
1
滝村国家論は、大きく三段階に時期区分できるだろう。
(1)60年代後半〜70年代前半の初期段階。
『革命とコンミューン』『マルクス主義国家論』『北一輝』で、権力・国家・政治の基礎的な諸概念を確定。滝村の表現を借りれば、マルクスやエンゲルスの古典を踏まえた「原理評論」段階。
(2)70年代中期〜80年代の中間段階。
実証史学の膨大な業績を踏まえた歴史理論的研究へと進み、その歴史理論的研究を土台に、「国家論大綱」の実質的骨格を組み上げる原理的研究を押し進める。80年『唯物史観と国家理論』(三一書房)、『国家の本質と起源』で、「三権分立」「統治」「行政」という「国家論大綱」の最重要概念の原型を開拓(滝村にとっては、「オーソドックス」な本格的学的研鑽はこの時期から始まる)。
(3)『国家論大綱』の完成段階。これまでの理論的成果を踏まえた体系的構成。
『国家論大綱』では、初期からの基礎概念のいくつかは、規定し直されている。
滝村曰く、
「国家の学的構造論を首尾良く完成させたときには、前提とした本質論も無事では済まされない。より高い学的レベルへと止揚される」(下巻71頁)
というわけだ。
この「止揚」がもっとも明瞭に現れているのは、「政治的事象」の位置づけ方である。滝村の「政治的事象」の学的理解は、<内容>的にみるかぎり、初期も現在も基本的には変わっていない。しかしそれにも関わらず、「政治」規定が国家論の体系構成の中に占める位置が、初期とは異なっているのである。
初期の滝村の<政治>の本質規定は、次のようなものであった。
「……<国家>の本質としての<政治的支配>とは……<国家権力>による<支配><統制>一般にあるわけでもなければ、また従来のマルクス主義者がくりかえし主張しているごとく、搾取階級が被搾取階級をいままで通り支配しておくために、『国家』という暴力機構によって抑圧することにあるのでもなく、最も[象徴的]にいえば、支配階級の特殊利害が、[直接的]にではなく、様々に[媒介]されて、何よりも、社会の法的秩序維持という[普遍的な形態(形式)とともに、実質的(内容的)]に貫徹されるところにある。 換言すれば、<政治的支配>の本質は、かかる[形式的かつ内容的]支配の二重性において実現されているのだから、形式的な『支配統制』か、内容的な[階級抑圧]か、といった単純な一元論的発想では、とても正解できないのである」(『北一輝』)
政治とは、「社会全体の秩序維持・統制」である。しかし、その「維持」されるべき現実の社会が階級社会である以上、階級社会の秩序をそっくりそのまま維持する政治的支配は、大きく「媒介」されたかたちで階級性が貫徹する。
初期の滝村は、この国家の階級性の問題を、一般的抽象的な「政治」本質規定に、直接繰り込んだかたちで提起している。
これにたいして、『国家論大綱』では、あくまでも、「序論 <政治>とはなにか?の予備的考察」の中で、まず、従来の政治理解の学説史的な流れを振り返りながら、「政治的事象」というものが、社会全体の秩序に関わる事柄であること<だけ>を、ごく簡単に押さえている。
「〈権力〉現象は、〈規範〉を軸として展開されている。〈規範〉としての意志の観念的な対象化において、この〈社会全体〉つまり〈統一社会的〉、という契機を内的にくり込んだとき、〈権力〉現象は、国家権力を軸とした〈政治的〉権力現象、簡単には〈政治〉現象へと転化する。もちろんこの転化の形態は多様でありうる。 社会全体にかかわること、とりわけ〈社会の統一的な秩序と枠組み〉、にかかわる軍事,外交・治安などは、いわば純粋かつ典型的な、〈政治〉的事象といえる。それだけではない! 国家権力を軸とした国家的支配 に直接かかわる事象は、すべて〈政治〉的性格を付与される。その理由は、国家権力が〈社会の統一的な秩序と枠組みの維持と連守〉、に任ずる特殊な政治的権力、にほかならないからである」『国家論大綱』 第一巻上48頁)
滝村は初期とは違い、「政治とは〜〜である」と一般的抽象的に定義するのではなく、「政治的事象」とは社会全体の秩序(<社会の統一的秩序と枠組み>)に関わる事象であると、述べるに止めている。このことは、方法的また理論的に、二重の意味を持つ。
2
まず方法的意味について、みていこう。
『大綱』は、
「序論 政治とは何か? についての予備的考察」
「総説 権力とはなにか?[権力論]」
「本論 国家とはなにか? [一般的国家論]」
「補論 特殊的国家論」
という四部構成を取る(「総説」「本論」「補論」がゴチックになっていることに注意!)。これは、初期の『マルクス主義国家論』第三部「思弁的=文献学的政治学批判」の中の「広義の政治学 私の構想」
T権力・政治・国家の本質論
(1)権力論
(2)政治論
(3)国家論
とは大きく異なっている。
『マルクス主義国家論』段階で滝村が構想していたのは、あくまでも「広義の政治学」体系であった。しかし、70年代半ば頃から、「国家論」を「政治学」に単純に包摂・吸収するのではなく、「政治学」の科学的理論的解明のために、まず、「国家論の体系的展開」すなわち<国家論大綱>の構築に全力を注ぐようになる。「国家論」を軸とする「政治学」という姿勢は、『マルクス主義国家論』段階から見られるが、70年代半ば以降に打ち出された「国家論大綱」という構想で、初期からの基本姿勢がはっきり明瞭なものとなったといえるだろう。
そして、「広義の政治学」ではなく、「国家論大綱」へと体系構成の主眼が移った以上、「政治」概念規定が占める理論的位置も、当然異なったものにならざるをえない。
これは、『国家論大綱』の構成を検討すればはっきりする。
『大綱』では、「序論 政治とは何か? の予備的考察」が、
「総説 権力とはなにか?[権力論]」
「本論 国家とはなにか? [一般的国家論]」
「補論 特殊的国家論」
という三つの大きな項目全体の「序論」の位置を占めている。その上で、「総説 権力とはなにか?[権力論]」が「国家論」全体の「総説」となっている。 これは、方法的につぎのような意味を持っている。
第一に、「序論」で扱われる「政治とはなにか?」の議論は、あくまでも、「予備的考察」という<限定>のもとに提出されているに過ぎない。したがって、「序論」での「政治的」なものを巡る議論は、
、T権力・政治・国家の本質論
(1)権力論
(2)政治論
(3)国家論
の中の「政治の本質」論とは、方法的・理論的位置づけがまったく違っている。
「政治とはなにか?」の本質論的解明は、「序論」の任務ではない。その任務を果たすのは、『国家論大綱』の全体である。
『大綱』は「序論」でごく簡単に触れられた「政治的事象」が、
「総説 権力とはなにか?[権力論]」
「本論 国家とはなにか? [一般的国家論]」
「補論 特殊的国家論」
という体系構成の中で、国家的支配の解明に即して具体的に明らかにされていくのである。
第二に、「序論 政治とは何か? の予備的考察」」は、「総説 権力とはなにか?[権力論]」のような方法的位置を、占めているわけではない。 滝村曰く、
「国家概念の学的・論理的な前提という意味なら、国家概念には権力概念が前提になっている。しかしここにいう前提とは、国家の学的理論的な体系化における論理的端緒ないし始元という意味である」(下巻38頁)
「序論 政治とは何か? の予備的考察」はあくまでも「予備的考察」でしかないから、そこでの議論は、『国家論大綱』」の「論理的端緒(始元)」(下巻465頁)という方法的位相にはない。
『大綱』において体系展開の「論理的端緒(始元)」は、 「総説 権力とはなにか?[権力論]」「第一編 権力の本質」で提出される。その「権力」規定を「始元」として、「総説」→「本論 国家とはなにか? [一般的国家論]」を展開し、その上向的展開を踏まえて「補論 特殊的国家論」を提出していく。
これが、滝村が「序論」をゴチックにせず、「総説」「本論」「補論」をゴチックにしたことの方法的意味なのである。
【補注】
「国家論」を中軸とする「政治学」構築という滝村の基本的立場は、ドイツ国家学のように、「政治概念を国家概念に還元」 する事を意味しない。
また、「国家概念」の学的解明を放棄し、それにかえるに「政治概念」の解明をもってしたシュミットとは、滝村の立場は正反対のものである。シュミットのように、「政治概念」を「国家概念」の理論的前提にするのではなく、「国家とは何か?」の解明を、すべての<政治的>諸概念」解明の前提として提出しているのである。
3
以上、「政治とは〜〜である」と一般的抽象的な政治の本質を定義するのではなく、あくまでも「予備的考察」のなかで、経済学との大きな対比の中で「政治的事象」を論じることの、方法的意味を考えてみた。
次に、初期の「政治」本質規定と、『大綱』の理論内容的な相違について、具体的に見てみよう。
「序論」の「政治とはなにか? の予備的考察」は、「政治」政治とは社会全体の秩序(<社会の統一的秩序と枠組み>)に関わる事象であると述べるに止めている。
初期の「政治」本質規定では、
「支配階級の特殊利害が、[直接的]にではなく、様々に[媒介]されて、何よりも、社会の法的秩序維持という[普遍的な形態(形式)とともに、実質的(内容的)]に貫徹される」
という「政治的支配」の「階級性」の側面が、本質規定に組み込まれたかたちで提出されている。
これに対して『大綱』では、「本論 国家とは何か?【一般的国家論】」を展開し、「国家とは何か?」を理論体系的に解明して後はじめて、<国家権力の第三権力としての独立的超然性と階級性の貫徹(階級独裁)>というマルクス主義国家論の大命題を、「第九篇 理論的総括」で位置づけている。
「本論 国家とは何か?【一般的国家論】」は、国家権力(第三権力)を軸とする「社会の国家的構成」を理論的に「再現」していく。その体系的構成が、
「支配階級の特殊利害が、[直接的]にではなく、様々に[媒介]されて、何よりも、社会の法的秩序維持という[普遍的な形態(形式)とともに、実質的(内容的)]に貫徹される」
という、<政治的支配>の過程的構造(三浦的に言えば)を、本質論的に解明するものとなっているのである。
「総説 権力とはなにか?」の第二篇以降の構成は、
となっている。
第三篇「国家と社会」では、第二篇「国家論総説」で総括的に論じられた「国家権力を軸とする社会の国家的構成」が、現実の歴史的社会においてなぜ必然化されるのか?……、国家・国家権力生成の現実的根拠を、一般的に解明する。
第四篇「国家権力の実質的構成」(第四篇)では、現実の社会から国家権力(第三権力)に要請される国家的諸活動が、大きく「統治」「行政」の二重性において現れることを、明らかにしている。
第五篇では、国家的諸活動を首尾良く展開する上で、組織体としての国家権力が一般的に取る制度的形態を論じ、それが<三権分立>に収斂する論理的必然性を解明する。
第六篇「国家権力の現実的構成」では、国家権力の中枢である議会と政府執行諸機関の現実具体的構成、政党、世論などの諸問題を検討し、第七篇「国家・国家権力の現実的構成」では、「社会の国家的構成と組織化」が、その<外的構成>と<内的構成>において、どういう現実具体的姿をとるのか?……領土・領域、中央ー地方的権力構成、国家形態の諸相を解明する。
そして第七篇で「国家の観念的イデオロギー的諸問題」を論じることで「本論 国家とは何か?【一般的国家論】」の実質的展開をいちおう終え、全体を総括するかたちで「第九篇」をもってくる。
滝村が初期の「政治」規定で提示した「<政治的支配>の本質」に関わる「[形式的かつ内容的]支配の二重性」の問題は、第九篇「31 理論的総括1」の項目2「国家権力の独自性と階級性」の中で、理論的に位置づけられる。
しかも、初期の一般的抽象的な把握とは違い、これまでの体系展開で明らかにされた「統治」「行政」「権力分立」概念を駆使し、国家的支配の階級性が、「統治」においてはどう媒介的に貫徹されるのか?……「行政」においてはどうか?……、<議会制民主主義>形態と<専制>的政治形態では、どのような相違となってあらわれるのか?……極めて具体的に、リアルに論じられている。
この体系構成の叙述は、
a) ドイツ国家学のように、国家・国家権力の法制的形式を直接取り上げる(社会から切り離して)のではなく、階級社会的基礎(下部構造)から、いかに必然的に<国家という幻想の共同体>が必然化されるか、その大きな<媒介>的行程の理論解明という意味で、まさしく<唯物論>的であり、
b)社会的現実的基礎から必然化される<国家的支配の実質的構成→形式制度的構成→現実的構成>という、対象の内在的本質の必然的顕現=概念の必然的展開という点で、まさに<弁証法>的な構成となっている。
以上が、「政治」概念規定の初期から『大綱』への変化の方法的理論的意味であるが、この変更は、滝村の思想的変化をも現している。
すなわち、「国家の階級性」「階級独裁」の問題をいきなり抽象的本質規定に組み込んだかたちで論じるのではなく、「国家とは何か?」を一応論じきってから「総括」の中で位置づけたということは、「国家・政治の本質論」を「階級性の問題」に還元するマルクス主義国家論への、葬送の辞ともいうべき意味をも有している。滝村曰く、
「学的・理論的国家論の根本目的は、総体としての国家的支配それ自体の解明にある。けっしてそれは、この<階級性>の問題に収斂されるのでもなければ、それを中心課題としたものでもない」(下巻408頁)
というわけである。