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現代「中華帝国」と中華思想 チベット問題




  現代「中華帝国」と中華思想 チベット問題


(1)はじめに ― 現代中国は単なる「中華帝国」ではない ―

(2)現代中国論は「なぜ中国を好きか嫌いか」の自己分析から始まる

(3)中華思想から現代中国を押さえることの<方法>論的問題点

(4)「華夷秩序」の<形式>だけを抽象化・抽出してはならない

(5)香港「一国二制度」は単なる「グレーゾーン」の問題ではない

(6)チベット“解放”の政治思想的<重み>

(7)われわれにいかなる「チベットへの寄与」が可能か?


【補注1 奇妙な《イデオロギー的中華帝国》の壊れがたさ 】



【 奇妙な〈イデオロギー的中華帝国〉の壊れ難さ 】


マルクス主義者でもなんでもない日本の親中派保守、財界人経済人、政治家官僚たちが、中国とのパートナーシップや日中友好を強調するとき、「体制の違いイデオロギーの相違を越えて」というのが枕詞みたいになっている。
この枕詞は「違いを越えて」というよりも、中国と日本および西側諸国との「体制」と「政治思想イデオロギー」の相違を看過ないし軽視する、要するに、眼を瞑って相手が「アカ」だってことは見ない触れない語らない(曖昧にする)ことにして、中国を友好相手(実利と利権の美味しい相手)に据える定番フレーズなのである。
福田首相が「相手の嫌がることをしないのが外交です」などと政治家にあるまじき珍言(そりゃあきんどの発想である。「お客様の嫌がることは致しません」で外交はできない)を吐いたが、体制だの政治思想イデオロギーの話をしたら波風立つ(相手が嫌がる)し、そりゃあヤボというものだ、というわけである。これは別に親中派保守ばかりではない。
別にマルクス主義者でもない日本の反戦平和サヨクの場合も、相手を中国《共産党》ではなく《中国》共産党と位置づけ、“自分たちとは「体制」も「思想」も異なるけど、かつては日本軍国主義と戦い現在は米帝と日本軍国主義の復古に対峙できるたのもしぃ隣国”みたいな好意の眼差しで迎えることになる。
また、これは圧倒的少数派だが「中国なんて社会主義じゃない!」と憤る硬骨の左翼人士も、中国と日本および西側諸国との「体制」と「政治思想イデオロギー」の相違を看過ないし軽視しがちな点では左右親中派と変わらない。
この人たちの中には、“マルクス主義なんて、今の改革解放路線の中国じゃあ単なる建前に過ぎない”などと言う向きもある。こういう意見というのは、中国共産党というイデオロギッシュな政党(欧米の議会政党とはまったく異なる)において、その「建前」というものが有する政治思想的・イデオロギー的意義、その「建前」が「建前」であるからこそ有する観念的・精神的な力というものを、よく理解できていないのである。
この点を、ソ連と中国を対比させるかたちでみてみよう。





クーデター未遂事件を直接の引き金とするソ連のあまりにもあっけない崩壊は、ソ連共産党員の大多数がもはや<革命家>(党員は革命家である)としての気概も覚悟も能力もなく、単に「共産党」に就職した「親方赤旗」の官僚公務員みたいになっちゃっていたということを、あからさまに露呈した。
当たり前のことだが、革命家というのは尋常な存在ではない。別に誰に頼まれたわけでもないのに平凡な日常を離脱し、逮捕も投獄も死刑も覚悟で革命闘争の修羅場に身を置く、いわば「イデオロギーに憑かれた人たち」なのである。レーニンもトロツキーもスターリンもみなそうである。
しかし革命が成り体制が固まってしまい、その革命の修羅場も遠い記憶という時代になると、革命家は革命家たりえなくなる。そうなると、共産党というイデオロギッシュな政党の「建前」が「建前」であるがゆえに有する観念的・精神的な力というものを、次第に漂白されて、ほんとうに単なる「建前」になってしまう。命がけで体を張ってゴルバチェフやエリツィンら反革命分子勢力を殲滅しペレストロイカという「パンドラの箱」を封印せんとする苛烈峻厳な「イデオロギーに憑かれた」革命家はいなかった。
名著『ノーメンクラツーラ』のヴォスレンスキーは西側に亡命し、共産主義の実現を心の底から信じている人間を初めて眼にして新鮮な衝撃を受けたという。ソ連ではそんなもの建前で言ってるだけで誰も信じていなかったそうだ。
革命後半世紀も経過し、革命の修羅場の経験のない世代が社会の大多数を占めるようになれば、どうしてもそうなるものである。

上がそうなら下はどうかといえば、ソ連論の必読文献の一つ『ホモ・ソビエティクス』(ミシェル・エレル 白水社)におもしろいエピソードがある。
現場でちんたらちんたら働いていた労働者たちの仕事ぶりがあまりにいい加減なものだから、監督者が「ブルジョワ経営者ならお前らクビだぞ」と憤慨すると、労働者たちは「俺たちのクビを切れないようにするために革命をやったんじゃあないか!」とせせら笑った。
ブレジネフ時代の頃にはスターリン時代の血も凍る粛清はもはやない。もちろん、労働者たちが政治的に自由にものを考え自由に発言するなど絶対に許されない。しかしそんな不自由のかわりに、必要労働と最低限の衣食住は保障される。党と国家の政治的支配への絶対的服従と経済的な生活保障が一種のバーターになっている。「一党独裁を止め政治的自由と民主主義を!」などと公然と主張すればソッコーで公安に連行されるが、労働規律の弛緩はまあ大目に見られる。それがブレジネフ以降のソ連だった。
反共保守派がブレジネフ以降のソ連を批判し「社会主義ではどんなに働いても給料が同じ悪平等社会だからダメ」というが、これは半面の真理しか突いていない。ソ連は極端な不平等社会で、赤い貴族「ノーメンクラツーラ」と一般庶民の生活格差はもの凄いものだった。しかし一般労働者に関しては、確かに働いても働かなくても給料はさほど変わらず、労働規律が弛むだけ弛んでいても、みんなやってるからなんとなくそうなってしまう。
かくて、まっぴるまからウォトカ飲んで仕事さぼってる労働者たちののんべんだら〜〜〜りとした光景がひろがり、ソ連共産党中央委員会の「イデオロギー報告」では、「職場ではいい加減に働くくせに給料日になると真っ先に会計窓口に並びしかも給料が少ないと不平を言うものが多い」(チェルネンコ)という嘆き節が聞かれることになる。
本来革命家であるべき上は「親方赤旗」の公務員化、下は労働規律の驚くべき弛緩という腐朽と停滞の中で、共産主義の理想が単なる「建前」と化した。

それでも、ペレストロイカがなければ、ソ連はいまでもなんとか延命できていただろうとわたしは思う。自分たちの社会が「共産主義の理想」とはかけ離れ、そんなもの「建前」だと承知しつつ、しかし西側資本主義のように過度の競争の中で労働者たちが命をすり減らす社会よりはマシだ(その点では、どんなに欠陥があっても我が社会の方が優位性を誇れる)というかたちで、「建前」を維持できただろう。
しかし、グラスノスチがその「建前」を「建前」にすぎないものだと暴露し、「建前」が「建前」として有するイデオロギー的力を発揮できなくした。それがソ連のあっけない内部崩壊だった。





では、中国はどうか?…といえば、ソ連とは状況がまるで違う。これには二つのポイントがあるだろう。

@ ソ連の場合、資本主義との経済競争に太刀打ちできないことが余りにも明々白々だったから、グラススチで西側の情報が大量に入ってくれば、自己のイデオロギー的優位性を「建前」としてすら打ち出しようがなかった。
しかしケ小平ら中国共産党幹部は、ソ連東欧崩壊を他山の石として、共産党一党支配の堅持と経済的な「改革解放路線」をドッキングさせることに成功した。
空前の経済的繁栄の中で、共産党員たちがそれぞれの位階・地位に応じて共産党一党支配の旨みを特権的に享受できる以上、「建前」は「建前」のまま「建前」としてのイデオロギー的力を発揮するだろう。
「社会主義市場経済」を資本主義的と批判非難するごりごりの保守派長老に対して、改革開放派は、次のように主張できる。

「社会主義市場経済は、プロレタリアートの政治指導のもとで、プロレタリアートがブルジョワジーに成り代わり、経済的に立ち遅れた中国におけるブルジョワ民主主義的諸課題を遂行するものである。だから資本主義への道などではない。プロレタリア独裁と共産党の一貫した指導を堅持している限り、社会主義市場経済は《社会主義》市場経済なのである。我々はかつてレーニンがやったネップを継承し、さらに発展させているのだ。「改革・開放」を突き進み、「市場経済」が開放した巨大な生産力を、共産党の一貫した指導の下社会的に統御・統制し、社会的生産を合理的・合目的的・計画的に運営・管理する本格的な社会主義段階に発展していくだろう。いつになるかはわからないが、いずれ必ず…」

こういうかたちで「資本主義の復活だ!」と非難する保守派に応酬し、また共産党員としての己も納得させることができる。「建前」が「建前」として有するイデオロギー的力を発揮できる。
社会的経済的矛盾が深化進展し、こんな説明など通用しなくなるほど、一党独裁と市場経済のドッキングという無理が顕在化しなければ、「政治的自己改革(一党独裁の放棄)をもたらさなければ、もはや社会がもたない…」という危機感も変革への自覚も生まれないだろう。
現在の中国の社会的経済的矛盾の深化進展はまだそういうレヴェルではないと、わたしは思う。





A さらにもう一つ、次のようなことがいえる。
中国は儒教のお国柄で、長老年長者先輩の気風を後続の世代が受け継ぐ精神的観念的な規定性が、ソ連社会より強いのではないかと思う。「中華思想」というより中国人の儒教的発想からの媒介的規定性である。これが中国共産党をソ連共産党より長持ちさせるファクターとして働くのではないだろうか?
天安門事件のとき、党最高幹部の一人が言ったという。「青二才の学生どもが勉強もせんと。わしがあいつらの年齢の頃は、戦場で弾の下をくぐってたんだ!」と。
わたしはこれをなにかで読んで(ちょっと記憶が定かではない)、祖父の商売の失敗で極貧の中で育ったオヤジや結核で進学できなかったオフクロが、新左翼学生運動をテレビニュースで見て、「良いご身分だねぇ」とあからさまに冷笑と軽蔑の視線を浴びせるのを思い出した。苦労人の生活者からみりゃあ、全共闘運動に興じる特権的大学生様のお坊っちゃまお嬢ちゃまなど「良いご身分」でしかない。そのお坊っちゃまお嬢ちゃまながバリケードを築き戦争ごっこをやるのにあきたらず、パレスチナに飛んで「武装闘争」とかやっていた頃の話である。
こういう老革命家の気風(わたしが唯一共感した中国共産党幹部の発言)は、革命第一世代が生きている限り党から喪われないものだし、中国の場合、第二第三世代にも、遺風として観念的精神的な規定性を及ぼすのではないだろうかと思う。
「中国共産党の長老年長者先輩が血を流し勝ち取った体制をそう易々とは変更できぬ」という先行世代からの後続世代への精神的観念的な縛りである。これがソ連よりも強ければ、共産党というイデオロギッシュな政党の「建前」が「建前」であるがゆえに有する観念的・精神的な力というものが、ソ連ほどには漂白され難いということになるだろう。








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