルではなく)を遍く共通に規制・拘束する<一般的意志>として<観念的>に蒸留・抽象・純化され、その<一般意志>に相応しい言語表現形態(「何人も**することなかれ」というような命令文・命令書)を与えられることで、本来は個人主体の「頭の中」にしか存在しないはずの<意志>が、<諸個人>の外側に、外部独立的な<客体>であるかのように対峙し、人間の<主観>から離れた観念的事物として<対象化=客観化>しうる。そして、言語表現されることで、<規範>は、人間<主体>に対する観念的<客体>としての外部独立性・観念的<実体>としての固定持続性・<一般意志>としての普遍的支配命令性という<規範>の根本性格を、全面的に開花・顕現しえるのである。
  この「(2)規範の現実的表現」レベルで<観念的>事物というのは、「(1)規範の創出レベル」でいう<観念的>とは異なっている。
 言語表現という「観念的事物」それ自体を、観念的な<事物>として見れば、発せられた音声・書かれた文字という物質的な形象である。たとえば、貼り紙の「立ち入り禁止」の文言は、「ペン先から出て紙の上にうつされた」描線であり、直接それ自体としては、「自然物でありインク」(『スターリン時代の批判』93頁)に過ぎない。エンゲルスの言い方をすれば、「精神はそもそもの初めから、物質に『取り憑かれて』いるという呪いを負っており、ここでは物質は運動する空気層、音、要するに言語というかたちで現れる」(『新編輯 ドイツイデオロギー』廣松渉訳 岩波文庫 P56〜7)。この「語られた音声や書かれた文字すなわち表現」それ自体は、認識主体の観念の現実的・具体的な<模像>に過ぎないのだが、この<模像>が単なる「事物」ではなく、<言語>という<観念的>事物であるのは、音響や描線という「感性的なかたち」に、<表現主体>の<認識>が結びついている(関係づけられている)からである[注1]。
 しかし、この規範の現実的表現という「頭の外」での観念<的>事物の創造は、規範の創出という「頭の中」での<観念>の対象化=客体化と、論理的に区別しなければならない。規範が言語で表現されたからといって、“観念(意志・規範)が頭の外で凝固・結晶・体化する”という意味で言語に<対象化=客体化>するわけではないからである。

 以上が、<意志>の<観念的>な<対象化>の概念規定である。
 このように見ていけば、なぜ、『国家論大綱』では、<人間主体>の意志が<観念的に対象化>され規範が成立することと、その規範が「紙の上の言語表現に転」じ<現実的に表現>されることは、論理的な次元を異にしているにも関わらず、「紙の上の言語表現に転じる」こと即ち<意志の観念的対象化>という叙述になり、また、なぜ、その叙述で正解なのか?……明らかにすることができるだろう。
 歴史的・現実的な社会的権力組織soziale machtは、<規範>を軸に構成される。<規範>は、諸個人を、「共通」にあまねく規制・拘束し、服従させ、諸個人を、「組織的諸個人」「組織構成員」として<直接>包摂するための、中核的基軸である。そして、<社会的権力組織>として発展したレベルを見るならば、「組織・制度としての一般意志」は、現実的諸個人に向けて、「言語表現」されるかたちでのみ、歴史的・現実的に成立する。
 この「組織・制度としての一般意志」の現実的在り方は、ちょうど「思想」というものの在り方と似ているが、この点は、三浦の次の言葉が参考になる。

「われわれが自分の思想を他の人間に伝えようとする場合、精神から精神へ直接結び付くことはありえない。精神それ自体が頭の中から抜け出して、空中を飛行し、他の頭の中に入り込むなどということはありえない。それ故、人間相互の精神的な交通には、様々な<表現>が必要になる」(『唯物弁証法の成立と歪曲』勁草書房 200頁)

「思想」の伝達は、具体的な<表現>に媒介されてはじめて現実に成立する。「社会的規範」もまた、論理的に同じ意味で、「言語表現」に媒介されてはじめて現実的に存在し得る。「この点に関して、滝村は次のように述べている。

「……(意志)それ自体を、実体的な<もの>として固定し、保存することはできない。それ自体は、アッという間に消えて無くなってしまう、からである。しかしそれでは、多くの人々に指示し、伝達することができない。そこで、多くの人々を規制し拘束するところの、規範としての一般的性格にふさわしい一般的な形式が、採用される」(『大綱』上巻 83〜4頁)

 現実的諸個人が組織的に結集する場合、社会的規範は、暗黙のうちに、諸個人の「頭の中に入り込む」わけではない。黙示され、以心伝心のうちに、諸個人が、その黙示された「規範」を、「頭の中」に「複製」するわけではない。<権力論・国家論の次元>での「社会的規範」論は、社会的権力論を展開するために、「典型的な社会的規範」として「組織的・制度的規範」を正面に据える。「組織的・制度的規範」は、「社会的・一般意志」という「一般的」性格にふさわしい「一般的な形式」を取り、「言語表現」(特に文書で)されてはじめて、諸個人を、<社会的権力組織soziale macht>に包摂できる。<組織的・制度的規範>は、「禁酒禁煙」の「自己規律」や「自然成長的な「慣習」などとは違って、歴史的・現実的にも、また論理的にも、「言語表現」という形態を取ることによって、<社会権力>を直接組織的に構成できる。
 もちろん、規模狭小で独立閉鎖的な原始共同体なら、掟のような黙示的形態で「規範」が成り立つことも、論理的にはありうるだろう。しかし、いかに規模狭小で独立閉鎖的な原始共同体でも、それが<社会組織>としての現実的構成を取るならば、その「掟」は、首長・祭司・長老・軍事指揮者たちの口頭命令や宗教的託宣というかたちで、言語表現形態を取って発せられたはずである。
 このように考えてくると、滝村が、三浦の意志・規範論を継承しながら、しかし三浦のように「意志の観念的対象化」としての規範を、「頭の中」に即して捉えない理論的根拠が見えてくる。
 言語表現に即した<社会的規範>の把握は、認識論・言語学のレベルでは「不正確」な叙述に見えるが、国家論・政治学の次元では、完全に合理的なのである。「組織的規範」を正面に据え理論的に解明する場合、<認識主体>の内面における規範の形成−発展が直接問題になっているわけではないし、あくまでも、組織に包摂された現実的<諸個人>が問題であり、そこでは、黙示的な同意でも音声言語でもなく、明示的な文字言語のかたちに即して規範が取り上げられるのである。


[注1]

 三浦言語学の<意志の観念的対象化>論が、“意志が頭の中から抜け出して物質的に外化される”という観念論ではなく、それが唯物論的立場にあるというのは、<言語表現>それ自体は感性的・物質的なものであるという<実体的>把握を、前提的に承認しているからである。
 先にも述べたように、社会的<諸個人>間の精神的交通は、<個人主体>(認識・表現主体)が自己の内部(頭の中)で<観念的に対象化=固定化=客体化した意志としての規範>を、「話された音声・書かれた文字」という感性的なかたちで具体的に<表現>し、この<表現>を他者が読み・聞き・理解するという<個人>の主体的活動に媒介され、初めて現実的に可能となる。
 時枝誠記は、この主体的な言語活動それ自体(話す・書く・聞く・読むという主体的・実践的な精神活動)を言語とみなすが、三浦の場合は、あくまでも言語は<表現>の一種なのであり、<表現>をそれ自体として実体的に見れば、発せられた音声・書かれた文字という感性的なものと考えている。
 言語であれ絵画であれ音楽であれ、表現は、人間主体が実践的に生み出した観念(感覚・表象・認識・意志・規範など)の物質的模像という意味で、観念的な<事物>である。観念的な事物は、観念が現実的に実体化する(観念物)という観念論的意味で<観念的>なのではなく、その事物が観念の模像として、人間主体の観念が物質的形象に結びつけられているという意味で、<観念的>事物である。
 三浦言語学が<弁証法的>な言語理論と言われるのは、この実体的事物としての表現そのものと、それを生み出す表現主体の主体的・実践的活動過程との<関係>を、一つの<矛盾>として、媒介=止揚<関係>として、<本質=関係>概念のレベルで提起しているからである。三浦曰く、

「言語表現においては、対象から認識へ、すなわち表現されるべき概念の成立する過程的構造は、表現することによって止揚されている。つまり、背後に含まれており関係づけられているが、直接には現れていない」(『言語学と記号学』28頁)

 三浦の言説は常に明快で分かりやすいのだが、この文章の内容は、極めて難解かつ高度なものである。
 三浦言語学は、言語を、人間主体(認識・表現主体)による主体的・実践的な活動<過程>(対象⇒認識⇒表現)において捉えるという意味で、時枝の提唱した「言語過程説」の系譜にある。そして、そのダイナミックな<過程>(対象⇒認識⇒表現)が実体的な言語表現に<止揚>されているという、主体(認識・表現主体)と実体的な表現形態(観念的事物)との重層的・立体的に<構造化>された<媒介=止揚関係>を捉えるところに、表現・言語の<実体的>把握を包摂・止揚する<本質=関係>論が成立すると考えているのである。三浦言語学は、マルクス経済学や滝村国家論とは学的フィールドを異にしながらも、基底的な<本質=関係>観において共通の学的基盤を有しているのであり、そういうレベルで、マルクスも三浦も滝村も、ヘーゲルの学的正嫡といえるだろう。

   なお、この基底的な<本質=関係>観がいかなるものか解明することが、私の第二論文「本質=関係把握としての弁証法」のモチーフであり、その第3項「<本質=関係>の具体的展開―三権分立論に即して」では、滝村理論の白眉というべき「三権分立論」にスポットを合わせ、(1)即物<実体>論的な三大機関分立論⇒(2)現象<機能>論的な権力作用分割論⇒(3)<本質=関係>論的な滝村三権分立論という、大きな学的発展を論じておいた。
 三権分立の<本質>論的把握は、四権でも五権でもなく、なぜ三権が三大機関に分立するのか?……、その論理的必然性(三権でなければならない・三権以外ありえないという必然性)において把握するものであるが、滝村は、この三権分立の本質論的把握を、「三権分立制の核心は三大機関の分立にあって三大機関の分立に非ず」という一つの<矛盾>として提起し、その<矛盾>を、「三大機関分立の背後には、規範それ自体の内的な運動、つまり規範としての意志の形成−支配過程が、大きく控えている」という<媒介=止揚関係>において、展開しているのである。

[附記]
 「意志の観念的対象化」(規範の創出)と、規範が「紙の上の言語表現へと転じる」こと(規範の表現)を論理的に区別する発想を叙述するに当たって、中国語学の小川文昭氏の論文「主体的言語学の意義―言語表現の二重性の発見」(『言語過程説の探求 第一巻 時枝学説の継承と三浦理論の展開』佐良木昌編 明石書店)から、たいへん有益な示唆を受けた。



6 認識論的規範論から「国家意志説」への規定性

 

  以上、三浦の意志・規範論と滝村の社会的規範論の異同についてみてきた。
 項目2では、
[言語学で構成された意志・規範論は、他の学的領域、たとえば、権力論・国家論・政治学(としての社会科学)で必要かつ必然化される意志・規範論と、<まったく同じもの>と言えるだろうか?……。言語学で有効な<意志・規範>論が、政治学・国家論、とりわけその「論理的端緒」をなす権力論(注5)においても、<同じ有効性を発揮>するものだろうか?……]
 と述べ、三浦の意志・規範論が、言語学者による、言語学者のための、言語学者の意志・規範論であり、滝村の社会的規範論は、政治学者による、政治学者のための、政治学者の意志・規範論だとした。
 項目5では、三浦と滝村の<方法>的また<理論>的相違を述べ、滝村の社会的規範論では意志の<観念的な対象化>=<現実的な対象化>(文字言語としての表現)とすることが、認識論・言語学的レベルでは「不正確」ながら、国家論・政治学レベルではこれが正解とした。
しかしこのことを逆に言えば、認識論・言語学レベルで正当な意志・規範の扱い方が、必ずしも権力論・国家論では妥当しない……ということでもある。この事態の端的な実例は、1950年代に三浦が提起し、津田道夫に継承された「国家意志説」である。
 滝村の理論的出立時のモチーフは、1950年代に提起された三浦つとむらの「権力論をなによりも意志論として展開する立場」(『増補 マルクス主義国家論』128頁)を継承発展というところにあった。
 しかし、「マルクス主義権力論の復元と展開」への「補遺」で、「国家意志説」と自分の国家論の違いを、つぎのように述べている。

「……本稿は、なによりも従来の『国家意志』説の文献本質論レベルでの一面性を克服是正して、少なくとも一般理論・原理論上のメドをつけた(いいかえれば、まっとうな本質論の提起)歴史的文書であるとともに、私にとっても記念碑的な意義をもっている」(同上129〜30頁)

 これは、三浦・津田「国家意志説」と滝村国家論が、そのスタート地点からすでに<質>的に異なるものであることを、表明したものとみることができる。
  三浦「国家意志説」は、マルクス・エンゲルスの「国家=イデオロギー的権力」論の復元・再構成を、認識論で展開された意志・規範論の応用的具体化というかたちで展開し、一定の成功を収めている。しかし、その「国家意志説」が果たした意義は、あくまでも、復元された「国家=イデオロギー的権力」を、レーニン・スターリン・毛沢東らに対置し批判するというものであって、現実の歴史的現実的事象と直接取り組むという、本格的な社会科学的業績ではなかった。これは、「国家意志説」の直接の理論的武器である意志・規範論そのものが、現実の歴史的社会的な権力・国家・政治的事象を直接正面に据え、科学的に「再措定・再発見」されたものではないということでもある。
 ただ、ここで注意しなければならないことが一つある。三浦の場合は、他の「国家=イデオロギー的権力」「国家=幻想の共同体」論者(津田道夫や廣松渉など)などと違い、その理論的武器である意志・規範論が、マルクス・エンゲルスの古典から「文献本質論」的に抽出しただけのものと、単純に決め付けられない特殊性を有していることである。三浦の「国家=イデオロギー的権力」論は、自己の言語学的研鑽の中で鍛え上げた意志・規範論に支えられていて、言語学の意志・規範論を<礎石>として、その上に権力論・国家論を構築しようとしたものと、みることができるのだ。
 しかし、認識論・言語学で構成された<礎石>は、社会科学としての権力論・国家論の<礎石>とは、サイズも違えば形も違う。
先にも述べたように、認識論・言語学次元で構成された「意志論・規範論」は、人間の内面世界の過程に即して、意志・規範の生成−発展を考察するものである。精神科学(あるいは人文科学)では、あくまでも、<認識主体・表現主体>としての人間を正面に据えて学的に解明する以上、これは当然だろう。
だが、この次元のままで「国家規範」を論じるとなると、<認識主体>としての人間が、「国家意志を追体験して自分の頭の中に複製する」という視点が、全面に躍り出る。そうなると、どうしても、諸個人の内面世界に「国家意志が浸透」する過程を、イデオロギー的・思想的浸透・内面化というレベルで論じる傾向が、強くならざるをえない。>「国家意志が官吏としての個人の意志に複製され、個人の行動を通じて維持される過程」(『唯物弁証法の成立と歪曲』65頁)という章句がそれを端的に示している。
  それでも、大衆組織に即した組織ー指導者論ならば、それなりに優れた成果をあげることもできる。国家・国家権力ではなく、大衆組織のような社会的組織の次元なら、「規範」の問題を、指導者−大衆のそれぞれの存立条件に即して把握し、個々の指導者、大衆の一人一人の内面で生成−発展する<意志>の在り方に即して、合理的な「規律」論レベルで規範論を展開できるからである。現に、『大衆組織の理論』『指導者の理論』では、ヘーゲル・マルクス・エンゲルス・レーニン・毛沢東などへの正確な読解と、現実の中から論理を手繰り寄せる類いまれな才能から、優れた見地を披露している。
だが、国家権力・国家論となるとそうはいかない。たしかに、「丸山政治学の論理的性格」などの諸論文では非常に鋭い着想を示しているのだが、「国家意志説」という形では、結局レーニン国家論を乗り越えることができなかった。この点を明瞭に表示する箇所をみてみよう。

「国家意志には、支配階級の意志が大きく反映しているから、官吏独自の意志が取りも直さず、支配階級の意志に敵対的であってはならないのである。ここから官吏はその出身が問題になり、どんなイデオロギ−をみにつけているかが問題になる」
「支配階級出身の人間で支配階級のイデオロギ−が身に付いた人間が官吏になり、「国家意志の人格化された存在」になるとき、「『骨の髄まで』支配階級の意志によって侵された人間ができあがる」


「(ブルジョワ出身でブルジョワイデオロギーが染みついた人間に)公的強力を任せることができるわけのものではない。こんな人間は追放するしかない。銃剣をつきつけてたたき出すか、あるいは、ピストルは腰に下げたまま笑顔で辞表をわたして署名するよう話しかけるか、それはまた別の話である」

「革命は、これとはまったく正反対の階級の出身で階級イデオロギ−が身に付いている人間が要求される」
(『唯物弁証法の成立と歪曲』64〜5頁)

「官吏」=「国家意志の人格化された存在」という把握は、「資本家」=「資本の人格化した存在」というマルクス『資本論』の発想を踏まえたものだが、この言い方自体は間違ってはいない。問題なのは、「官吏」=「国家意志の人格化された存在」という言い方に込められた、三浦の視角である。
 この視角を、まず、方法論的レベルからみてみよう。
三浦は、「官吏」を、「国家意志」を貫く「イデオロギ−」を受容し、「骨の髄まで」支配階級の「意志」に「侵された」人間存在というレベルで位置付けている。「官吏」が法律の教科書を学び、一般諸法・規則・服務規程などを拳拳服膺し、頭の中にたたき込むことを、あたかも、思想的作品を読んだ読者が、その作品の背後にある作者の認識を「観念的に追体験」し、ついには作者の思想・イデオロギーが浸透する……という、規範一般のイデオロギー的受容レベルで考えてしまっている。
 精神科学レベルの意志・規範論を、そのまま社会科学レベルにスライドさせるというのは、こういうことなのである。
社会科学としての国家論・政治学では、その学的対象は<認識主体>(としての人間個体)ではない。soziale machtに包摂され、soziale machtを主体的に構成する現実的<諸個人>である。 あくまでも、「個人」ではなく「諸個人」が問題なのだ。  したがって、その現実的<諸個人>が、その内面世界において、「骨の髄まで」支配階級の「意志」に「侵され」ているか否か?……ということを、<直接>問題にしているわけではないのである。 ところが三浦は、<認識主体>としての人間の内面世界に即して、意志・規範の生成−発展を考察するという精神科学の発想で、個別意志→特殊意志→普遍意志(全体意志)=国家意志へと拡大し、法規範を扱う。しかしそうなると、個人主体の内面的な世界で、法規範が孕む観念・思想・イデオロギー(支配階級の支配的思想観念・イデオロギー)が「頭の中」に浸透していく過程にスポットを当てざるをえなくなる。
  三浦は、「国家=イデオロギー的権力」論を、こういう<思想観念・イデオロギー>論レベルで位置付け、マルクス主義の国家=暴力機構論の枠組みに押し込み、その「一面性」を補正することで、マルクス主義的階級国家論を本質論として堅持している。

「国家意志が単にイデオロギ−として君臨するだけでなく、物質的な機関すなわち国家強力を行使して被支配階級を抑圧する」(同上32頁)

   イデオロギ−とは、「観念的に疎外され、客観的に自立している意志」であり、この「国家意志」を貫く支配階級の思想・イデオロギーを、被支配階級に「注ぎ込む」のが国家機関であるとする。そして、その国家意志=支配階級の思想・イデオロギーに従わない被支配階級を抑圧するために、「公的強力を任せられている国家機関」(警察・軍隊)が必然化されることにもなる。
 これが、国家=暴力機構論を国家=イデオロギー的権力論で補正した、三浦の国家=階級権力論である。従来のレーニン流国家=暴力機構論者との違いは、国家権力を担う「官吏」が、「支配階級の意志」=「国家意志」に従い、「公的強力」を行使する、だから、国家権力=階級権力が人民に首尾良く国家意志を押しつけるイデオロギー的側面が重要……と、主張しているだけのことである
。    だが、「支配階級の意志」=「国家意志」ではない。そういうマルクス主義的本質把握を絶対不動の前提にしている限り、「支配階級の意志」に還元できない「国家意志」の形成ー支配過程の理論体系的展開は、不可能となる。結局、三浦の「イデオロギ−的権力」論も、「国家意志」の形成ー支配を、人民一人一人の内面に支配イデオロギーが浸透する過程として想定しているにすぎないのである。

 つぎに、三浦の「国家意志説」と国家=階級権力論の理論的内容について見てみよう。
 三浦の「国家意志説」が、国家=階級権力論を本質論としているのは、その「第三権力論」の取り扱い方に端的に現れている。国家は、イデオロギー的な支配階級の権力だから、他のマルクス主義者と同様に、エンゲルスの「第三権力論」に言及しても(『マルクス主義の復原』『マルクス主義と情報化社会』三一書房)、「第三権力」の「第三」を、赤裸の階級権力を粉飾する単なるイデオロギー的見せかけ・公的フィクションというレベルでしか位置付けてはいない。
   しかし、「第三権力」を単なる見かけ上の欺瞞的な“第三”権力としか考えられないと、その国家論は、国家=国家権力という<狭義の国家>観の枠組みを超えることができなくなる。
 三浦の「国家意志説」には、第三権力により法的に総括された<社会そのもの>=国家という「広義の国家」的発想がない。その意味ではヘーゲルはもとより、欧米の多元的国家論の業績にも及ばない。
   また、「狭義の国家」の枠組みにとどまっている限り、対外的諸関係の直中に置かれた<社会>の<外的国家構成>(初期滝村的にいえば「共同体ー即ー国家」)という発想もでてこない。

   この<社会>の<外的国家構成>発想の脱落は、三浦の意志・規範論が社会的権力論を理論的に構成しえていないことに、根本的に規定されている。
   三浦の権力論には、社会的権力の<内部的支配>と<外部的支配>の二重性の把握がない。これは当然だろう。三浦の意志・規範一般論は、そもそも言語学のために構成されたものであるから、<社会的規範>としての発展段階論的方法から、「組織的規範」をもっとも発展した(規範としての内的諸契機を開花顕現している)社会的規範と位置付ける必要など、言語学的規範論にありはしない。
 また、規範の「社会性」という場合も、言語規範が孕むgesellshaftレベルの本質的な<媒介的関係性>こそが問題なのであって、規範が機軸となって諸個人を直接組織的に編成するsozialレベルの社会的権力組織体の現実具体的諸形態を、直接学的対象にしているわけではない。そのため、三浦の意志・規範論には、現実の「組織的規範」に即した意志の規制と拘束力の在り方への理論的解明はない。
 したがってまた、「組織的規範」としての意志の規制と拘束力が、組織の<内部>に向かう場合と<外部>に押し出される場合とを、歴史的・現実的なsoziale machtに即して把握し、<内部的支配力>と<外部的支配力>とを論理的に区別する発想が、まったくない。なくて当たり前である。そもそも言語学的規範論には必要ないのだから。
  しかし、社会科学的レベルの国家意志・法規範論で、<外部的支配力>という発想がないと、そもそも国家論の体系的展開は不可能となる。

 @ 国家権力は、社会全体に(社会的諸組織・諸個人すべてに)向かって<外部的支配力>を完全に貫徹し<社会全体を国家として組織化>する、極めて特殊な政治権力である。
 A 国家権力が、社会全体を<国家>という一大政治組織へと編成するということは、その<外部的支配力>がそのまま<内部的支配力>へと転化していることを意味する。
 B そして、その<内部的支配>を完成させた国家=一大政治組織体が、それ自体巨大なmachtとして国際政治世界に躍り出て、<外的国家意志>を他国に押しつけるために、絶えず相互的な軋轢・対立・相剋を繰り返している。

   三浦の「国家意志説」には、こういう国家の<内部的支配力>と<外部的支配力>の論理的把握がない。そのため、「広義の国家」また「外的国家構成」という国家本質論に関わる基礎概念が確立できない。三浦の国家論が、どんなに国家のイデオロギー的側面を重視しようと、国家の本質=支配階級の権力というマルクス主義的階級国家論の枠組み(狭義の国家論)を超えるものでない以上、これは必然だったのである。

        


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