
B 社会科学の学びと批判精神
− 日本的伝統としての学的派閥と党派的信心−
社会科学の学びには、大きく二つの途がある。
(1)個別科学者が自己の専門分野で先人大家の理論を生かし、更に継承発展させる<学的止揚レベルの理論的学び>。
これが学びの本筋というべきものだろう。大英博物館に籠もり経済学に打ち込んだマルクスの時間と労力を想像すれば、素人にはお勧めできない……と言いたくなるような、プロ中のプロとしての学びである。
(2)先人大家の理論学説がどういうものか、その著述に即して理解し、学匠たちの理論的切れ味を堪能するという<知識レベルの理論的学び>。これは言ってみれば、自ら高度な芸術作品を生み出すわけではないが、しかしその作品の高い水準を理解し味わうような、<見巧者>的学びである。
社会科学の理論学説を自己の<思想>的<イデオロギー>的基礎に据え、主体的実践的に生かす<思想的学び>の場合、プロの研究者になるわけではなく、(2)の学びの延長線上を歩むことになる。もちろん、<知識レベル>の学びであっても、先人大家の理論学説を現実と照らし合わせて、<批判>的に検証する理論的作業が必須であるのは、いうまでもない(マルクスほどの時間と労力を費やすわけではないが)。
<知識レベル>でヘーゲルやマルクスへの一定の観賞力・解読力を把持すれば、他の思想・哲学的著作を読んでも、その内容を正確に理解し、(読み手の力量次第では)長所と短所をトータルに<透かし見る>ことさえできるだろう。
これが、厳密な<学的論理能力>とは区別される<知識レベルの論理的解読能力>である(この点は【付論】参照のこと)。
三浦つとむのファンの中のごくごく一部には、
“ヘーゲルを本当に理解するには、ヘーゲルの高みに達していなければならない。未熟な頭でヘーゲルを読んでもムダだ”
という人もいるようだが、厳密な<学的論理能力>と<知識レベルの能力>を論理的に区別できないと、そういう認識論的誤謬に陥ってしまう。
ある研究者が、こういう発想は三浦つとむの「観念的自己分裂」への一知半解に基づくものだと喝破していた。文学作品を鑑賞するとき、読み手の側は「観念的に自己分裂」し、作者が創造した作品世界に入り込み観念的に追体験していくが、これを学問の学びに機械的に当てはめ、
“ヘーゲルの頭にならなければ、ヘーゲルの理解は不可能である”
としているわけだ。
たしかに、「未熟」なレベルでヘーゲルを読んでも「未熟」な理解しか得られないのは、実際問題としてその通りだから、この手の発想にも根拠がないわけではないが、まあ、珍説妄言の類である。
「未熟」な頭でヘーゲルやマルクスを読んでダメなわけがない。読んでもいいのだ。というかどんどん読むべきである。「未熟」という言い訳で偉大な先人・大家を避けてはならない。
ただし、「未熟」な初学者が先人・大家を読む場合、必ず、一定の主体的条件を満たしていなければならない。
第一に、ヘーゲルだろうがマルクスだろうが、三浦だろうが滝村だろうが、いかなる学的巨匠・大家であろうと、その理論学説を信仰対象にしないことである。こういう健全な懐疑精神を、学びの初発の段階からしっかり把持できるかどうかは、頭脳の良し悪しの問題ではなく、なぜ?……という問いを徹底的に突き詰めねば気が済まない粘着的な執拗さとか、長期にわたるシビアな科学的修練に嬉々としてのめり込める精神体質というような、<理論家的資質・適性>に関わる問題であろう。
第二に、ただ疑うだけなら懐疑主義でしかないが、<真理の基準は現実である> という姿勢で、先人大家の見地をたえず現実的事象と照らし合わせ、<批判>的に検証するという主体的構えを、堅持すること。
この懐疑と批判の主体的条件は、とくに社会科学を学ぼうとする初学者に向けて、どれだけ強調しても強調しすぎるということはない。
社会科学は(認識論・言語学などもそうだが)自然科学と違い、実験的実証や厳密な数理的論証で<真理>を確定し難い、特殊な理論科学である。したがって、その入門・初心の学び方も、数学や物理の教科書の記述を、(とりあえず)確定した<既知>の真理として知識的に受容していくような性格のものではない。
社会科学という極めて特殊な理論領域では、初学者がその未熟な頭のレベルのまま、
“へーゲル・マルクス・三浦や滝村の言うことを絶対に正しい、これぞ真理だ!”
とばかりに教科書的に“信仰”して学ぶと、未熟なレベルの盲信が急速 かつストレートに<技化>して、重大な弊害を帰結する。
<師匠が“思考”した通りに思考し、現実を“解釈”する>
秀才的技倆だけはどんどん高まるが、
<その思考枠組み自体を学問的に検証する真の学的論理能力>
の方は、いっこうに育たない。
社会科学にとって、懐疑・批判精神をスポイルされた初学者の学びは極めて危ういものであり、厳密な学的継承発展はもちろんのこと、<知識レベル>ですら、まともな理解と読解に到達することが難しくなる。
これは、社会科学の歴史を大きく振り返ってみれば明瞭になる。
また、私自身の身に染みるような苦い経験からも、断言できる。まだ十九歳のみぎり、宇野経済学を、それこそ絶対の真理として教科書的に学ぶことからスタートし、結局、真理の基準である<現実>の壁にぶち当たり、信仰的学びのダメダメさを痛感したことであった。
社会科学の初学者は、先人大家の理論学説を信頼して学ぶ気持ちを抱きながら、しかし、その学びの初めから、<盲信は科学の敵!>という懐疑精神と、先人大家の理論を常に現実と照らし合わせ検証する、<批判>的主体性をビルドインさせていなければならない。
初学者であっても懐疑・批判精神を持て!……ではない。初学者だからこそ!……である。
先人大家の理論学説を<信頼しつつ疑い、疑いつつ学ぶ矛盾>を、自己の内部に定立・維持することもまた一つの<技>なのであって、この<技>が、学び手の上達過程に応じて段階的・螺旋的に発展すること(注)が、学的レベルでの成熟・成長なのである。
マルクス主義哲学風の党派的学問観に囚われた者の中には、
“まだ初心の者に、偉大な先人・大家の否定的側面・欠点などを提示しては、学びの心が揺らぐから、初発の段階においては、信じることが大切”
という者もいる。これは、先生の言うことに素直に従わなければならない<子供の学習レベルの初心>と、一応の精神的成熟を迎えた<大人の学問的初心>を、完全に混同した発想である。
自分が学ぶ理論学説の否定面を見て“心が揺らぎ”、<信頼しつつ疑い、疑いつつ学ぶ矛盾>を自己の内部に定立・維持できない者は、どんなに頭脳が優秀でも、そもそもの最初から、<資質・体質・適性>において社会科学の学びに向いていないのである。宗教的・イデオロギー的教説を“信じて学ぶ”ことには適性あるだろうが……。
さすがに三浦つとむは、このことをよく弁えていた。
「ただ疑うだけの人間が異常なら、ただ信じるだけの人間もやはり異常である」(『レーニン批判の時代』勁草書房 229頁)
三浦つとむは在野にあって、特殊日本的な学問派閥的伝統と、学的党派集団の維持・再生産のために生み出された特異な学問=学習修行・上達法に対して、最も果敢に戦ってきた研究者の一人である。この理論の学びと懐疑精神の問題は、社会科学の日本的党派の問題を考える上で、極めて重要である。ここで、ごく簡単にではあるが論じてみたい。
(注)
<信頼しつつ疑い、疑いつつ学ぶ矛盾>の段階的・螺旋的発展のあり方は、自然諸科学・社会諸科学・精神諸科学のそれぞれの学的特殊性に規定され、一様ではないし、また、学びにおける知識の学習と論理的実力の関係のあり方も、それぞれの学問分野で一様ではありえない。
そういう特殊性を十分に弁え考慮に入れた上で、学問上達論は、それぞれのあり方に規定されたものとして提起されなければならない。
大きくは、実験的実証・数理的論証で<真理>を確定可能な実験・実証的諸学と、実験的実証・数理的論証で<真理>を確定困難な理論的諸学に大別したかたちで、提起されることになるだろう。
「研究者たるもの、健全な懐疑精神を持つべし」
「師匠を批判し乗り越えるのは弟子のつとめ」
まともな学者・研究者の中で、こういう麗しい学問精神を否定する者はいないだろう。
科学も宗教も同じ<学びの道>だが、自らが学ぶ理論体系を、絶えず現実と照らし合わせ検証する懐疑・批判的態度こそが、宗教と学問を分かつ核心中の核心である。この主体的構えを否定するのは、学問理論と宗教的教説を区別する根拠を自ら放棄するに等しい。
けれども、日本の学問的師弟関係の中では、こういう懐疑・批判精神が神棚にまつりあげられ、形骸化される傾向にあるのは、否めない。懐疑・批判精神という建前とは別に、
“若く未熟な者は、未熟なレベルで先人大家を批判するな!”
という権威主義丸出しの本音が、現実に作動してきたのである。
こういう実も蓋もない本音のもと、日本の学問とりわけ社会科学では、学問<党派>的な結集と、その維持・拡大再生産のための学問=学習上達・修行発想が、生み出された。
“若く未熟な者にオリジナルなものを出せるわけがない。まずは謙虚に先人大家を信頼して学び、その後にはじめて真の独創も生まれる”
という、 それ自体は理のある態度を絶対的に固定化し、
“若い未熟な弟子は、その学的<党派>の権威ある理論学説を学習し、その思考方法と理論的枠組みを体得するべし”
という、学問党派的学問=学習発想である。ヘーゲル学派だろうがマルクス学派だろうがヴェーバー学派だろうが、党派的に結集し、その人的結合を維持・発展させる上で、学問=学習発想は強力な武器になる。
こういう発想の背景には、
a)徒弟制度的師匠ー弟子的関係の伝統的土壌、
b)明治以来の西欧文物輸入・消化・学習がそのまま学問でもあった歴史的経緯、
c)カント的な方法的アプリオリズムの影響、
d)マルクス・レーニン主義の圧倒的優勢
などがあったと考えられる。
とりわけ大きい影響力をもったのは、<世界を自らの掌に載せん>とするマルクス主義的発想である。
マルクス主義の壮大な理論科学的体系は、その体系が直接そのまま、党派的なイデオロギー的性格を持っている。
この理論と思想の直接的同一性を支えているのは、「弁証法的唯物論はマルクス=レーニン主義党の世界観である」(スターリン『マルクス主義と言語学の諸問題』大月文庫96頁)という発想であった。
この発想では、「弁証法的唯物論」は、世界を“総体”として“弁証法的かつ唯物論的”に捉え切った、マルクス主義党の“科学的”な「世界観」であり、「唯物弁証法」は、あらゆる事物を生成・発展・消滅の運動過程において把える、“世界総体”の正しい「マルクス主義的認識方法ないし研究方法」だと、位置づけられる。
そして、“世界総体”を統一的に捉える「世界観」と、それを可能とする「弁証法的方法」を体得し、自らを一大machtとして党派的に結集・組織化しえたら、理論的にも思想的にも実践的にも、文字通り「世界をその掌に載せる」ことも可能になる。
そこでマルクス主義者は、“正しい”世界観(弁証法的唯物論)と“正しい”学的方法(唯物弁証法)を“学習”することに全力を傾注し、その“学習”がそのまま“正しい”学問の途ということにもなる。
この“学問=学習”発想は、思考の基本枠組みを先験的に設定する発想だから、まずは方法ありきというカント的アプリオリズム(ヘーゲルの方法とは対極に立つ)と親和性が高く、マルクス主義哲学陣営では、カント的に色づけられたヘーゲリアン・マルクシズム派が大きな影響力を持った。これが、“唯物弁証法を「世界観」レベルで位置づけるべし!”というスローガンの正体である。
この発想が孕む認識論的誤謬が社会的諸学に与えた悪影響は、極めて大きかったと思う。
自然科学の場合は、こういう発想でも、社会科学ほどの強烈かつ致命的な弊害は生じない。
先行諸理論学説を教科書的に素直に信じ受容することで、実験的実証や数理的論証であらかじめ<真理性>の確定された法則や公式を、<既知の真理>として知識的に受容し、その蓄積の上に立脚することができる。
そして、自らも<未知>の課題に取組み、自らが提出した仮説が<真理>か<誤謬>か?……実験的実証・数理的論証により確定することで、<既知の真理>に新たな<真理>を積み重ね、さらに新たな<未知>の課題に向かって前進することが、できるのである(確定された<真理>が“絶対普遍的真理”でないのはもちろんである)。
だが、社会科学はそんなわけにはいかない。
教科書に書かれた理論学問的知識は、どんなに権威ある学匠の見地であっても、実験的実証と数理的論証でテストされた<既知の真理>として、絶対的に固定化できないのである。
ここに、自然科学にはない社会科学の<理論科学としての極端な学び難さ>と、<学的巨匠の先行学説の継承困難性>がある。
この社会科学の学び難さは、
a)自然科学と違い、実験的実証も数理的論証も困難
b)しかしそれにも関わらず、社会科学もまた科学である以上、たえず現実の中でその真理性を検証されなければならない
という、理論科学的に極めて特殊な<学びの構造>から、必然化される。
<真理>の基準は現実にのみあり、先人大家の理論学説も、現実に照らして批判的に検証されなければならない。しかし、その検証には、「顕微鏡も試薬も役に立たず、抽象力がそれに取って代わらなければならない」(マルクス『資本論』「第二版 あとがき」)。
社会科学的な<真理>の確定は、論理的「抽象力」を唯一の武器に、社会的事象の「内的仕組みと構造」(電子顕微鏡で見るわけにはいかない)へと分け入り、一般的・抽象的<本質>規定を抽出していき、その<本質>から事象の構造・現象を<体系>的に位置づけていく作業となる。
したがって、マルクス経済学を真に学的に継承・発展させるためには、マルクスの体系を<既知の真理>として前提するのではなく、マルクスの既存の<体系>を相対化し<批判>的に解体するかたちで、検討を進めていかなければならない。マルクスの業績を生かしつつそれをもう一度最初から組み直し、まったくあらたに、マルクスを乗り越える<体系>を理論的に構成していかなければならない。
これが厳密な<学的止揚>であり、素人にはお勧めできない、プロ中のプロの峻厳なる途である。
この社会科学特有の構造的な<学び難さ>と<学的継承困難性>を弁えず、弟子が先人大家の理論学説を、あたかも自然科学の教科書に盛られた<既知の真理>のごとく受容して学びをスタートさせると、その先人大家の思考枠組みを固定化するよう認識が“発展”していき、その固定化した状態で、現実を“解釈”することになる。
秀才ほど急速に、先人大家の思考枠組みで自分の頭をガチガチに固め、先人大家の祖述者へと自らを完成させ、師匠が“思考”した通りに思考し、現実を“解釈”する。
しかし、研究者としての道を進み腕が上がれば上がるほど、<師匠が“思考”した通りに思考し、現実を“解釈”する>技倆だけは異常に高まるが、<その思考枠組み自体を学問的に検証する能力>の方は、いっこうに育たない。本当の学問的能力とは、その先人大家の思考枠組みそれ自体をも批判的に検証し、相対化していく論理能力のはずなのに……。
“未熟なうちは学派の理論学説を素直に信じ、未熟なレベルを脱したら、相対化し乗り越えていけばいい”
などということは、まず絶対に不可能である。これは当然だろう。
繰り返しになるが、真理の基準は現実にしかない。
ひとたび、学派的な方法的理論的枠組みで頭を固めてしまうと、その理論学説の検証作業そのものが、頭の中に構築したアプリオリな方法的理論的枠組みにしたがう“検証”にしかならないのである。
社会科学の学びにおいては、学び手がたとえ初心の者であっても、先行する理論学説を前にしたとき(それがどんなに権威ある理論学説であっても)、学び手にとっては、未だ「真理性」を確定されざる<未知>の仮説的見地にすぎない。
未熟な者は未熟なりに、己の「抽象力」を唯一の武器に、その仮説的見地をたえず現実の中で<批判>的に検証する、主体的構えを取らなければならない。
懐疑精神と批判的構えもまた一つの<技>なのであって、社会科学の初学者は、学を成そうと志を立てたならば、信じつつ疑い、疑いつつ学ぶ<矛盾>を、きちんとビルドインさせて学びをスタートしなければならない。
まだ「未熟」な者が、「未熟」な頭の初心段階で懐疑精神と批判的構えをスポイルされたら、現実との格闘の中で、己の武器である「抽象力」を磨いていくことができず、いつまでたっても未熟者である。
社会科学は、ある種の技芸の稽古・修行(師匠の指導を盲信するくらいでなければ、なかなかモノにならない)とは、<学びの構造>がまったく違うのである。
以上、学問党派的な学びの弊害を一般的に述べたが、次に、この弊害が社会科学の歴史の中でどのように現れたか?……、みてみよう。
@ 理論学説というものは、一定の社会的歴史的諸条件に規定された社会的歴史的産物である。
たとえば、マルクス『資本論』がその研究にあたって直接の歴史的対象素材としたのは、19世紀イギリスである。マルクスは「イギリス経済論」を提出したのではなく、あくまでも資本主義の原理的解明として『資本論』を提出したが、どんなに偉大な<一般理論・原理論>的業績も、その業績が生み出された社会的歴史的諸条件から、多様な<特殊>的規定を被らざるを得ない(理論的にも思想的にも)。
更に、マルクスの場合、その学的本領は経済学だから、経済学的発想から現実を裁断するような、<特殊性>を<一般性>と取り違えたり<一般性>を<特殊性>に押しつけたりする誤謬を、神ならぬ人の身、完全に避けることは難しい。
だから、特定の理論学説を学ぶ場合には、その現実的社会的諸条件からの<特殊>な規定性を十分に踏まえた上で、<一般理論>的本体と<特殊性>を論理的にふわけしながら読み進まなければならない。
ところが、実験的実証や厳密な数理的論証で真理を確定・蓄積しがたい社会科学で、先人大家の理論学説を教科書的に真理として固定化しスタートすると、この論理的ふわけ切開を、現実と照らし合わせてきちんと進めることができない。先人大家の社会的現実的諸条件からくる<特殊>な現実的規定性まで、そっくりそのまま無批判的に受容せざるをえないからである。
その結果、<師匠が“思考”した通りに思考し、現実を“解釈”する>アプリオリズムは、一般性の特殊への機械的押しつけと、特殊性の普遍化という裏腹の誤謬となって現れることになる。
A 先人大家の理論学説が、一定の社会的歴史的諸条件に規定された社会的歴史的産物である以上、時代が推移し社会的歴史的諸条件が変わってくれば、理論と現実のズレは無視できなくなるほど大きくなる。
しかし、現実の方から<未知>の諸問題・諸課題が次から次へと生起してくると、<師匠が思考した通りに思考し、解釈する>アプリオリズム的姿勢では、おそかれはやかれ、学問的に筋の通った現実対応ができなくなる。
もともと教条主義的信条が強く、しかも真面目な人ほど、現実とのズレに苦しみ、それがある限界点を越えると、全面的に宗旨替えをするということにもなる。そういう例は、学問<党派>として強烈なマルクス主義系にごろごろ転がっている(といっても、マルクス主義を放棄した研究者も、学的修練の年限が長ければ長いほど、根底に染み付いた体質みたいに、学派の基本的な思考枠組みは強固に残るものなのだが)。
しかし、途中で脱落せず、その学的党派に残留する大多数は、○○学派という看板を掲げている限り、先人大家の基本的思考枠組みをそのまま維持する途を、選択することになる。
そうなると、学的党派の看板を掲げた以上、党派的結集の維持・再生産という組織的利害が、シビアに意識されてくることにもなる。ヘーゲル学派だろうがマルクス学派だろうが、
「自分たちが信じ学んできた理論学説は間違ってました、今後は○○学派と名乗りません」
という“解党的出直し”(?)など、それなりの歴史を有し人的結合の強い学的党派では、なかなかできるものではない。とくに我が国においては……。
かくて、とりあえず看板はそのままにして、他の学説理論を導入し綻びを繕うという、先人大家の理論学説の実質的「変形と修正」を迫られることになる。信奉する先人大家を崇め奉っていながら、中身は先人大家の理論学説とは異質なものがゴタゴタ入り込む。へたすると、○○学派の看板に偽りあり? ということにもなりかねない。吉本隆明曰く、
「マルクス主義とマルクスの思想とは、あたかも孔子の思想(論語)と朱子学や陽明学とが異なる程度において異なり、同じ程度において同じに過ぎない」(『吉本隆明全著作集(続)10』勁草書房)
ということになるわけだ。マルクス派に限らず、学問<党派>的集団というものは、先人大家のまっとうな「継承発展」ではなく、単なる「変形修正」の道を辿る、必然的傾向性をもっている。
いずれにしてもこれは、そのスタートラインで健全な懐疑・批判精神を建て前的に棚上げし、学問<党派>的に“学習”したことから必然化される事態なのである。