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現代「中華帝国」と中華思想 チベット問題




  現代「中華帝国」と中華思想 チベット問題


(1)はじめに ― 現代中国は単なる「中華帝国」ではない ―

(2)現代中国論は「なぜ中国を好きか嫌いか」の自己分析から始まる

(3)中華思想から現代中国を押さえることの<方法>論的問題点

(4)「華夷秩序」の<形式>だけを抽象化・抽出してはならない

(5)香港「一国二制度」は単なる「グレーゾーン」の問題ではない

(6)チベット“解放”の政治思想的<重み>

(7)チベットへの寄与のために



【補注 現代中国という奇妙な《イデオロギー的中華帝国》 】




(7)チベットへの寄与のために


以上長々と内田氏を批判してみたが、人様の批判をただただ言い放しで終わるのは無責任であろう。
わたしは別に政治家でも官僚でも財界人でもないし、またなにか政党組織・思想団体に参加している活動家でもない。市井の一独立自営業者にすぎぬから、テメ〜が日本国を背負っているような気分で「日本は中国とこうつき合うべき」とか「中国はこう御せ!」みたいな気恥ずかしいことはいえない。しかし、<真の人権派>たらんとする一人の人間として且つ日本人として、思想的イデオロギー的な主体的<構え>はある。
わたしはその自分の<構え>が、他の多くの日本人にも共有しえるだけの普遍性があると思う。





わたしは先に、チベット問題における中国政府批判においては、@西側自由主義・民主主義諸国の自由・民主・人権・民族自決などの近代的な国家・社会の諸価値を基準とする批判 A<理念>ないしは「理想の原型」としての社会主義(<ありうべき社会主義諸原則>)に照らして、現代中国など「社会主義」に非ず、チベット弾圧民族浄化など社会主義にあらざる蛮行として批判する立場、の二つがありえると述べた。
欧米諸国に和するというのは、この@の基盤に立つということである。
こういう声を日本をはじめ西側が挙げ続けることが大切であり、それによって少しでもむごたらしい虐殺拷問などの非人道的行為を中国側が自制するプレッシャーになればと願う。
短期的中期的にはもちろん長期的にみても、チベット問題の解決のための有効な手などない。欧米諸国も手詰まり、日本の場合も「チベット自治区を中華人民共和国の不可分の一部と認める」のが公式の立場だから、「チベット独立」支持なんてことは無理だし、また言うべきではないだろう。
我々日本人に今できることは、西側の対中非難の主音調である「人権を尊重せよ!」「人権弾圧やめろ!」「民族の将来と運命はその民族自身が決めることだ!」にきちんと和することだけである。それも感情的でがさつなものではなく、条理を尽くす冷静真摯なものでなければならない(その姿勢を注視しているのは中国ばかりか西側諸国もそうなのだから、単なる反共的なアジテーションではだめなのである)。

“俺たち共産党は、祭政一致の無知蒙昧なチベット族を解放してやり、遅れた封建的農奴制的停滞と悲惨から引き上げ、人民が主人公になる社会主義への大道を歩む進歩勢力の陣営に加えてやった。チベット人よ感謝しろ!”

この独善的で思い上がったイデオロギー的姿勢を断固糾弾する、21世紀にはそんなもん通用しないのだと説き聞かせることが必要なのである。
このイデオロギーの放棄は、まさに中国共産党の中国《共産党》たることの政治思想的イデオロギー的正統性の否定に繋がるから、短期的にはもちろん、中長期的にもその望みはない。しかし、ここで諦め絶望し思考停止して“中華思想の「グレーゾーン」を認めチベットは現状維持でしょうがないじゃん!”などと思うべきではない。
ましてや、日本の首相はじめ親中派保守のように、「中国様(お客様)が嫌がることは致しません」なんて態度をとったり、親中派サヨクのように「反米帝・反日本軍国主義の中国様の批判は、敵(米国・日本軍国主義)を利することになるので致しません」などという腐りきった政治主義的態度をとるようなら、日本は「国際社会に名誉ある地位を占めたいと思う」(憲法前文)のはよしたほうがいい(そもそも中国からさえ本音レヴェルで一段と軽蔑され馬鹿にされるだけである)。
ほんとうにチベット人たちへの同情と声援の気持ちを日本人および全世界のこころある人々が、超長期戦になるという覚悟と粘り強く強靱な精神をもってこの問題に取り組むのなら、一筋の道が自ずから見えてくるだろう。





西側の「開発独裁国」なら、たとえばかつての台湾や韓国のように、経済的な発展と市民社会の形成とともに、それに押されるようにして政治的自由化民主化への道を進む傾向性が必然的に顕在化してくる。
中国内部もまた、そういう必然的傾向性を宿しているだろうが、しかし現状では、政治的自由化・民主化への道を進む傾向性が顕在化(したがって中国共産党の統治支配の終焉、中国共産党が中国《共産党》たることをやめる)してくるようにはみえない。彼らにとってはそんな「自由民主」は「ブルジョワ自由民主」であり、中国共産党としては断固否定されなければならない。あくまでも中国共産党の独裁を堅持しその枠内での「自由化」であり「民主化」であり「法治」でなければならないからである。
ケ小平ら中国共産党は、ソ連東欧の急速な瓦解を他山の石としてこれを学んだ。
ソ連の崩壊は直接的には党保守派のクーデターの失敗だったが、本質的にみると、ゴルバチェフのペレストロイカとグラスノスチによって、共産党というイデオロギッシュな政党(欧米の議会政党とはまったく異なる)が有する「建前」、その政治思想的・イデオロギー的意義、「建前」が「建前」であるからこそ有する観念的・精神的な力が失われていくという、一種喜劇的な内部的自壊劇だった。
自分たちの社会が「共産主義の理想」とはほど遠く、そんなもの「建前」だと承知しつつ、しかし西側資本主義のように過度の競争の中で労働者たちが命をすり減らす社会よりはマシだ(その点では、どんなに欠陥があっても我が社会の方が優位性を誇れる)というかたちで「建前」を維持できなくなったとき、ソ連は自壊した。
では、中国はどうか?…といえば、ソ連とは状況がまるで違う。
ソ連の場合、資本主義との経済競争に太刀打ちできないことが余りにも明々白々だったから、グラススチで西側の情報が大量に入ってくれば、自己のイデオロギー的優位性を「建前」としてすら打ち出しようがなかった。
しかしケ小平ら中国共産党幹部は、ソ連東欧崩壊を教訓に、共産党一党支配の堅持と経済的な「改革解放路線」をドッキングさせることに成功した。 空前の経済的繁栄の中で、共産党員たちがそれぞれの位階・地位に応じて共産党一党支配の旨みを特権的に享受できる以上、「建前」は「建前」のまま「建前」としてのイデオロギー的力を発揮するだろう。
改革・解放派は、「社会主義市場経済」を資本主義的と批判非難するごりごりの保守派長老に対して、次のように主張できる。

「社会主義市場経済は、プロレタリアートの政治指導のもとで、プロレタリアートがブルジョワジーに成り代わり、経済的に立ち遅れた中国におけるブルジョワ民主主義的諸課題を遂行するものである。だから資本主義への道などではない。プロレタリア独裁と共産党の一貫した指導を堅持している限り、社会主義市場経済は《社会主義》市場経済なのである。我々はかつてレーニンがやったネップを継承し、さらに大胆に発展させているのだ。
「改革・開放」を突き進み、「市場経済」が開放した巨大な生産力を、共産党の一貫した指導の下社会的に統御・統制し、社会的生産を合理的・合目的的・計画的に運営・管理する本格的な社会主義段階に発展していくだろう。いつになるかはわからないが、いずれ必ず…」

こういうかたちで「資本主義の復活だ!」と非難する保守派に応酬し、また共産党員としての己も納得させることができる。「建前」が「建前」として有するイデオロギー的力を発揮できる。
社会的経済的矛盾が深化進展し、こんな説明など通用しないほど一党独裁と市場経済のドッキングという無理が顕在化すれば、「政治的自己改革(一党独裁の放棄)をしなければ、もはや社会がもたない…」という危機感も変革への自覚も生まれるだろう。しかし現在の中国の社会的経済的矛盾の深化進展はそういうレヴェルではないと、わたしは思う。
経済的な発展と市民社会の形成とともに歩む政治的自由化民主化への道は、国内に反体制派が政治勢力として存在し得ない以上、中国共産党が自ら内部的に中国《共産党》の政治思想イデオロギーを脱色していく(ゴルバチェフのソ連がやったような中国版ペレストロイカ・グラスノスチ)こと以外ありえない。
中国革命の時代を直接知る世代、あるいは文化大革命の極左的空気を呼吸した世代が退場すれば、それはありえなくもないが、現状では、西側自由主義陣営の「開発独裁国」(かつての台湾、韓国)にすら進めない段階なのである。
しかし、ここで諦め絶望し思考停止してはならない。
現代中国が、中国共産党の統治支配の終焉を迎える、中国共産党が中国《共産党》たることをやめ西側の基準でいう民主主義政党(マルクス主義を脱色しただけの権威主義的な開発独裁型政党にとどまることなく、資本主義マンセーの自由主義系政党になるか、福祉国家路線の社会民主主義系政党になるか、いずれのコースを辿るかはさておき)になることになれば、その対外政策・少数民族問題への対処もまた変わらざるをえなくなる。
したがって、日本を含む西側が中国を「御し」たいというときの処方箋は、中国の内部的民主化・自由化(連中の言う「ブルジョワ自由民主」)への<外部的側面的働き>かけである。中国共産党が西側基準での民主主義政党へ(スターリニズム型政党から社会民主主義政党へ)と内部的に変わっていく方向へと進むよう、硬軟取り混ぜ、外部的に側面的に働きかける超長期的でねばり強い姿勢をとり続けること、これである。
これは言われてみれば穏当で当たり前の処方箋だろう。チベット問題も台湾も、そういう中国の民主化自由化という道を通じてしか解決(ないしは劇的な前進)しないだろう。








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