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現代「中華帝国」と中華思想 チベット問題
現代「中華帝国」と中華思想 チベット問題
(1)はじめに ― 現代中国は単なる「中華帝国」ではない ―
(2)現代中国論は「なぜ中国を好きか嫌いか」の自己分析から始まる
(3)中華思想から現代中国を押さえることの<方法>論的問題点
(4)「華夷秩序」の<形式>だけを抽象化・抽出してはならない
(5)香港「一国二制度」は単なる「グレーゾーン」の問題ではない
(6)チベット“解放”の政治思想的<重み>
(7)われわれにいかなる「チベットへの寄与」が可能か?
【補注1 現代中国という奇妙な《イデオロギー的中華帝国》 】
(5)香港「一国二制度」は単なる「グレーゾーン」の問題ではない
内田氏は、「どうして中国人は「一国二政府」というような香港の統治形態を「気持ちが悪い」と感じないのか、どうして台湾が独立したら武力侵攻するぞと言いながら、台湾から資金と人間が流入することを「気持ちが悪い」と感じないのか、どうして日中の海底ガス田の帰属について、「決着を棚上げするというソリューションもあり」と言い出すことを「気持ちが悪い」と感じないのか」と問い、それは中国人特有の「コスモロジー」の問題だと説く。
果たしてそうか?
「香港一国二制度」は、中国がどうしてもそうしなければならない歴史的背景と諸条件があるからああなった。「チベット独立」を断固として認めないのも、そうしなければならない歴史的背景と諸条件があるからである。別に“「グレーゾーン」をまったく「気味悪がらない」中国人の体質発想法考え方”など関係ない。
尖閣のガス田で「帰属」の「棚上げ」を提案する理由は単純明快。日本が尖閣を実効支配しているから。戦略戦術的に中国ペースに日本を引きずり込み実効支配を形骸化させる布石をうった(実際その通りに事は運んでいる)というだけの話である。
もし仮に中国が尖閣を実効支配していたら、日本が「帰属の棚上げ」を提案しても「なにいってるアル?」である。“「グレーゾーン」をまったく「気味悪がらない」中国人の体質発想法考え方”を「分かっ」ても、尖閣問題の正当な理解には蚤の一跳ねほども近づけない。
以下では、「コスモロジー」で香港やチベットなどの現代中国問題を語ろうとする内田氏の議論を検討しよう。
*
香港の「一国二制度」の問題は、「中華思想の本義」などからスタートするよりも、中国共産党幹部たちのイデオロギー的師匠筋にあたる戦略戦術家・毛沢東の発想を押さえるところから始める方が、事柄の道筋を掴まえることが容易だろう。
戦略家・毛沢東の真骨頂は、かの柔聖・三船久蔵十段の言葉だったか「押さば引け 引かば回れ」(直線ではなく「回る」という円運動を重視するのは、相手の攻防の軸足をずらす=乱すという意図を秘めている)にも相通じるもので、戦略戦術としての前進・後退のあり方を、合理的に考え抜ようとしていたところにある。
もちろん戦略家にしてえぐい陰謀家・毛の背後には、『孫子』や『六韜』などの中国史上の兵書指南書(漢民族=中華民族的基礎教養)、そしてまた、硬直的な原則主義を戒め柔軟屈伸的な妥協・譲歩・遠回りの意義を説いてやまなかったレーニンの「共産主義における左翼小児病』(マルクス主義的基礎教養)などがどぉ〜んと控えている。
ここで、自軍の「前進・後退」が「敗北」に繋がらない「前進・後退」のあり方を、香港の「一国二制度」という現実具体的問題に即して考えてみよう。
「一国二制度」は、中国共産党の大原則(中国全土の「解放」すなわち「一国一制度」)からすれば、大英帝国との当時の力関係と香港の経済的地位から割り出した「妥協・後退・遠回り」である。しかし、その「妥協・後退・遠回り」が「全面撤退・敗北」(二国二制度)に繋がらない「妥協・後退・遠回り」になるよう、考えた上で導き出されている。
中国の本来的な政治目標は、香港(もマカオも台湾も)本土並に「解放」することではあるが、それは香港マカオ台湾それぞれのの歴史的背景と現実的条件が許さない。香港を植民地統治していたのは、外交的術策に長けた海千山千の大英帝国、衰えたとはいえ常任理事国イギリスである。しかも香港の運命は他の西側諸国も(なによりアメリカと台湾が)注視している。
もし中国側が外交交渉で、香港を本土並に「解放」する(一国一制度)なんてことをもろにストレートに頑なに拘ったら、イギリス(及び他の西側諸国も)が認めるわけがないのであって、返還交渉は頓挫する。
そうなると返還期限のタイムテーブルに支障がでる。その期限は香港租借期限というよりも、ケ小平初め党長老たちの眼の黒いうちになんとしても植民地支配の屈辱の地を奪還したいという、革命第一世代の老革命家の悲願(観念的精神的利害)が定めたタイムリミットである。
またなによりも「実利」において、経済的に繁栄する香港をいきなり本土並に「解放」したら、それこそ金の鵞鳥の腹をかっさばいて金の卵を取ろうとする愚を犯すことになる。だから、金の鵞鳥は生かしたまま飼育するのが得策。
それに、もし香港問題でヘタを打ったら、中国にとってもっとも重要な台湾問題にも悪い影響が出てこざるをえないだろう。
かくて中国とイギリス双方が双方の思惑において妥結した「一国二制度」というのは、中国にとってみれば、このような政治的外交的なまた経済的な諸条件を勘案した上での妥協(一歩後退)であり、しかしそれによって植民地支配地奪還という悲願を勝ち取った(二歩前進)ということである。そして、香港の「一国二制度」が将来の台湾問題処理におけるテストケースになれば幸い…と中国側は考えたはずである。
イギリス側の思惑では、香港の「一国二制度」は、やがて香港という<点>が広大な中国本土の経済的自由化と政治的民主化の起点になりうるという希望的観測を込めていることだろう。
他方中国側としては、金の鵞鳥には相変わらず金の卵を産み続けて貰い、本土の「改革開放」路線に経済面から資して欲しい。中国の主権の範囲内にある以上、中国共産党の国家統治の否定に繋がらない限り、従来の香港住民の「ブルジョワ的自由・民主」を地域行政レベルの自治権として認めても支障はない。本当に締めなきゃいけないところはぎちっと締めればよい(現に最近、チベット問題で北欧の人権活動家の香港入国を拒否したり、手綱を締めるところは締めている)。
ここまで言えば明白だろう。
別に中国が中華思想の体質で「曖昧なものを曖昧にして」おく思考法ゆえに「グレーゾーン」を許容したわけでも、その「グレーゾーン」を「気持ち悪いとは感じず」これで「良い」と思っているわけではない(「一国二制度」というアイディアに中華民族の「体質」とか「思考法」を読みとるなら、「五十年百年この制度でいい」という中国人の「息の長さ」を読みとることができよう)。
もし香港やマカオのような「一国二制度」を維持する政治的外交的また経済社会的な諸条件がなかった場合には、当然「一国二制度」の「グレーゾーン」なんてまだろっこしい真似などしないだろう。
これは日中戦争終了時を考えてみればいい。日本帝国主義の支配地域があっさり手に入ったときは、いきなり「解放」して「一国一制度」である。「グレーゾーン」なんて「曖昧さを曖昧のままに」なんてことはなく、「社会主義解放か帝国主義支配か?」と、「白と黒をはっきりさせて」しまう。
「グレーゾーン」になるか「白黒すっきり」になるかは、あくまでも現実具体的な歴史的背景と現実的諸条件にかかっているのであって、まさに弁証法の格言通り(「すべては時・場所・条件にかかっている」)である。
香港だってひとたび現実的諸条件が変わってしまえば、「一国一制度」なんてことになりかねない。なにしろ主権は中国が掌握しているわけだから、無理を承知で強引にできるし、窮迫的な現実的必要に迫られれば断固としてやるだろう(可能性は低くても、現実の諸条件に押されればありえるというところが、問題なのである)。
以上、香港に「一国二制度」を認めたのは、それを認めなければならない歴史的背景と現実的条件が存在したから。チベットに独立はおろか「一国二制度」「高度な自治」など断じて認めないのはそれを認めるだけの歴史的背景と現実的条件がないからである。
では、チベットに独立はおろか「一国二制度」「高度な自治」など断じて認めない歴史的背景と現実的条件とはなにか?…。次にこの点を論じる。
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