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 社会科学の孤独

(1) 滝村国家論を自分の<思想>の<理論>的基礎にしようと意気盛んだった、まだ若かった頃の話です。
 当時の私は、「滝村理論のような、政治・社会の歴史的ダイナミズムが手に取るように分かる理論を、なぜみんな敬遠するのか!?‥‥」と、疑問まじりの憤懣を抱いておりました。
 滝村理論のよき理解者である吉本隆明ですら、「日本のマルクス主義の水準は滝村隆一で、おそらく世界で一番進んでいる。これは、広松渉あたりでマルクス主義を論じている柄谷や蓮見には絶対に分からないことだ」といいながらも、敬して遠ざける姿勢。
 当時の私は、滝村理論を無視しつづける学会・論壇の知的怠惰を憤り、激しく罵倒したものでした。しかし、さすがにあるていど年を食って、社会科学の学びから距離を置いた現在、もう少し冷静に物事を見ることができるようになっています。
「学会・論壇の知的怠慢を罵ってばかりいてもしょうがない、罵る暇があるなら、お 前が頑張ればいい」、そう自己反省し、しかし、反省するうちに、滝村国家論の学的継承、あるいは、滝村理論に依拠する実践的思想構築など、お前に果たしてできるのか?‥と考えこまざるをえない。
 そして、そう考えれば考えるほど、学会・論壇の知的怠惰が、彼らの主体的意志と力量の問題であると同時に、滝村国家論そのものの受容・駆使・学的継承の困難性に根ざしている‥‥。そう思い至り、私は、次のように嘆かざるを得ませんでした。

「滝村理論はたしかに凄い。凄すぎる。でも、こんなに夢も希望もない、理論の極北みたいな理論、シビアすぎて、ほとんどのやつが<思想>的に耐えられないだろうなあ」

 滝村国家論の不遇が、<社会科学>というものの本質的な<理論的>かつ<思想>的孤立性に根ざしているのではないかと、次第に分かってきたのです。
 滝村理論の孤立性は、まず第一に、<理論科学>としての<社会科学>に特有の、受容&継承困難性の問題です。
 滝村には「弁証法の学び方」がなく、これでは「継承者がでてこない」といった議論は、実験的実証も数理的論証もできない<理論科学>の、自然科学と峻別される<理論>的高度性を、完全に考慮の外に置いている。とりわけ、<理論科学>としての<社会科学>の学的特異性を、まったく理解できていないことを示しています。
 以前にも書きましたが、弁証法という<方法>は、武道の<極意>みたいなものです。
その<方法>を学的<専門>レベルで「会得」することの恐るべき困難性(学的<専門>レベルで、その膨大かつ高度な知識に<媒介>されてはじめて、その<専門>の実力が弁証法的論理能力といえる)を弁えていれば、そんな「批判」など「批判」としてそもそも論理的に成立しえないとわかるはずです。【補注1】。
 滝村理論の孤立性は、第二に、<社会科学>の<理論的徹底性>が必然化する<思想的孤立>(これは思想的限界と言っても良い)の問題です。
 この点は、<思想>と<理論>の区別と関連を考える上で、極めて重要な問題であると思います。

 (2)マルクス系統の発想の<思想>と<理論>の連関把握は、おおよそ次のようなものだと思います。

 <思想>は、現実の歴史的社会に対する人間主体の実践的<構え>だから、その<構え>は、現実の歴史的社会に対する<理論>的把握に媒介されている。そして、その<思想>の高さは、現実把握力の深さと広さ=<理論>水準に規定される。

   ヘーゲルにもマルクスにも、あきらかに、「真理は汝らに自由を得さすべし」というキリスト教的伝統発想がバックグラウンドとしてあり、この把握自体はまったく正当なものですが、しかし、そうであるからといって、<思想>の高さと<理論>の水準は、必ずしも厳密に対応関係にあると見ることはできない。
 現実把握の<理論>水準=<思想>の高さと、簡単に片づけられるものではなく、低い<理論>に媒介された魅力溢れる<思想>というものがあり得るもので、そこにこそ、<思想>というものの不思議さがあると思います。
 人間は、颯爽と現実を生きるために、どうしても現実への甘い幻想を抱かざるをえない生き物です。そういう人間たちを惹きつけてやまない<思想>は、左・右を問わず、必ずといっていいほど、現実の歴史社会への幻想というか、社会・歴史把握上の<理論>的暗さ弱さを孕んでいる。
 滝村理論は、そういう<魅力>を<魅力>として認めつつ、その現実把握における暗さ弱さを、徹底的に「解体」しようとします。
 この「解体」の論理を徹底的に突きつめる発想は、ヘーゲル・マルクス系統に特有のもので、マルクスにあっては、それが、一種の<理論>的ラジカリズム(へたをすると<理論>至上主義に陥る危険を内包している)となっている。 
 滝村理論は、学識と見識のある政治家がそれを政策的に「使おう」と本気で考えれば、恐るべき現実的有効性を発揮するでしょうが、やはり、滝村理論は、『資本論』と同じ「解体の論理」です。
 科学的分析という名の解体の論理,正確には構造分析の極限。あらゆる<思想>の裏の裏まで「構造分析」する<理論>、己の<思想>すら「解体」的に吟味せずにはおかない、いきつくところまで行ってしまった<理論>だと思います。

  (3)滝村理論は、マルクス理論の極限形態であるが故に、特有の長所と短所を持っていると思います。

 a)「解体の論理」を徹底化することで、ヘーゲルにもマルクスにもある<理論>的ラジカリズムの<思想>的陥穽を見事に回避している。これが長所です。
 滝村さんが指摘しているように、マルクスは、<理論>がそのまま<世界観>の総体を成し、<理論>と<思想>の究極的同致を帰結するという<構造>になっていて、<世界>を<理論>的に極めれば、<世界>を己の掌にのせる<思想>に至ることができる‥‥という発想が、根底にある。
 <世界>を窮め尽くし、その歴史の<論理>を正しく認識し、その<論理>に従うことで初めて、人間主体は「自由」であるという発想。この発想の危うさは、<思想>的レベルでは、いわゆる「ブルジョワ学」の優れたアンチマルクス主義思想家たちによってなされていますが、彼らには「科学的構造分析」がありませんから、マルクスを<止揚>することは不可能です。
 滝村さんの功績は、マルクスの「解体の論理」をもって、マルクスその人の厳正な<理論>的解体(まだ完全とは思えませんが)可能性を、初めて我々に見せてくれたということです。
 これが滝村国家論の<理論>的意義です。
 そして、その<理論>的徹底により、<理論>と<思想>の究極的同致の危うさを示すことで、<思想>と相対的に区別されるべき<理論>の本来の在り方(<思想>に同化できない<理論>の科学性)、逆に言えば、<理論>とは相対的に区別されるべき<思想>本来の在り方(<理論>に還元できない<思想>のイデオロギー性)を、示唆してくれました。
 これこそが滝村国家論の<思想>的意義だと、私は考えています。

  b)滝村国家論は、極限形態であるがゆえに、以上のような<理論>的徹底性を持ち、それはマルクスを凌駕するほど先鋭的である。しかし、極限形態であるが故に、その<思想>的魅力の点でヘーゲルにもマルクスにも劣ることになる。
 これが短所ですが、しかしこの短所はよく考えてみると、悪いことではないのかもしれない。いかに巨大で魅力ある<思想>でも、夢想をバネにする<思想>が人類に大きな傷跡を残す以上、夢のない<思想>の方が良いのかもしれない。とはいえ、そういう<思想>は、人々の主体的実践性に訴える力に欠けていることもまた確かです。

(4) 滝村国家論のような<理論>は、<思想>の魅力でもある現実認識上の<甘さ>を「解体」するというラジカルな性格の点で、一切の左翼ないしサヨクから孤立せざるをえません(そして、国家・民族に幻想過多の民族派からも)。
 私は、『唯物史観と国家理論』を勉強していき、滝村理論によって、自らの左翼性が無惨に「解体」されていくことに、感動と戦慄を覚えました。
 しかし、自らの<思想>を<理論>的レベルで解体され、それを受容するというのは、もの凄くつらいことです。そのつらさに耐えられない人間は、三浦は読めても滝村は読めない。あるいは、滝村の『マルクス主義国家論』は読めても、『唯物史観と国家論』以降の論文は読めない。
 初期の滝村はいいけど、後期はどうも‥‥という人が案外多いらしいのですが、それは、後期滝村理論の高度化に起因するというよりも(もちろんそれもありますが)、むしろ、滝村の愛読者すら<思想>的にヒヤリとし、本能的に拒絶せざるをえないものが、滝村理論の根底にあるからだと思います。
「後期滝村国家論」を読めない人の中で、最良の読み手は、きっと、「こんな夢も希望もない、理論の極北みたいな冷たい理論、シビアすぎる」「思想的に耐えられない」と感じた瞬間があるに違いない。
このシビアさが、同じマルクス系統の<理論>家でも、三浦さんと違うところだと思います。個別科学者・三浦つとむの学的<専門>は言語学にあり、その弁証法的実力は、言語学に即してしかありえません。
社会と歴史の<理論家>としてはセミプロでしかない。その「論理的徹底性」は<甘>すぎます【補注2】。

 (5) 以上のように、滝村理論は、左翼ないしサヨクから孤立せざるをえない。
 そして同時に、その「論理的徹底性」のゆえに、右翼ないしは民族派、また保守派からも孤立する。滝村国家論の論理的徹底性が、【滝村国家論を土台にした社会思想を構築する】ことの困難性を、自ら招き寄せるからです。
 社会思想構築の「困難性」はちょっと言い過ぎかも知れないが、少なくとも、【滝村国家論を武器に、壮大な社会的改造計画のグランドデザインする】者が、もしいたとしたら、その者に異様な<理論>的重圧を強いるシビアな性格を、滝村理論はもっている。
すなわち、「グランドデザイン」を<理論>的に検証しつくす厳密な作業を課し、その作業を首尾良くし遂げなければ、「グランドデザイン」は画餅であると、<思想>主体を絶えず脅かす性格を、滝村国家論はもっている。
 そんなシビアな<理論>に、現在の左翼やサヨクはもちろんのこと、現在の右翼・ウヨクないし民族派も耐えられる器量があるとは、思えません。
 ヘーゲルやマルクスをきちんと読み、それを<知識レベル>で修得するセンスがあり、かつ<思想>的力量のある論客で、「社会思想を構築する」気概があれば、【滝村国家論を土台にした社会思想】は可能でしょう。また【壮大な社会的改造計画のグランドデザインする】気概のある政治家がいたら、それも可能でしょう。
 しかし、現実にはそんな力量のある政治思想家も政治家も現在のところいません(将来出てくる可能性はないとはいえないけれども、その可能性はどんどん消えている。ヘーゲル系統の発想自体が歴史の彼方へと消え、ヘーゲルやマルクスをきちんと読み、それを<知識レベル>で修得するセンスを持つ知識人・思想家・政治家・官僚が存在しなくなりつつあるのだから)。
 右からも左からも「理解」困難なばかりか「利用」困難な<理論>‥‥。滝村国家論の孤独というか、本質的な孤絶性を感じます。  マルクス思想の<思想>的批判はこれまで優れた業績がいくつかありますが、マルクス<思想>のマルクス<理論>による批判と検討は、これまで一つもなかった。私がかつてイカれていた宇野経済学の<理論>と<思想>の機械的分離切断発想など問題にもなりません。そいう意味で、『世紀末』はいくつかの瑕疵を持ちつつも、注目すべき議論を提出しています。

  【補注1】

 <弁証法>は、即物経験的実証不可能な(直接眼には見えない)事象の、背後の内的<論理>を見抜き、その<論理>を<理論>的に体系構成していく<方法>です。
 「直接眼には見えない」、すなわち、即物経験的実証不可能なものを、透徹するというところが重要で、では、それはどうやって可能なのか?……。
 ここで、マルクスの「経済学においては顕微鏡も試薬も役に立たない。そこでは抽象力だけが武器となる」(『資本論』)という金言の中の、「抽象力」を<止揚>と考えれば、そのまま<弁証法>の<方法的>核心を正確に言い当てたことになる。
 ヘーゲル以外の誰によっても着想されなかった、<抽象=止揚>という独創的発想を抜きにしては、<弁証法>の精髄は絶対に理解できない。
 マルクス・滝村の<弁証法>は、ヘーゲルの<抽象=止揚>という着想を武器にした、対象的事象の<現象ー構造ー本質>>の立体的な<論理>解析法(マルクスのいう下向法)と、それに基づく<理論>体系構成法(上向法)という、<方法>的二重性において成立する。
 <弁証法>が、即物経験的実証不可能な事象の背後の内的<論理>を見抜き、その<論理>を<理論>的に体系構成していく<方法>である以上、その<方法>的真骨頂を発揮する領域は、実験的実証も数理的論証もできない<理論科学>(社会科学あるいは言語学など)のだと思います(もちろんこれは自然科学に弁証法が有効ではないという意味でいっているのではありません)。
 また、厳密には科学とは言えない実証的諸学、たとえば実証史学などとは<直接>の<方法>的連関はない。また、コトワザ・格言の類の世間知レベル(三浦の『哲学入門』『こう考えるのが正しい』などが想定するレベル)でその方法的有効性を発揮するものでもない。
 比喩的に言えば、<弁証法>は、武道の<極意>みたいなもんだと思います。
 初学者は、まず、入門書などを通して、<弁証法>という<方法>を知識として学びます(といっても<弁証法>そのものの規定は文章にしても数行、詳述しても数十行ですが)
 そして、それを自在に駆使するようになりたいなら、理論諸学・科学のうちのどれか一つを己の<専門>に選んで、それこそ滝村さんが言うように数十年掛けて対象の究明に没頭し、理論科学の中で事象の<論理>をたぐりよせる血みどろの学的格闘を経なければならない。
 そして、個別科学という<実体技>を<得意技>に仕上げる過程で、事象の<論理>を透徹する論理解析能力が開拓され、個別科学の対象究明が極まった段階で、その成果を体系的に<理論>構成するとき<弁証法>が<方法>的有効性を発揮する。
 しかし、この段階にまで至るには、何十年もかかる。
 だから武道との比喩はここまでで、一人の人間が<弁証法>という<極意>を掴むために選んだ専門は一つ、いくつもの<得意技>を駆使できる武道みたいにはいかない。
  また、三浦さんの『弁証法はどういう科学か』にも功罪があって、あれを読んで、さらに三浦や滝村の個別科学的業績の批判的検討へとすすむことなく、生活の中に<弁証法>を生かすという方向にいっちゃうと、<弁証法>が、人間の論理的認識方法として極めて高度なレベルのもの‥‥という本質が見えなくなる。
 たとえあの本を徹底的に読み込んでそれを生活に役立てようと思っても、はっきり言ってコトワザや格言レベルの日常的事象の<弁証法性>の確認という、世間知レベルの「弁証法的な発想」しか身に付かない。例えて言えば、名刀正宗でアジをさばこうとするようなもんで、ヘタすると指きっちゃいます。

【補注2】

どういう<甘>さかといえば、三浦さんの企図したような「マルクス主義の復原」が、ソ連や中国で「正しく」行われていたら、あそこまで無惨なことにはならなかったろう、そして将来、その「復原」がもし為されたら‥‥という幻想を、(三浦「哲学」支持者に、また三浦さん自身にも)許容する<甘>さです。この<甘>さゆえに、ソ連への幻想に呪縛され続けた。
 革マルの黒田寛一がどこかに書いていたという話をだいぶ以前に聞き、いまでも鮮明に覚えていますが、ハンガリー動乱の際、三浦さんが、物事は善か悪かと形而上学的に見てはイケナイ、ソ連のハンガリー武力侵攻は「悪」だけれど、アメリカ帝国主義の介入を防止したという意味では「善」であると、「アレカコレカ」ではなく「アレモコレモ」と「弁証法」的に把握するべきと言ったそうで、黒田は、三浦つとむには共産主義者のgeistがない!と非難していたとのこと(ま、クロカン、お前が言うか!とは思いますが)。


 

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