ヘーゲルからマルクスへと至る「自由」の問題を、自分なりに考えてみたいと思います。
これは、「滝村はマルクスの経哲を誤読している」という“批判”をメールで送って下さった人がいて、それに対する返答として書いたものです。
滝村のマルクス批判というのは、ヘーゲル国家論における「市民社会」と「国家」の分離、「公人」「私人」の分裂という把握、そこにおける近代ブルジョワ社会の人権論批判の問題(『大綱』第八篇27)が背景にあります。そしてこれは、分業の止揚と国家の死滅の問題にも絡んできます。
滝村さんのマルクス批判は、徹頭徹尾、<社会構成論>のレベルからなされていて、マルクスの人権論批判も、社会契約論に思想的に先導された人権論が、<近代的社会構成>の「思想的構成原理」であることを、ヘーゲルとマルクスがついに理解できなかったという一点に、滝村さんの批判は集約されています。
ここでの滝村さんの叙述も、<社会構成論>のレベルからなされていることを理解できず雑に読めば、“マルクスは人権否定の暗黒社会を構想していたと、滝村はマルクスを誹謗中傷している!”と読まれかねない叙述となっています。
ここでの滝村さんの批判は、
[ フランス革命に熱狂したヘーゲルも、啓蒙主義の限界を弁えつつその遺産を批判的に継承したマルクスにしても、近代的人権論における自由と平等を放棄したわけではなく、むしろ、近代人権論を止揚し乗り越えるレベルで人間的解放(人間的自由の真の実現)を指向した。
しかし、近代人権論を止揚し乗り越えるという人間的解放思想が、近代人権論の<思想的構想原理>としての意味と意義を捉えそこね、その結果、後のマルクス主義に甚大な思想的悪影響を及ぼした。]
ということでしょう。
滝村さんのこのマルクス思想批判は、ヘーゲル国家論批判が前提になっています。
近年、ヘーゲルの「法哲学」関連の講義類が各種出版され、ベルリン大学教授のプロイセン国家擁護者・ヘーゲルが、検閲を考慮した出版物とは違い、実際の講義では、慎重かつ抑制的な物言いながら、若き頃フランス革命に熱狂した進歩と理性の哲学者ぶりを窺わせてくれます。また、三浦さんも滝村さんも強調する「観念論者ヘーゲル」の議論が、ある意味常識的というか、現実的かつ唯物論的であることも、近年の「法哲学」講義類を読むとよく分かります。
滝村さんのヘーゲル批判が、古いテキストに基づくヘーゲル批判という側面があるのかないのか、その辺は文献学的に追求する価値がありそうですが、しかし、基本線としては、滝村さんのヘーゲル批判は見事なものだと思います。
以下、ヘーゲルからマルクスへの流れを、自分なりに纏めてみます。
ヘーゲルに言わせれば、重力が物質の「本質」であるごとく、人間の「本質」はまさしく「自由」です。
しかしながら、現実の人間は「自由」ではない。現実に存在する政治的・経済的・社会的諸制度に従属している。
そこで、人間は「本質」的に「自由」である以上、「自由」にならなければならない。
この人間の根源的「自由」の顕現・実現を、ヘーゲルは、人間の内在的自由と現実的不自由の矛盾の定立と解決(融和)として、弁証法的に捉えようとします。
[ 人間はその世界史的な歩みにおいて、一人だけが「自由」な段階から、少数者が「自由」な段階へ、そして万人が「自由」なるゲルマン的段階へと発展する。
このゲルマン的段階において、「市民社会」と「国家」の<原理的>な分化が完成するが、「市民社会」では、個人は孤立的個人としてのみ「自由」であり、そこで享受する市民的自由は、「普遍的なものの欠如」であり、特殊化と孤立化の原理でしかない。
したがってこの「市民社会」という「特殊」は、真に「自由」なる「国家」という高次のレベルへと、包摂・止揚されなければならない。諸個人は、この真に自由なる「国家」において「自由」になり得る(注1)。
しかし、自らの神的本質を自覚できない人にとっては、諸個人が国家に属し、国家の命令(法)に従うことは、秩序への従属・自由の制限としか感じられないであろう。
だが、人間諸個人は、<国家>を、自らの主体的な歴史的社会的活動において、自らの内在的な力の発現において、歴史的に産出した。
すなわち、人間は、自らに内在する神的本質に従い、神的本質を顕現するものとして、<国家>を、自らのものとして創出したのである。
そうである以上、<国家>という「神的理念の現実的顕現」の本質を知り、<国家>において生きることは、秩序への従属・自由の制限などではない。
人間は、その「本質」たる「自由」を、現実の<国家>において実現し、その<国家>の本質たる「神的理念の顕現」がいかなるものか……、<宗教>においてより高次なレベルで<直観的>に把握する。
そして、<哲学>において、<国家>も<宗教>も、人間が自らの神的本質たる<精神>の産み出したものなのだと、<学的>に認識する(宗教のような直観的・表象的にではなく)。
この世界が神(精神)の創造になるのであり、人間もまた、自らが神の子として<精神>なのだと、<哲学>的に自覚・把握するに至って、人間は<理性>的存在者として、真に<自由>な存在なのである。]
これが<理性>の哲学者ヘーゲルの<自由>に対する基本的な考え方です。
このヘーゲルに対するマルクスの批判は、ファイエルバッハの問題提起を受け、その限界を乗り越えるものとして提起されました。
フォイエルバッハは、ヘーゲルの神秘的な思弁性・観念性を批判します。
[ヘーゲルよ、貴方のいう「自由」とは、人間の内在的な類的本質を幻想的・観念的に疎外し、その疎外された観念世界の中だけで、「自由」の実現を語っているだけではないのか!]
というのが、フォイエルバッハのヘーゲル批判です。マルクスは、このフォイエルバッハのヘーゲル批判を継承しつつ、それを乗り越えるものとして提起されています。マルクス曰く、
[ フォイエルバッハのヘーゲル批判は、ヘーゲルの観念論的・神的な<精神>という主体に対して、自然的・感性的存在としての「類的存在」「人間」一般を対置したにすぎない。
ヘーゲルは、神秘的観念論的とはいえ、自らの内在的本質を歴史的に顕現していく活動的な人間主体が、<社会的・協働的存在>であり、また、<歴史的存在>であると捉えていた。
すなわち、第一に、ヘーゲルの活動する人間主体は、<精神>という思弁的・観念論的なかたちではあるが、単なる抽象的な個人(自然的存在)ではなく、歴史的社会的に相互に関係し媒介し合い、その協働的連関においてのみ、自己に内在する社会的・協働的本質(類的本質)を顕現しえる、<社会的・協働的存在>として位置づけられている。
第二に、ヘーゲルの活動する人間主体は、<精神>という思弁的・観念論的なかたちではあるが、自らの人間的本質を観念的に外化し、その外化を再び観念的に止揚するという、ダイナミックな歴史的運動過程においてイメージされている。
ところが、フォイエルバッハは、「類的本質」とは言いながら、その「類」は物言わぬ抽象的<普遍性>であり<人間性>であり<共同性>であって、「類」を現実的な<社会的・協働的存在>としても<歴史的存在>としても、明瞭に位置づけていない。]
これがマルクスのフォイエルバッハ批判の骨子です。
これを、私がHPで述べた<本質=関係>把握としての弁証法というレベルから捉え返すと、フォイエルバッハの弁証法軽視という問題にも絡んできます。
フォイエルバッハは、ヘーゲルの<媒介>の論理を批判しています。すべてのものは媒介されているというヘーゲル哲学に対して、事象が媒介されたものではなく、「直接的なものであるときにのみそれが眞理」なのだという立場です。
これは、ヘーゲルが『論理学』や『哲学史』で批判した「直接知」の立場への後退であり、<媒介=止揚関係>という弁証法的論理の放棄でしかない。
マルクスの「フォイエルバッハ・テーゼ」の有名な一節は、このフォイエルバッハ的「直接知」的発想に対する、<本質=関係>概念レベルからの批判といえるでしょう。
「フォイエルバッハは、宗教の本質を、人間の本質へと解消する。しかし、人間の本質とは、個々の個人の内部に宿る抽象物ではない。それは、その現実の在り方においては、社会的諸関係の総体である」(『新編輯版 ドイツ・イデオロギー』岩波文庫 236頁)
この「人間的諸関係のアンサブル」という人間観こそが、滝村的に言えば、「社会そのものとして人間」という本質論的人間観、初期滝村の表現(『北一輝』)で言えば<個人―即―社会>ということになります。
この<個人―即―社会>という基底的把握は、『経哲』以前の初期マルクスの「ユダヤ人問題に寄せて」「ヘーゲル法哲学批判序説」において、もうすでに萌芽的に現れていると見ることが出来ます。
「現実的な個体的人間が、抽象的な公民を己のうちに取り戻し、個体的人間として、彼の経験的生活の中で、彼の個人的労働の中で、彼の個体的境遇の中で、類的本質()存在)者となったとき、人間が彼の『固有の力』を社会的な力とみとめてこれを組織し、したがって、社会的な力を、もはや、政治的な力の姿で己から分離しないとき、このときにこそはじめて、人間的解放の成就があるのである」(「ユダヤ人問題によせて」大月文庫 313頁)
そもそも、マルクスの「類的本質(存在)者」というのは、人間が「個人」として、「個人」のまま把持する内在的<社会性>、「個体」的個人の中に圧縮・凝結されている<社会性>のことです。
『経哲』時代には、ヘーゲル・フォイエルバッハの流れを享受けて、その本質的な<社会性>を、「類的本質(存在)」という哲学的概念で表現していました。
しかし、マルクスの場合はフォイエルバッハとは違い、その本質的な<社会性>は、抽象的な<共同性>でも普遍的な<人間性>でもなく、主体的・実践的・能動的・力動的な<活動力>、しかも、単なる<自然力・生命力>ではなく、<社会力>として措定されていました。
<類的本質>が、抽象的孤立的個体の自然力ではなく、<社会>的な<力>であるのは、その<社会力>が、諸個人が直接的にまた間接的に織りなす<社会的=協働的連関>においてのみ、現実化するものだからである。
「ユダヤ人問題によせて」におけるこの把握は、『ド・イデ』の基底的社会・人間観へと真っ直ぐ繋がるものです。
人間が「個人」として、「個人」のまま把持する内在的<社会力>は、諸個人が直接的にまた間接的に織りなす<社会的=協働的連関>の所産である。
しかも、個人の内在的<社会力>が<社会的=協働的連関>の所産であるということは、「個人」の内部に<社会的=協働的連関>が圧縮・凝固・結晶するかたちで<社会力>が直接埋まっているということでもある。
そういう意味で、マルクスの「類的本質(存在)」は、「諸個人が労働を対象化することで肉体的にも精神的にも相互に創り合い」、「個人」がそのまま<社会的=協働的連関>でもあるという、マルクスの基底的な社会・個人観へと真っ直ぐ繋がっています。
この「個人」がそのまま<社会的=協働的連関>という発想を、『経哲』当時のマルクスは<類>という哲学的概念で表現し、「類的本質存在」を「社会的本質存在」というレベルで使っている。
「なかんずく避けられるべきは、『社会』を再び抽象物として、個人にたいして固定させることである。個人は、社会的本質存在なのである」(大月文庫 149頁)
マルクスが「『社会』を再び抽象物として、個人にたいして固定させてはならない」というのは、人間的本質を、観念的・宗教的・政治的に疎外し、個人に対立するよそよそしい「外的諸力」として分離してはならない、ということです。
この言葉の直後に、「個人は、社会的本質存在なのである」と繋げていますが、この一節に続く文章中の「類」と「個人」の位置づけ方をみていると、マルクスのこの言葉の意味が、まさしく<個人と社会は別のものではない>という本質的な<社会・人間>観(滝村的に言えば<個人―即―社会>)であることは一目瞭然でしょう。
「人間の個人生活と類的生活とは、別のものではないのである」
「死は、限定された個人にたいする類の無情な勝利として、両者(類と個人)の一体性に矛盾するように見える。だが、限定された個人とは、ただ限定された類的本質存在に他ならないのであるから、そのようなものとして、死をまぬがれない」
(注1)
マルクスは、ヘーゲルからフォイエルバッハへという流れの中で、
【 「個人」の個別性・有限性・部分性 ⇔ 「類」の普遍性・無限性・全体性 】
という基本構図を踏まえ、この「限定された個人」が、「限定された類」という意味で「類的本質存在」「社会的本質存在」であり、「人間の個人生活と類的生活とは、別のものではない」としているわけです。滝村は、マルクスの『経哲』を誤読してる”もへちまもない。マルクス曰く、
[ 「有限なる個人」は、なるほど個人・個体として見れば、個別的・有限的・部分的である。しかし、人間は、単なる孤立的個人ではなく、「限定された類」なのである。その内在的本質において、個人は「類的本質存在」なのであり、<個人>としては有限だが、<類的存在>としては普遍的・無限的な存在である。
そして、「人間は、自分自身に対して、現存の生きた類に対するように振る舞い、また、一つの普遍的な、従って自由な存在に対するように振る舞う」<類的=社会的本質存在>である以上、マルクスにとって人間の自由は、抑圧や隷従を逃れ災厄を避ける消極的自由や勝手気ままな恣意的自由ではない。「類」としての本質を全面的に顕現する<社会的解放>の中に、ブルジョワ自由主義的なレベルを超えた<人間的自由>がある
(注2)。
真の「人間解放」は、人間主体に内在する<類>としての普遍性(<社会=協働的>連関)に相応しい<協同的>社会を創出することであり、この協同社会において、人間ははじめて、自己に内在する<社会力>を全面的かつ完全に解き放ち、<類的本質存在>としての普遍性・無限性を顕現させることができる。 ]
マルクスが「個人」を単なる抽象的・孤立的個人としてではなく、「限定された類的存在」「社会的本質存在」と捉えたことのなかに、<類>というキー概念の中に、もう既に、後の『ドイデ』の本質論的社会・人間観が出来上がっています。
ただ、『経哲』段階では、この人間の本質を「社会的諸関係の総体」と捉える<本質=関係>レベルの人間観が、あくまでの人間主体(個人)のレベルにスポットを合わせて論じてられているにすぎません。
マルクスが、『経哲』の基底的人間観を、現実的<諸個人>の具体的な歴史的・社会的領域に置いて、現実的な<社会的・協働的存在>かつ<歴史的存在>としての<諸個人>に即して本格的に論じるのは、『ドイデ』ということになります。
したがって、『経哲』と『ドイデ』を機械的に断絶させるべきではなく、『経哲』の<個人>(類的本質存在)に即した<社会・人間観>が、『ドイデ』の<社会的・歴史的諸個人>に即した展開へと、発展的に継承されていると捉えるべきでしょう。
マルクスの<個人―即―社会>観とそこに内在する<社会無くして個人なし>という発想がベースにないと、まっとうな社会・歴史把握は望めません。
そして、別にマルクスに限らず、左右の思想の如何に関わりなく、現実把握力のセンスのある人は、ヘーゲルやマルクスを直接読まなくても、直観的にこういう基底的発想を自力で掴むことができるものです。たとえば、チェスタートンの「死者の民主主義」(『正統とはなきか』)など。
しかし、この基底的発想が、学的国家論の不在・経済還元主義的発想・コンミューン型国家の理念化・レーニン的党組織革命運動論などの諸契機に媒介され、大きく<思想的>に飛躍させられたとしたら、怖いことになる。ちょうど、生物進化論が社会進化論へと思想的に転成したときのように……。