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現代「中華帝国」と中華思想 チベット問題
≪ 読者の方からの感想に寄せて9 ≫
「数学屋のめがね」の秀さんという方から感想を頂戴しました。
http://blog.livedoor.jp/khideaki/
秀さん、拙文をとりあげていただき感謝申し上げます。ほんとうにありがたいことです。
あの文章は今読み返すと、内田氏の短文に労力を割いて超長文をぶつける意義あったのかなあ?…と思わぬでもないですが、言ってることは大筋で間違ってないと思うので、まあいいかぁという感じです。
ちょっと秀さんに重大な読み違いがあるので、その点だけ二点コメントさせてください(あと補足的に一点)。
1{秀さんの発言引用
{ 1 中華思想 … 内田樹さんの主張。中国の行動の理解の前提に中華思想の要素を考えることで、その行為としての整合性が解釈できる。
2 共産主義イデオロギー … 佐佐木さんの主張。チベットに執着し、それを手放しがたいものとするのは、それを手放すことが共産主義イデオロギーの否定にまで行き着くという解釈。
3 清帝国からの歴史的背景(特に近代化の過程で受けた日本からの影響・日本軍国主義の考え方を一部取り入れた) … マル激での平野聡氏(東京大学大学院准教授)の主張。}
こういうかたちで整理した図式の中に、わたしの主張が構成要素として組み込まれると、ちょっと困ります。
そもそも次元を異にする123の話をそれぞれ対立させて図式化し考えること自体が方法的に問題です。わたしは、1か2か3か、「中華思想」か「共産主義イデオロギー」か「清帝国からの歴史的背景」か、あれかこれか…というような話をしてるのではありません。その逆です。
わたしが、中国共産党がチベットをてばなしがたいのは「 崔羃敖觜顱彭な経済的実利(現実的経済的利害)と、漢民族=中華民族としての誇り矜持(観念的精神的利害)から容認し難い」というばかりではなく、「C羚餠産党が中国《共産党》であり続ける限り、その依って立つ政治思想イデオロギーからして、チベット独立など<原理原則的>に認め難い」と述べているところを、どうかご留意いただきたい。
秀さんの図式を援用するかたちで纏めれば、わたしが主張しているのは、
1(中華国家としての清帝国からの領土的継承・継続性)と
2(共産主義的解放事業としてのチベット解放)と
3(根深き中華思想的伝統・体質からの心理的規定性)を
個々バラバラに並列・平面的に(あえて三浦つとむ風にいえば「あれか、これか」と「形而上学的に」)把握するのではなく、<重層的・立体的>に(「あれも、これも」と<弁証法的>に)把握しなければならないということです。
々餡箸箸いΔ發里蓮△修譴マルクス主義を国是とする「社会主義」国であろうが自由主義を原理とする「資本主義」国であろうが、<先行する国家社会の歴史的領土領域と政治的・経済的・文化的な歴史的諸条件>を直接引き受け引き継ぐかたちで統治と行政的施策を展開する。
中国共産党支配の中華人民共和国の場合は、孫文の中華民国の正統な発展的継承者であるという自負とともに、清帝国後に成立した本格的な統一中華国家という自覚のもとに、清帝国の範図の回復(清帝国の歴史的領土領域を引き継ぐ)として吐蛮(チベット)を「回収」した(「清帝国からの歴史的背景」清帝国からの<歴史的継続・継承性>)。
◆,靴しその「回収」は単なる領土的野心の充足ではない。共産主義者の責務としての人民解放事業であり、活仏を拝む無知蒙昧状態と最悪の封建的隷属に喘ぐ<チベットの兄弟姉妹たち>(連帯すべきチベット人民)の悲惨なる窮状を座視できない、「反帝・反封建」の旗を高く掲げる共産主義者としての民族的障壁を超えた階級的連帯と同志的支援である。
だからこれは帝国主義的侵略なわけもなく、また人権抑圧という非難中傷は的はずれである。なぜなら、<チベットの兄弟姉妹たち>は封建的くびきから解き放たれて、ブルジョワ的人権などとは違う<真の人権>を得たのだ。すなわち革命的進歩的陣営の中に入り、人類史の未来を切り開き<人>間的諸力を全面的に解放する<権>利=<真の人権>を獲得したのだ。「中国共産党こそ、チベットにおける人権、とりわけ発展の権利を最も擁護する」(『人民日報』1997年7月17日)ものなのだ!(共産主義的解放事業としてのチベット解放)
そしてこの理屈には、歴史的な中華帝国の範図を回復したという中国共産党幹部たちの漢民族=中華民族としての民族的自負心矜持誇りが、大きく根底的に作動しているであろうし、また、チベット統治における漢人の傲慢で残忍で差別的な態度振る舞いには、<伝統的に根深い体質>というべき漢人の南蛮人に対する優越意識・蔑視が深く大きく(意識的かつ無意識的に)滲んでいるのであろう(中華思想的な伝統的体質・発想からの心理的規定性)。
わたしは1・2・3を重層的立体的に捉えるべきだと言ってるわけです。内田氏…というか週刊誌的な発想、「中華思想がわかれば中国が分かる」を批判し、1「中華思想」だけを「分かった」って「現代中国」はわかりませんよ、肝心なところを忘れてませんか?
ましてや、内田氏みたいに中華思想を「中華」思想たらしめている核心をぶっこぬいて「中華思想の本義」なるものを論じたってダメでしょ?(そんなもんニンニクからニンニク臭さを脱臭したニンニクみたいなもん。ニンニク臭嫌いの人に無臭ニンニクを提供する如く、中国嫌いの人に中華思想の臭みを抜いて「中華思想の本義」なるものを提供してるだけ)と批判してるわけです。これはわたしの文章を最後まで全部読んで頂ければご理解いただけることと思います。
2{秀さんの発言引用◆
{ それでは中華思想に変わる、チベットに対する執着が生じるようなもう一つの思想は何だろうか。それが共産主義イデオロギーではないかという佐佐木さんの主張は、今のところ僕にはまだ理解できていない。どのような論理を展開すればそのような帰結になるかがうまくつながらないのだ。むしろ、共産主義イデオロギーを一般的に捉えるならば、そのような具体的な帰結が生じるということに疑問を感じてしまう。}
「中華思想」か「共産主義イデオロギー」か、あれか?…これか?…という図式的な対立図式で考えるのは方法的に問題であり、このようなまとめかたをされても困ります。これだと、「中華思想」ではなく「共産主義というイデオロギー」から「論理必然的」にチベット侵略のような「帝国」的な振る舞いが導かれる…という、いかにも通俗的で単純な理解と誤解されかねないですから。
わたしは「共産主義イデオロギー」→チベット侵略などという話をしているのではなく、共産党が自らが為した「偉大なる人類史上の進歩的解放事業」を自己否定することはできないだろうという話をしています。
だからこそ、天安門事件の際の党長老の憤激「学生どものブルジョワ自由化民主化を認めたら、革命に命を捧げた地下の同志たちに申し訳が立たない」という言葉を引用し、チベット問題でも「ダライラマ一派の統治の復活を許しては、チベット解放に命を捧げた地下の同志に相済まぬ」という論理と感情がありえるだろうと述べたわけです(したがってチベット独立がありえるとしたら、共産党の存立の危機に関わる非常事態か共産党が共産党でなくなるときだろう)。
わたしのあの文章は、マルクスもレーニンもトロツキーもスターリンも毛沢東も特に区別することなく「マルクス主義的共産主義イデオロギー」一般というレヴェルで議論を組み立てています。
「マルクス主義」と一口にいっても、マルクスと後のマルクス主義は同じではありません。「マルクスとマルクス主義は、孔子の思想と朱子学・陽明学が違うように違い、同じ程度において同じ」であり、さらにレーニズム・トロツキズム・スターリニズム・マオイズムも同じではない。マルクスとレーニンたちの差異は、十九世紀のマルクスと二十世紀帝国主義時代のレーニンたちという時代的相違、さらにはその本領が経済学者として(実践的)理論家マルクスと、書斎の人ではなく行動の人すなわち革命家として(理論的)実践家であったレーニンたちの相違であります。
そういう差異と同一性を論理的に捨象して、「マルクス主義的共産主義イデオロギー」一般というレヴェルで議論を組み立てるのは、わたしの議論が、あくまでも、共産党が自らが為した「偉大なる人類史上の進歩的解放事業」を自己否定することはできないだろうという内容の話だからです。
「マルクス主義的共産主義イデオロギー」からいかに民族自決権圧殺が必然化されたか?…なんて議論を正面から論じるのならば、十九世紀人マルクス(実践的理論家)の思想を二十世紀帝国主義時代の革命家たち(理論的実践家)レーニン・トロツキー・スターリン・毛沢東たちがいかに受け止め変容させていったか(いかざるをえなかったか)丁寧に跡づけていかなければなりませんが、あの文章ではそういう議論を主題にしているわけではありません。
ですから、秀さんが「どのような論理を展開すればそのような帰結になるかがうまくつながらない」と感じたのはある意味当然でしょう。しかしわたしの文章を全体として読めば、ある程度輪郭は掴めたはずです。
それと「中国の間違いを指摘するなら、民主集中制というイデオロギーの批判をするよりも」と述べられていますが、「民主集中制」をここで持ち出すのは場違いです。「民主集中制」というのはあくまでもマルクス主義的な人間解放・人類史の未来を切り開くという崇高な理想(大目的)を実現するための党の組織原則、いわば目的達成のための<政治的手段>です。
わたしが「民主集中制」に言及したのは、ロシア共産党と他国の共産党との関係においても上意下達の支配―従属関係になっていくという歴史的事実の説明の中です。「民主集中制というイデオロギー」から「論理必然的」に「チベット侵略」が正当化されるというような話をしているわけではありません。
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マルクス主義者の民族問題の扱い方には、「他の民族を隷属させる民族は自らを隷属から解放することはできない」というマルクスのテーゼが基本視座として据えられています。
晩年スターリンの民族政策(グルジア問題)を理由の一つにスターリン排除に動こうとしたレーニンにしろ、「征服による革命」に批判的だったトロツキーにしろ、被抑圧諸民族の民族自決権の承認尊重擁護というのは彼らの思想の自明の前提です。ロシア革命直後の「ロシア諸民族の権利宣言」では諸民族のロシアからの分離独立の権利を無条件に認めている。
そう言う意味では、レーニンにしろトロツキーにしろ、彼らの「共産主義というイデオロギー」から「論理必然的」にチベット侵略のような「帝国」的な振る舞いが導かれるなんて議論は成り立ちません。
しかしそれにも関わらず、レーニン・トロツキー主導のロシア革命政権は、革命直後にポーランドに武力侵攻し(武力侵攻を触媒とする他国の革命誘導すなわち征服による革命)、あるいは中央アジアでムスリムの大虐殺(民族自決権主張の圧殺)をやり、「ロシア諸民族の権利宣言」は空文と化し、諸民族の対等平等なる「連邦」どころか帝政よりも遙かに酷い「諸民族の牢獄」体制になってしまう。なぜなのか?
この問題を考えるに当たっては、わたしが恩家宝の例を引いて、チベット問題の真の恐ろしさは中国共産党に「自分たちに悪を為している自覚がない。むしろ偉大なる善行を為しているのであって、なんで西側のブルジョワどもが批判するのか理解できないと本気で思っているところにこそある」とのべているところを、どうかご留意いただきたい。
彼らの考える「人権」も「民主主義」も、西側での「人権」「民主主義」とは異なる意味で使われ、異なる位置づけ方をされています。
真の<人権>とは、社会的存在としての諸個人が社会的な<人>間的諸力を全面的に開化発展させ得る<権>利であり、中国人民はその<人権>を保証されている。真の<民主主義>とは、人<民>が<主>人公ということであり、中国人<民>を最も正しく完全に代表している中国共産党の指導の下で中国人<民>が社会の<主>である以上、中国は<民主主義>国家である。
こういう独特の立場にあるからこそ、西側の「人権抑圧!」という非難には「内政干渉だ!」、民主化要求には「プロレタリア民主主義に反するブルジョワ自由民主など断じて認めん!」と反発する。
「民族自決」の問題も西側とは違う位置づけ方がされている。だからこそ「少数民族の民族自決権を尊重せよ!」の非難には「我が国では少数民族の民族自決権を完全に保証し認めている!」と反発する。中国も、民族の自主自立自決、民族固有の文化伝統価値の尊重擁護ということをいうわけですが、しかしその「民族自決」の位置づけ方が異なっていて、ここを押さえないと彼らのロジックが分からなくなる。
では、西側での「民族自決」とは異なる位置づけ方とはいかなるものか?
これは、19世紀人で帝国主義時代以前の理論家マルクスではなく、レーニン・トロツキー・スターリン・毛沢東という20世紀のマルクス主義的実践家の民族問題のとらえ方をみなければなりません。
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レーニンは、二十世紀の帝国主義時代を生き複雑な民族構成を持つロシアの革命家として民族問題を徹底的に考えたマルクス主義者でした。
共産主義者にとって被抑圧諸民族の民族自決権の断固たる擁護は、被抑圧民族の信頼をかちとり革命的陣営に引き入れる戦略戦術上の重大な意義を有する。しかし単にそれだけにとどまらない。帝国主義の時代における被抑圧諸民族の民族解放闘争は、世界革命に資するであろう<革命的な力>である。この<革命的な力>を積極的に認め支援する。
これがレーニンの基本的立場です。
ここで重要なのは、彼とって、なにも民族自決<それ自体>が目的というわけではないということです。あくまでも「共産主義革命という大きな歴史的必然性の流れの中で革命に資する」ものとして、民族自決の運動と闘争を位置づけるわけです。問題の核心はここにあります。
a)被抑圧諸民族の民族自決権は断固として擁護されなければならない。帝国主義支配下の被抑圧民族は、自らを社会的に解放するためにこそ、まず<民族>として解放されなければならない。「祖国を持たぬ」労働者階級はまず政治的支配権を握り自らが<国民>にならなければならないが、それと同じように、被抑圧民族は帝国主義支配下で抑圧され奪われ辱められた<民族>としての独立と尊厳を回復しなければならず、その<民族>の言語・文化の母胎の上で、更なる段階へと進むことが出来る。しかし、
b)その民族的な独立の要求と運動は、共産主義者の国際主義者としての連帯と団結(民族的な障壁を越えた階級的連帯)の原則を妨げるものではないし、またそうであってはならない。
レーニンは、こういう二重の側面から民族問題を考えていて、<階級的な社会的解放>という課題と<民族的な自主・自立・自決>の課題を巧くリンクさせようという問題意識(革命と民族解放闘争の有機的結合)がある。
しかしこの民族問題の位置づけ方は、その重点の置き方次第では、「民族自決権は今や過去の遺物である」(スターリン)という発想へと流れていきかねない。すなわち、b)の側面に極度の重みをかけることで、
“ 被抑圧民族を味方に付ける上で、民族自決権の尊重は戦術的に重要だが、民族自決<それ自体>に価値があるわけではなく、それはあくまでも目的(共産主義革命)実現のために手段にすぎない。共産主義者にとって第一義的なのは共産主義者の国際主義者としての連帯と団結(民族的な障壁を越えた階級的結合)であり、したがって必要とあらば、銃剣をつきつけて他国に革命を強制することもやむなしである(革命の名において民族の独立を蹂躙することも条件次第では正当化合理化しえる)。”
重点の置き方次第では、こういう発想(スターリンは「民族自決権は過去の遺物である」と述べている)に繋がっていく面を、そもそもの最初から内包しているわけです。
この「征服による革命」への指向性が、革命直後の熱気と世界革命への渇望と内外の危機的状況下で端的に現れたのがポーランドとの戦争です。赤軍のワルシャワへの進撃は、ポーランドの労働者階級が反ロシア的なピウスツキー政権を打倒する革命的蜂起の呼び水になり、ポーランドの労働者たちは赤軍を解放者として歓迎するだろう。これが国際主義者レーニンの希望的観測でしたが、この予想は裏切られ、ポーランド戦争は敗北に終わります。
この失敗後も、「征服による革命」への指向性はソ連共産党に脈々と受け継がれ、民族自決権の擁護という原則を掲げながら、しかし「銃剣をつきつけて他国に革命を強制する」あるいは「他国の友党同志たちからの要請を受け、他国の危機を救う国際主義者としての義務を履行し、階級的連帯と同志的支援の実を示す」というかたちでハンガリーにチェコスロバキアに「銃剣を突きつける」ことが正当化合理化されます。
ソ連を「覇権主義」と批判する中国共産党もまた、俺様こそが同志スターリンの正統な後継者であり国際共産主義運動を仕切れるのだ!と自負し、「銃口から政権は生まれる」と喝破するごりごりのハードスターリニスト・毛沢東によって、チベット解放(侵略)が断行されます。これもまた、必要とあらば銃剣をつきつけて他国に革命を強制するという「征服による革命」への指向性の典型的な発現といえるでしょう。中国共産党の公式見解、
「過去のチベットでは、ラマと貴族が農奴から搾取するという、世界で最も暗黒な封建的支配が展開されており、自らそれを改める意志も能力もなかったので、反帝・反封建の立場で覚醒した中国人民を最も正しく代表する中国共産党が貧困農奴を立ち上がらせて封建支配を打破し、祖国の統一と、自らが主人となる社会主義建設への道へと進ませた」(『人民日報』1997年7月17日)
というのは、要するにそういうことなのです。
3{秀さんの発言引用}
{ 労働者と農民が低収入の状態にあり、共産党の幹部を始めとする国家官僚が富の大部分を独占するという不公平な状態が、どこが社会主義なのか、どうしてプロレタリアート独裁などといって、労働者の国家だなどと言えるのか、という指摘が正当のように思えてくる。}
実はわたしのあの文章には「中国は社会主義か?」という長い補遺を付けてあったのですが、この問題を本格的には関連諸文献を読み直し本腰入れて勉強し直す必要があり、仕事が危機的状況下ではとてもそんな余裕などなく断念し、アップもストップしました。
「中国のどこが社会主義なのか」という宮台氏の言説ですが、氏は社会主義者でもマルクス主義者でもないでしょうが、この言説は、世の反体制的左翼(スターリン主義体制にも批判的な)的常識に乗っかっただけの通俗的非難にすぎないなと思います。社会主義の問題を真剣に徹底的に論理的に突き詰めて考えれば、貧富の格差不平等などに着目して「どこが社会主義?」などと簡単にはいえないんです。
「社会主義」国は(マルクス・エンゲルスの古典的な原理原則から厳密にいえば、社会主義段階に至る社会では国家など止揚されているはずで、だから社会主義「国」なんてほんとうならオカシイ話なのですが)、その国の統治党(共産党)が「我が国は社会主義だ!」と<主観的>に思えば、<客観的>にどんな酷い状態でも、貧富の格差と富の配分の不平等があろうと、粛清飢餓による大量殺戮があろうと、それにも関わらず「社会主義」国、失敗と困難に見舞われてるが一応痩せても枯れても「社会主義」となっちゃうところがある(これは、覇道をつっぱして中原を制した覇者が「俺こそが天命を受けた天子であり天子に相応しい徳を備えておる!」と<主観的>に思いそう宣言し周囲に押しつければ「天子様」になっちまうのと、論理的には共通しています)。
なぜなのか?…。これは深刻で重大な問題です。
人類史は、マルクスが思い描いたような<社会主義>を未だ実現していません。あるのは「生産手段の社会的所有」という抽象的な規定と簡単な素描だけです。つまり、<社会主義像>は、社会主義への道を模索する人たちの<主観>の中にしか、つまりは<脳髄>の中にしか「社会主義」は存在しない。そういう現実には存在しない抽象的な規定(社会主義像)を<基準>にし、それに依拠して現代中国の現状を「社会主義に非ず!」と批判非難糾弾しても、その批判は具体性と現実性を欠いた倫理的・道義的糾弾のレヴェルにしかなりません。
「あんなの社会主義じゃない!」と批判するのなら、社会主義というシステムはいかなるものか?…単に抽象的な諸原則を羅列するのではなく、明確で統一的な社会的ヴィジョン(<社会体制>としての基本的骨格とそれに至るための道筋の概要)を提示し、それを<基準>にして批判するべきです。しかしわたしは、そういう具体的な議論を寡聞にして知りません。
わたしのこの主張に対して、マルクスだってエンゲルスだって、頭の中であれこれと「具体的な社会主義像」を思い描くブループリント主義を否定したではないか!?と批判してきた人がいました。
なるほど、わたしもマルクスの方法的立場、すなわち空想的に頭の中で社会主義の「理想社会像」をあれこれと思い描くのではなく、現実に存在する資本主義社会の内部に、資本主義そのものを乗り越え止揚する次なる生産様式の萌芽をつかみ取ろうとする方法的発想は、理論的にまったく正しいと思います。
資本主義(自由主義市場経済)が根本的な欠陥を孕んでいるのは自明のことで、実際1929年の大恐慌で、古典的な自由主義市場原理はその欠陥故に死を宣告されている。だが、マルクス以降、世界史の現段階において「資本主義という人類史の無意識が生み出した知恵ある錯誤」(吉本隆明)に内在する次なる生産様式の萌芽を掴み取り、そこから社会主義の構想を具体的に提示できた人を寡聞にして知りません。
わたしにメールを寄越した人のように、<社会主義の社会体制としての骨格とそれに至るための道筋の概要>すら提示する意志はないと開き直る(そういう提示を求めるのはブループリント主義だ!という遁辞)のなら、その人は社会主義の理想に酔っているだけで、実際は社会主義を語ることを放棄しているも同然でしょう。
また、現代のマルクス主義者たちが全精力をつぎ込んでも、<社会主義の社会体制としての骨格とそれに至るための道筋の概要>すら提示できないのなら、人類は社会主義を提起できるだけの段階に達していないか、そもそも人類にとって社会主義は現実問題として不可能(資本主義を構造的に止揚して社会主義へと発展することは不可能、あるいは資本主義の中に社会主義を準備する芽が内在していない)ということです。
大切なのは、そこまで徹底的に突き詰めて考えることであり、そうすることでしか我々は「資本主義という人類史の無意識が生み出した知恵ある錯誤」に思想的に向き合うことができないでしょう。
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