【補遺A 読者の方々の反応に寄せて1】
この間、ぽつりぽつりと、ごく少数ではありますが、HPの読者の方々から感想を寄せて戴きました。
読者の方々の反応を読んだり、滝村や三浦、ヘーゲルやマルクスを巡る学的状況を一瞥するうちに、いろいろと感じたことを述べてみたいと思います。
@ 私はもともと、滝村国家論の理論的継承というよりも、その理論に内在的に秘められた革命的な<思想的>意味と意義の方に、その探求の重点を置きたいと思っている者です。したがって、HPでの<理論的>な叙述は、あくまでも主体的な思想的営為の理論的基礎構築作業という性格のもので、<理論的>探求そのものは、<思想的>探求からすればある意味副次的な作業と言えるかもしれません。
しかし、弁証法とはいかなる論理かを、社会科学に即して、ヘーゲル・マルクス流の<本質=関係>概念の基底から論じた論文というのは、いままでのところ、少なくとも国内では、私のHPしかないようです。
個々の細かい議論でいえば、ヘーゲル『論理学』「限度論」と発展史観との連関把握や、「普遍」と「一般」の弁証法的な概念規定(第一論文第二項の【補注2】)などは、弁証法的な方法と、非弁証法的な方法(エンゲルスの言ういわゆる「形而上学的」発想)との質的相違を考える上でも、ヘーゲル・マルクス的な発展史観の<発展>概念、あるいは<社会的規範論>を考える上でも、極めて重要なものです。
しかしその重要性にも関わらず、弁証法を語る学者・研究者の中で、きちんと弁証法的に概念規定している人は、一人もいないようです。そういう状況に<理論的>な一石を投じることも、私のHPの存在意義の一つであろうかと思っています。
また、『国家論大綱』刊行以降の状況を見ていると、滝村国家論の厳密な<理論的>意味と意義を精確かつ緻密に捉えた論評が、文字通りまったくゼロというのが実状で、そのことを考えると、滝村国家論や三浦言語学などの<理論的解読>というかたちの論評も、それなりに意義があるでしょう。
新論文をアップする時間と労力を考えると、HPの更新はいつのことやら……という感じになりそうですが、三浦や滝村、ヘーゲルやマルクスをこれから学ぼうとする意欲的な後進のためにも、なんとかHPを維持していきたいと思っています。
A 私のHPを読んだ方から、「佐々木晃彦って、**さんですか?」と連絡を戴きました。メールアドレスを知る方には,HP開設のお知らせメールを出しているのですが、その方には出しておらず、私のHPはたまたま偶然眼にしたとのこと。
本来ならば、表現者として、堂々と本名を名乗るべきなのですが、私はネットユーザーのわりに旧弊・偏屈なところがあり、不特定多数の見知らぬ他者が、自分の氏名をgoogleなどで検索でき、自分の名前がネット上に登場するという事態に、別に生活上不都合なわけでも、また本名を伏せなければならない後ろ暗い生活を送っているわけでもないのに、なんとなく、不快……というほどではないにしろ、どうも生理的違和感みたいなものがありました。それで「佐々木晃彦」のハンドルネームを使っています。
私の実家には、苗字の異なる二つの墓所がありますが、ある時期に「佐佐木」姓から「**」姓に改めたのではないらしい。同時期に「**」姓と「佐佐木」姓を名乗っていたのか、それとも、一族の中に二つの苗字が併存していたのか。叔父が定年退職後に趣味的に調べてますが、郷土史ミステリー的陰惨話も出てきたりして興味深い。子供の頃から、なんか苗字が二つあるってオモシロイなあと思っていたこともあり、ハンドルネームに大昔の「佐々木」姓を復活させ、私の名前から「彦」を、私にとってかけがえのない人から「晃」を取り、「佐々木晃彦」というハンドルネームをつくったのでした。
「九州共立大学の佐々木晃彦氏ですか?」とメールで問い合わせてきた方がおられましたが、ハンドルネームは,google検索で同姓同名の人がひっかからない名前にしたほうがいいのかもしれません。そこで、「佐々木」を本来の「佐佐木」に変え、「佐佐木晃彦」で当分の間いこうと思います。
B 「九州共立大学の佐々木晃彦氏ですか?」と問うてきた方からは、病気療養中の滝村氏の近況を、ほんのちらりとですがお聞かせ戴きました(その方も直接面会したわけではないとのこと)。私は、滝村氏とはもう十数年会っておらず、音信不通状態が続いていたので、たいへん嬉しく思いました。
滝村氏には、『国家論大綱』への礼状をお送りしましたが、病気療養中ということを考慮し、HPの諸論文をコピーし送付することは断念しました。もしHPを読んで戴ければ、批判・疑問などをがんがん突きつけてくることでしょうが、基本的なところでは「正解」と認めてくれるだろうと思います。
ヘーゲル・マルクス・滝村隆一という社会・歴史理論の学的系譜を辿り、三浦言語学の学的水準を踏まえつつ、彼らの論理を追跡・抽出していけば、私がHPで展開した学問・理論観、弁証法の方法的・理論的位置づけ方に、論理必然的に到達せざるをえないと思います。ヘーゲルとマルクス、そして三浦つとむが天国にいるか地獄にいるかは分かりませんが、彼らに草場の陰から、「君の議論で正解だよ」と言わせてみせるという意気込みで執筆し、実際、それだけの理論的水準にあるはずだと自負しております。
C 「フリー百科事典 ウィキペディア」というネット辞典があり、その「滝村隆一」の項目を執筆した方からメールを頂戴し、メールで二三アドバイスをさせて戴きました。自分の主観をいれない客観的叙述を目指していこうとする姿勢に、好感を持ちました。
私よりも一回り以上年輩の方で、いまなお三浦理論を学び続けているという方からも、簡単なご挨拶のメールを頂戴しました。在野にあって独学で、しかも地方で学び続けるというのは、私と同じ立場・境遇であり、今後もお互い頑張っていきましょうという思いがします。
D ネット上で、滝村国家論を「魂の国家論」と言った人がいました。確かに、けっして上手いとは思えぬ文章の異様な迫力から、そういう印象を私も受けます。
しかし、滝村の理論的内容それ自体は、表現の「熱気」とは裏腹に、氷の刃のように冷たい社会科学の極北的理論とでもいうべきものです。
『国家論大綱』は、理論内容そのものはけっして難解ではなく、<真理は単純にして且つ複雑である>という弁証法的真理の具体的実例といえるもので、また、歴史の現実具体的なダイナミズムがとてもよく分かり、単純に読み物としても面白い。そういう意味では、意外に学びやすい理論体系書です。
しかし、これを精確に理解するだけでも、実は、<思想的>にとてもしんどい作業……といいたくなるところがあります。
私の体験から言うと、滝村理論を学ぶ主体に対して、己の<思想・哲学>すら<解体的>に吟味すべし!……と論理的に強制してくる、一種の理論ラジカリズムのようなところが、滝村理論にはある。
これはシビアなことです。
人間というものは、己の人生の中で生き生きと、颯爽と生きるためには、どうしても、甘い社会的・政治的・文化的幻想を、不可避的に抱え込まなければ生きていけない生き物です。
滝村理論は、そういう幻想の不可避性を認めつつ、しかし、夢見がち右翼の国家・民族への思い入れも、歴史と社会の現実を見たくない国家を認めたくない左翼的心性も、右でも左でもない生活保守的常識も、あるいは、<知的>趣味人の思想哲学的また宗教的夢想も、その幻想性を情け容赦なく溶解させようとする、「構造分析という名の解体の論理」です。
あらゆる思想・哲学の裏の裏まで「構造分析」する<理論>、己の思想すら「解体」的に吟味せずにはおかない、いきつくところまで行ってしまった<理論>。それに耐えられるか耐えられないかで、その人間の<思想的>器量が決まるのかもしれませんが、たしかにキツイ理論です。
しかし、ヘーゲルのようなスケールの大きい深く広い<思想的>魅力はないが、そのラジカルな理論的性格にも関わらず、理論至上主義・理論万能主義というわけではなく、<理論>の限界そのものをも<理論>的によく弁えた<理論>というところがあり、私にはなかなかに魅力的です。
この点に関連する内容の小文をアップすることにしました。「です・ます」調なのは、もともとは複数の友人に宛てた昔の手紙に若干の改変を施したものだからです。