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【補論1 「歴史教育」について】
【補論1 「歴史教育」について】
わたしが仮に南京事件を取り上げる場合、たとえば、吉田裕『戦後歴史学と戦争責任』が取り上げている「歴史教育」の問題などにスポットを合わせ、「加害責任・加害教育」の問題との絡みで論じるだろうと述べました。
目良は、「加害教育」における「深刻な問題」について率直に反省の弁を述べています。子供たちに「加害教育」をしたとき、「日本(人)はアジアに悪いことをした、日本と日本人であることがイヤになる」という「自虐的」な反応か、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という「居直り」の反応という対極的な反応があると。
これは、わたしの体験からいって、これは当然といえば当然だなあという気がします。
そもそも、歴史教師がその授業で、子供たちから「自虐」か「居直り」の両極反応しか導き出せないのは、これまでの「加害教育」が「現実的な歴史の選択肢」を示す示さないなんて話以前に、
「教育」の名を借りた一方的で独善的な「考えの押しつけ」
という欠陥があったからではないかと思います。子供が「考えの押しつけ」を受容すれば「自虐」、「押しつけ」に拒絶反応を示せば「居直り」になるわけです。
ここでちょっと、わたし自信の体験を述べてみます。
わたしの高校時代の日本史の先生は、「近現代史こそ大切だ」というそれ自体はごもっともなお考えから、明治時代から始まる講義と、オーソドックスに縄文弥生から始める講義を同時にスタートさせました。
先生の授業は近現代史に力瘤入りすぎで、戦前軍国日本がいかに中国朝鮮人民を苦しめたか、江戸時代も明治以降のお百姓もいかに苦しんだかを語り、その手のプリントを大量に渡し、授業中に「アリラン」歌ったりとか、もう笑っちゃうくらいに凄かった。
他方、縄文弥生コースは授業が遅れに遅れ、日本史受験組は「なんでおれたちがアカの思想垂れ流しにつきあわなきゃなんねえんだYO!」とぶち切れ状態。だぶり組で不良のMさんが先生を脅し上げ、先生駆け足で食堂から逃げ出したりとか、大笑いでした。
今考えると、先生のやってることは「加害教育」という名の「考えの押しつけ」そのもので、それに完全に失敗していたと思います。
わたしの高校時代というのは、マルクス主義・共産主義の評判が暴落していた時代です。ノンポリで無教養なわれわれ田舎高校生からみても、「共産党・社会党・日教組の考えを、先生の立場を利用して授業の場で延々と押しつけやがって!」としか思えなかったわけで、そんな授業で「自虐」に走る素直な連中などおらず、「押しつけ」に激しい拒絶反応をしめす「居直り」組ばかりだったというわけです。
なお、先生の名誉のために一言付け加えておくと、先生の御専門は江戸時代の東北諸藩大飢饉・農民一揆研究だったとかで、その実証事実的な話自体は、もの凄く面白いものでした。
わたしは子供の頃から漠然と共産主義やアナーキズムに憧れ、白土三平ファンだったこともあり、『忍者武芸帳』の唯物史観もどき人民史観もどきの理屈をレポートに書き、先生に喜ばれたりしました。逆に、信長オタクの女の子は「好きな歴史上の人物」というレポートで、「信長様」がいかに偉大で魅力的か信長LOVEを綿々と発表したら、先生おもいきり不愉快になっておられた。
先生はその後、どっからどう見ても向いてない教師稼業から足を洗い、博物館の学芸員になったと漏れ聞き、そのお人柄は決して嫌いではなかったから、地方史研究者としての先生の前途に幸あれと祈ったことでした。
以上、わたしの体験した独善的「加害教育」について述べてみました。ここで目良の「加害教育」における「深刻な問題」の話を戻します。
目良は、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という「居直り」タイプの生徒を「論理的に説得することの困難さ」を認めていますが、しかし、なぜ「論理的」に「困難」なのか?‥明確に捉え切れていないのではないかと思います。
そもそも、目良の議論は論理的にオカシイのです。
目良は、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という「国民(生徒)」の反発の話を、「じゃあいったいどうすればよかったんだ」という反問の話にスライドさせています。
そしてスライドさせた上で、「歴史における別の選択肢の可能性を明らかにすることが緊急の課題になっている」と話を繋げていきます。これは論理的におかしな話です。
「国民(子供)」は、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という反発と、「じゃあいったいどうすればよかったんだ」という反問は、関係はあるが別のレヴェル次元の話です。
「今になって」日本を、「一方的に」日本だけを「責めるのはおかしい」というのは、そんな「責め」方は「アンフェアだ」という憤りです。そう憤っている相手に対して、「別の選択肢の可能性」を示したところで、「論理的に説得」できるわけがありません。目良の議論には、「国民(生徒)」の側から、あらためて次のような反問を突きつけられる余地が残るからです。
“なるほど、当時の情勢国内事情でも、「別の選択肢の可能性」もあったわけか。当時の日本の指導者と国民は愚かにも「別の選択肢の可能性」を自ら放棄したんだね。ふ〜〜んそうかあ、なるほどね。
だけど、「別の選択肢の可能性」なんて言われてもなあ。そんなこと言ったって、いったいなんで「今になって」なの?‥なんで「日本だけ」なの?‥それはアンフェアじゃあないの?‥って問いの答えになってないよ。もう一度聞くよ。なんで「今になって」なの?‥なんで「日本だけ」なの?”
繰り返しになりますが、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」というのは、そんな責め方は「アンフェアだ」という憤りです。
だから、目良や吉田たちが「国民(生徒)」を「論理的」に「説得」するためには、別に歴史学の専門家でも国際法に通じているわけでもないごくごく普通の「国民(生徒)」に対して、
その現実的な感覚・感性・常識からしても十分に「フェア」であると納得できる「戦争責任論」
を、「国民(生徒)」にの耳にきちんと届く言葉で、提示しなければならないはずです。
わたしはここで吉田裕らの「戦争加害責任論」について深く突っ込んだ議論をするつもりはありませんが、吉田の『現代歴史学と戦争責任』などを読んだ限りでは、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という反応に対して、十分に説得的なロジックを展開できているとは思えませんでした。
また、目良のように、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という「国民(生徒)」の「居直り」を、「居直り」などという言葉で切って捨てていいものかと思います。むしろ「居直り」と切って捨てる「戦争加害責任論」というものに、なんともいえない独善性を感じます。
わたしは、その「戦争責任論」における独善性というか硬直性そのものが、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という「国民(生徒)」の「居直り」を生む元凶の一つではなかったか?‥という思いを、禁じ得ないのです。
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