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 【 随想 フォーカスの問題 ― 南京事件論争 ― 読者の方々の反応に寄せて─ 



【随想 フォーカスの問題 ― 「南京事件論争」 読者の方々の反応に寄せて─宗




 わたしのHPでは、一日の訪問者数がどれくらいあるかカウントされません。ただ「リクエスト数」というのがあり、一日にどれだけの分量のファイルが訪問者に参照されたかは一応わかります。
 最近【随想 現実と論理 ― 南京事件問題に寄せて ―】をアップしたところ、これまでのほぼ五倍の「リクエスト数」があり、こういう「現代史学上の問題にして政治的問題」というのは読者の「食いつきがいい」んだなあと思いました。
 ただ、この文章に対する読者の方々のご感想というのは、もともとこのHP開設の機縁となった方、それから古いつきあいの年長の友人からメールを頂戴しただけで、わたしの文章が他の読者の方々にどう受け止められているのか、ほんとうのところはわかりません。わずかに、「改訂版」をアップした際、改訂にあたって参考にしご挨拶した朴斎雑志さん


http://puzhai.cocolog-nifty.com/zazhi/2006/10/index.html


 と、朴斎雑志さんのHPを知るきっかけとなったApemanさん


 http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20070401/p1


が、コメント欄でご感想を述べておられるのを眼にしただけです。
 Apemanさんのご感想はわたしに対する反論ですので、現在仕事の方がたいへんなことになっていて(かなりヤバイ。仕事しくじったら無職に…)HPの更新など本当は出来る状態ではないのですが、とりあえず思いつくまま大急ぎで書いたApemanさんへのお答えをアップすることにしました。



 まず最初に、議論の前提としていわゆる「大虐殺派」と「否定派」(「中間派」「過小評価派」+「まぼろし派」)という<党派的>な二大区分とその定義について明らかにしておくことにします。


 わたしがこれまでに通読した南京事件研究者の本は僅か六冊。藤原彰『南京の日本軍』、笠原十九司『南京事件と日本人』、吉田裕『天皇の軍隊と南京事件』、秦郁彦『南京事件』、東中野修道『南京事件―国民党極秘文書から読み解く』、藤原彰編『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』だけです(洞富雄『南京大虐殺の証明』と偕行社編『南京戦史』は部分読み。基本文献の笠原『南京事件』は未読。いきつけの図書館にたまたまなかったからです。また北村稔『「南京事件」の探究―その実像をもとめて』はやや遠い図書館にあるがず〜っと貸し出し中で読めないでいます)。
 わたしの南京事件に関する勉強はこの程度のもので、まあ完全ビギナーです。実証事実的なレベルの議論に踏み込んで語ることなどとてもできません。しかしながら通読と部分読みを併せれば、いわゆる「大虐殺派」から「中間派」「まぼろし派」まで一応カバーしていることになります。
 わたしはHPの文章で、一般に流布する「大虐殺派」「中間派」「まぼろし派」の三分類ではなく、大きく二つの潮流すなわち「<大>虐殺肯定派」と「<大>虐殺否定派」に分類した上で議論しています。
 これは、「虐殺=あった派」「虐殺=なかった派」というApemanさんの区分の仕方とは異なります。Apemanさんの区分は、南京事件を<現代史学的>レベルで実証的に考究するための合理的な区分の仕方です。しかしわたしのHPの文章では、あえてこういう区分の仕方をしていません。なぜか?
 わたしはHPの文章の中で、中国側の「軍民あわせて三十万以上の大屠殺」説の「否定」ということなら、いわゆる「大虐殺派」も「中間派」も「まぼろし派」も等しく「否定派」になってしまうと述べました。その上で、ではなぜ、南京事件は「三十万大虐殺」問題として争点になっているのか?‥というと、「<大>虐殺」肯定派と「<大>虐殺」否定派それぞれに別れて、

「組織的計画的な軍民併せて三十万以上の大屠殺」という中国側の公式見解に込められた<政治性>と数字が孕む<象徴性>を、どう受け止めどう対応するべきか?‥

 というところで<対立>しているからであると述べています。
 Apemanさんの区別とは異なり、わたしは、<現代史学的>な問題であり且つ<政治的>な問題である南京事件に対して、「三十万大屠殺」という中国側の公式見解に込められた<政治性>と数字が孕む<象徴性>をどう受け止めどう対応しているか?‥を<基準>にして、

 <左派>としての「<大>虐殺派」(あるいは「<大>虐殺派」として現れた<左派>)と、<右派>としての「<大>虐殺否定派」(あるいは「<大>虐殺否定派」として現れた<右派>)という<党派的>な二大潮流

 に区分しています。この<党派的>な二大潮流の区分は、

 <現代史学的>な問題にして且つ高度に<政治的>な問題である南京事件の<全体的・体系的>な検討・評価

 には必要かつ有効なものです。
 これに対してApemanさんの「虐殺=あった派」「虐殺=なかった派」という区分は、南京事件の<現代史学的>な実証事実的考究において合理的な区分ではありますが、しかしこれだけでは、高度に<政治的>な問題である南京事件の<全体的・体系的>な検討・評価を為すことはできない。
「虐殺=あったか?…なかったか?」という問題設定では、「虐殺=あった派」には「約数万人規模」説の秦郁彦、「約一万人規模」説の板倉由明、「数千人規模」説の偕行社(畝本正己)まで、「大虐殺」か「小虐殺」かの違いはあるが、いずれも「虐殺=あった派」になるでしょう(注1)。
 さらには、「虐殺=あったか?…なかったか?」という問題設定の上で、ではどこまでが<大>虐殺か?…なんて<大小>の数量的定義の話になってしまうと、畝本説の「数千人」だって立派な(?)<大>虐殺 、いやいや数百人でも百人以下でもそうではないか!(「カチンの森」も「通州事件」も「天安門虐殺」も<大>虐殺)…という話にもなりかねない。しかしそうなると、

 南京事件という<現代史学的>問題が、なぜこれほど<政治的>に問題になるのか?…という右派vs左派の<党派的対立>における南京問題の<対立軸>

 が明瞭に見えてこなくなる。
 これは後ほど述べますが、中国側の「組織的計画的な軍民併せて三十万人以上<大>屠殺」にしても、日本の<左派>の「南京<大>虐殺」にしても、南京事件が「<大>虐殺」であるのは、その虐殺規模の<量>的巨大さを指しているのはもちろんですが、20世紀において「日本軍国主義」が犯した<人類史上の汚点>の一つであるという<質>的なレヴェルで<大>事件、俗な言葉でいえば、「世紀の<大>ごと」という意味で、「南京大虐殺」は南京<大>虐殺ということにもなる。すなわち、

 ホロコーストがナチスドイツのファシズムとしての犯罪的本質から必然化された世紀の<大>犯罪である如く、南京事件もまた、日本軍国主義における「天皇の軍隊」が内在的に孕む根深い病理から必然化された世紀の<大>蛮行である…

 と捉えられます。「軍民併せ三十万以上<大>屠殺」を公式見解とする中国も、日本の「<大>虐殺」肯定派も、

 この<量>的巨大さと<質>的邪悪さを統一的に捉え歴史的「<大>虐殺」と位置づけている

 ところは同じなわけです。
 これにたいして「<大>虐殺」否定派は、<量>的規模においても<質>的邪悪さにおいても、中国や<左派>が言うような<大>虐殺とはいえない…という立場です。
「虐殺=あったか?…なかったか?」という問題設定の上で<大>か否かを論じていては、この<大>か否かを巡る<歴史解釈と政治的立場上の対立>がクリアに浮かび上がってこない。それでわたしは、「三十万以上大屠殺」という中国側の公式見解に込められた<政治性>と数字が孕む<象徴性>を、どう受け止めどう対応するのか?‥という<基準>で、研究者を大きく二つの潮流に、すなわちいわゆる「<大>虐殺派」(左派)と「<大>虐殺否定派」(右派)という<党派的>な区分をしているわけです。
 では、この区分は具体的にはどういうものであるか?…より詳しく見ていきます。



 (注1) 「虐殺=あった派」としての「<大>虐殺派」と「<小>虐殺派」(中間派・過小評価派も含む)は、<虐殺>の定義を当時の戦時国際法(とそこに籠められた戦時において尊重さるべき人道精神)においているところは同じです。
「<大>虐殺派」と「<小>虐殺派」の相違は、戦時国際法を基準とする<虐殺>の評価において、

「違法性阻却事由」という法学的な観点、それが無理なら「情状酌量の余地」という視点を導入するか否か?…

 の違いとして理解すると話が分かりやすくなるように思います。
「大虐殺派」としての<左派>は、日本軍による敗残兵殲滅・投降兵処断・便衣兵摘出とその過程で巻き込まれた一般市民殺害の不法性を、国際法と人道の観点から厳密に捉え糾弾します。苛烈な戦時の状況を考慮すべきだとか、中国側も国際法違反を犯しているとか…というような日本軍の「免罪」ないしは「情状酌量の余地」に繋がる議論は認めず、邪悪な侵略者=日本の悪行としての南京事件を追及します。
 これに対して「大虐殺否定派」としての<右派>の場合、たとえば偕行社『南京戦史』「あとがき」には、


「そもそも捕虜の処断は『ヘーグ陸戦法規』により不法であるが、苛烈な戦場に於ては状況上止むを得ぬ場合があることを国際法学者も認めている」(『南京戦史』432P)


 という言葉があります。日本軍による敗残兵殲滅・投降兵処断・便衣兵摘出とその過程で巻き込まれた一般市民殺害の不法性を「阻却」しえるような軍事的事情ありやなしや?…、あるいは、不法性を認めながらも当時の状況事情を勘案して情状酌量ありやなしや?…という観点を打ち出す立場だろうと思います。

   この<大>と<小>あわせた「虐殺=あった派」に対して「虐殺=なかった派」の場合には、<虐殺>の定義を狭く取る。たとえば渡部昇一は次のように述べています。


「虐殺が問題なのは、市民を市民として虐殺する意図をもってなされた虐殺の場合である。通州事件やナチスのホロコースト、それにアメリカ軍の無差別絨毯爆撃や原爆は、市民を市民として虐殺する意図をもってなされた市民虐殺だから、本物の『大虐殺』なのである」(『ドイツ参謀本部』付録 承伝社版 239〜240P)


 日本軍による敗残兵殲滅・投降兵処刑・便衣兵摘出とその過程で巻き込まれた一般市民殺害などは、すべて残敵掃討の通常戦闘行動の延長線上にあるものであり、「市民を市民として虐殺する意図をもってなされた市民虐殺」すなわち「本物の大虐殺ではない」とする立場です。
 投降兵の大量処刑は投降兵が「正規の捕虜の資格を欠いている」がゆえに捕虜<虐殺>ではない(この議論を“法学の論理”で展開するのが小室直樹であり、東中野も同じでしょう)…、便衣兵摘出過程で生じた一般市民殺害も、その責任は投降の意志を示さず便衣の姿で市中に逃げた中国兵の側にある…という議論です。






<大>虐殺派」として現れた<左派>と「<大>虐殺否定派」として現れた<右派>という<党派的>な区分は、HPの文章でも述べましたが、<フォーカス>の相違の問題として考えると分かりやすいと思います。(この右派と左派の<フォーカス>と<心性>の違いは、たとえば海外での事件事故が起きるたびに繰り返されるニュースアナウンス、「日本人に被害はありません」というアナウンスに対する受け止め方の相違(ある種の左派の中にはこのアナウンスに違和感嫌悪感を抱く人がいる)を例にすると、さらに分かりやすいかと思います。この点は、【随想 <公>とは何か? ― コスモポリタニズムと<インター>ナショナリズム ― 】で独立に述べることにします)

  <大>虐殺派」として現れた<左派>の歴史家たちというのは、人類の進歩と未来社会への展望という「高度な人類史的立場」から、日中戦争・南京事件に<フォーカス>を合わせています。
 南京事件のような現代史的且つ政治的に複雑な問題も、「人類史的視点」から大きく歴史的に位置づけることで、日本・中国双方の立場の違いを超えて「歴史認識の共有」が可能であろうという立場です。これは<左派>あるいは<革新系>と言い換えてもいい研究者、具体的には洞富雄・藤原彰・笠原十九司・吉田裕ら「歴研」系研究者の基本的な立場です。
 なぜ彼らは日・中双方の歴史認識の「共有」が可能であると考えるのか?…。 「組織的計画的な軍民併せて三十万以上の大屠殺」という中国側の公式見解と、日本側研究者の考える「南京大虐殺」では、たしかに虐殺規模犠牲者数の隔たりはある。しかし、こと南京事件の歴史的位置づけと意義付けという点においては、中国側と<左派>としての「<大>虐殺派」は一つの<共通基盤>の上に立っているからです。すなわち、中国にとっての日中戦争は、

 ナチスドイツ・イタリアファシズム・日本軍国主義という20世紀の邪悪なファシズム勢力に対する極東における進歩的民主主義的陣営の戦いであり、軍国主義打倒と民族独立達成という中国人民の偉大な勝利の歴史

 です。これは日本の<左派>も共有可能な歴史認識であり、中国が「日本軍国主義」と戦い勝利したという“栄光の歴史”を誇るならば、日本の<左派>もまた「天皇制国家」に抗し弾圧と敗北を被ったという“栄光と悲惨の歴史”がある。そういう意味では、日本の<左派>と中国というのは、ともに「日本軍国主義」に抗したある種の「戦友」的な関係という捉え方もできないわけではない。そんな<左派>にとって「南京大虐殺」は、

 ホロコーストがナチスドイツのファシズムとしての犯罪的本質から必然化された世紀の<大>犯罪である如く、南京事件もまた、日本軍国主義における「天皇の軍隊」が内在的に孕む根深い病理から必然化された世紀の<大>蛮行である…

 と捉えられます。この「天皇の軍隊」に内在する病理と異常性の問題は、<保守派>の山本七平『一下級士官のみた帝国陸軍』『わたしの中の日本軍』などの実体験記などでも取り上げられていますが、<左派>の場合は、ナチスドイツ・イタリアファシズム・日本軍国主義の20世紀ファシズム勢力という括り方の中で、ファシズム勢力である日本軍国主義・天皇制国家が露呈した病理的異常性の問題として南京事件を捉え返すところが、大きな特徴であると思います。
 彼らにとって「南京<大>屠殺」あるいは「南京<大>虐殺」が<大>であるのは、その虐殺規模の<量>的巨大さを言い表しているのはもちろんですが、20世紀ファシズム勢力としての日本軍国主義・天皇制国家が犯した人類史上の汚点の一つであるという<質>的なレヴェルで「大」事件なのであり、俗な言葉でいえば、「世紀の<大>ごと」という意味で、「南京大虐殺」は南京<大>虐殺ということにもなるでしょう。

◆,海譴砲燭い靴董崑腟垰θ歡蠻鼻廚箸靴童修譴拭祓η鼻笋箸いΔ里蓮⊃洋爐凌癖發箸茲蠅茲未来社会への展望というが如き「高度な人類史的立場」から南京事件に<フォーカス>を絞っているわけではありません。
 自分たちが生きる今のこの<現実の日本と日本人>は、「厄介な隣国」としての<現実の中国>と具体的にどうつきあい、どう近隣関係を創っていくべきか?…という<日本および日本人>本位の視点(注)から、南京事件という過去の歴史に<フォーカス>を合わせていきます。この<日本および日本人>本位の視点から<フォーカス>を絞る立場では、

<日本および日本人>と<中国および中国人>とは、<歴史を捉える視座>も<政治的立場>も根本的に異なっている

 というのが当然の前提にあります。したがって<日本及び日本人>が南京事件の歴史的位置づけと意義付けにおいて、中国とりわけ中共支配下の大陸政権との歴史認識の「共有」など、現実的には困難ないしは不可能と見ることになります。この立場を取るのは<右派>または<保守系>と言い換え得る研究者たちで、いわゆる「中間派」ないしは「過小評価派」「小虐殺派」「まぼろし派」までを含んでいます。
 日・中双方の歴史認識の「共有」が困難ないしは不可能というとき、「組織的計画的な軍民併せて三十万以上の大屠殺」という中国側の公式見解に籠められた<政治性>を、共有する必要などない、あるいは共有など不可能ということでもあります。ここが「<大>虐殺派」として現れた<左派>と、「<大>虐殺否定派」として現れた<右派>との決定的な<党派的>相違です。
 南京事件の歴史的位置づけにおいて「否定派」として現れた<右派>は、<左派>のように中国側と<共通基盤>を有している(日中人民共同の敵である「日本軍国主義」「天皇制国家」と戦った「戦友」ないし「同志」)わけではない。
 <左派>とは逆に、日中戦争を戦い南京事件を起こした日本軍は、自分たち<日本と日本人>にとっては<日本人の敵>というより、自分たちの先行世代・先輩であると捉えている。
 南京事件に関して言えば、日中戦争を戦い南京事件を起こした日本軍は、

a)自分たち<日本と日本人>の先行世代・先輩であり、虐殺事件という重大な過誤を犯したのであるから、そこから<日本と日本人>歴史の教訓を学ばなければならない(「中間派」また「過小評価派」)。あるいは、

b)自分たち<日本と日本人>の先行世代・先達であり、虐殺事件などという重大な戦争犯罪など犯してはいないが、しかし戦勝国側のプロパガンダに完敗するという失態を犯したのであるから、そこから<日本と日本人>は歴史の教訓を学ばなければならない(「まぼろし派」)

 ということになるでしょう。いずれにしろ、「<大>否定派」として現れた<右派>は、日中戦争を戦い南京事件を起こした日本軍を、自分たち<日本と日本人>にとっての<敵>と捉えているわけではない。
そして南京事件も、ナチスドイツと双璧をなす「日本軍国主義ファシズム」という日中双方の<敵>が犯した<世界史的>大犯罪なんてものではなく、自分たちの先行世代・先輩・先達が犯した過失過誤失態というレヴェルで捉えられる(注)。
<大>虐殺否定派」として現れた<右派>が「<大>虐殺否定派」であるゆえんはそこにあります。「否定派」の「否定」というのは、南京事件を、自分たち<日本と日本人>の<敵>の犯した歴史的「大」犯罪とは捉えない(否定する)という意味で、「「大」虐殺否定派」と<党派的>に一括りに出来るわけです。

 以下簡単に纏め直してみましょう。
 「高度な人類史的立場」から南京事件に<フォーカス>を合わせ、日中戦争・南京事件に関して中国側と歴史認識を共有できると考える立場。
 なぜ「共有」できるかと言えば、日中戦争と南京事件を起こした日本軍国主義・戦前天皇制国家は日中共同の<敵>であり、南京事件は、ナチスドイツ・イタリアファシズムと並ぶ20世紀ファシズム勢力である日本軍国主義が、その犯罪的本質を露呈した一大蛮行であり<世界史的大ごと>である…と捉えているからである。

◆屐秣隋箋垰θ歡蠻鼻廚箸靴童修譴拭祓η鼻笋蓮◆峭眦戮平洋犹謀立場」などではなく、今ここにある<現実の日本および日本人>本位の立場から南京事件に<フォーカス>を合わせ、南京事件に関して中国側との歴史認識共有は困難ないしは不可能と考える立場。
 なぜ「共有」できないかと言えば、<日本および日本人>と<中国および中国人>ではその<歴史的視座>と<政治的立場>が根本的に違うからである。日中戦争と南京事件を起こした日本軍国主義は、中国にとっては<中国人民の敵>だろうが、われわれ<日本と日本人>にとっては、あくまでも<先行世代・先輩・先達>なのであって、<日本人の敵>などではない。南京事件は、われわれの<先達・先輩・先達>が犯した重大な過失過誤失態ではあるが、ナチスのホロコーストの如き<世界史的大ごと>などではない…と捉えている。


(注1)
 日本の<保守派>が戦前の軍部指導者たちの愚かさくだらなさを思い切り悪し様に論難することはよくあります。
 しかしその軍部指導者に対する<保守派>の基本的態度は、自分たちの<敵>に向かっての論難ではなく、自分たちの悪しき愚かな<先行世代・先輩>への悪罵です。これはちょうど、現在の中国共産党が毛沢東に対する“批判”的態度と意識に多少共通するところがあるかもしれません。
 毛沢東が飢餓がらみで殺した中国人同胞の数はまさにけた外れ、研究者によっては億に近いと推定しています(大躍進に文革、建国以前の粛清虐殺数を足した犠牲者数は日中戦争の犠牲者数より遙かに多いことだけは間違いないでしょう)。まさに冷酷無慈悲極悪非道史上空前のブッチャー虐殺野郎で、あんなの<中国人民の敵>であるのはもちろん<人類の敵>以外のなにものでもないと傍から見てて思いますけど、しかしそれはやはり「傍観者の感覚」に過ぎないのかもしれません。中国共産党にとっては<中国人民の敵>などではなく、やはりともに苦難の時代をともにした「偉大」にして過ち多き<先達>なんでしょう。
 中国共産党は、たとえば王兆銘に対しては「漢奸」売国奴、明瞭に<中国人民の敵>として遇しますが、しかし毛沢東にどんなにひどい仕打ちを受けた党幹部でも、毛沢東への批判や恨み言は<敵>に対するそれではない。







 以上が「<大>虐殺派」として現れた<左派>)と「<大>虐殺否定派」として現れた<右派>という<党派的>な区分です。  この「大虐殺派」「否定派」の定義を前提にして、Apemanさんの御議論を具体的に検討していくことにしましょう。


 Apemanさんの文章を引用します。


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[Apemanさんの文章]


改訂版拝見しました。まだここをご覧になっているかどうかわかりませんが…。1点のみ反論をば。

>>  というわけです。これは、c)のレヴェルに定位し南京事件を外交政略的レヴェルの問題として考える現実的立場ですが、このスタンスは確かに「大虐殺派」の痛いところを突いています。

>>「大虐殺派」というのは、b)のレヴェルに定位し南京事件を戦争責任論の問題として考える理念的立場であり、「人類史的立場」から歴史と現実を眺望する発想であるがゆえに、たとえば、中国のしたたかな外交攻勢とその国益追求剥き出しのリアルな<現実>に、きちんと<フォーカス>を絞ることができていません。

そうでしょうか? 例えばチベット問題を持ち出されて「痛いところ」を疲れることになるのは、「虐殺=あった」派があくまで日中間の問題として南京事件を考える場合、でしょう。イスラエルを批判するものがホロコーストを否定する必要はないし、ホロコーストを追求するものがイスラエルに関して沈黙せねばならない理由がないのと同じことです。

現代中国における(による)人権侵害については、左派がどうこうという以前に、日本政府が有効に行動できていないというのが実情ですよね? 右派メディアにはおどろおどろしい記事こそ載っていますが、じゃあ具体的にどういうプログラムで状況の改善を図るのか…となると現実的なはなしはなされていないように思いますが。』






――――――――――――――――――――――――――――――――


 まず<方法的>レヴェルからいうと、わたしの文章の中から「チベット問題」をぽつんと摘みだし「反論」を組みてる<フォーカスの絞り方>がそもそも問題だと思います。
もしわたしが「虐殺=あった派」に向けて「チベット人の虐殺」問題を持ち出し、

“「虐殺=あった派」は中国に向かって「チベット人虐殺」を批判できない!”

 なんて議論をしているなら、Apemanさんの御批判は成り立つでしょう。しかしわたしの文章にはそんな議論どこにもありません。わたしが「チベット人の虐殺」を持ち出したのは、“「虐殺=あった派」は中国に向かって「チベット人虐殺」を批判できない!”という、ある種の「保守派の紋切り型」を言っているのではないのです。
 わたしの文章の叙述にご留意いただきたい。わたしの叙述は、まず自分自身の立場を表明することからスタートするのではなく、いわゆる「<大>虐殺肯定派」として現れた「左派」のスタンスと、いわゆる「<大>虐殺否定派」として現れた「右派」の「スタンス」をそれぞれ紹介し、その上で<保守派>の「スタンス」からする批判が「<大>虐殺派」としての<左派>の「痛いところ」を突いていると論評する、二段構えになっている。
 Apemanさんは、わたしの文章の中からいきなり「チベット問題」を摘みだし議論することで、わたしの論理構成・叙述の展開と論旨を捉え損ねてしまっています。これは、Apemanさんの議論の組み立て方を見れば明瞭です。
 Apemanさんは、わたしの文章の趣旨とは正反対の<一つの仮定>、すなわち


 もしも「虐殺=あった」派が「日中間の問題として南京事件を考える」立場であるならば

 という風に、まずご自分なりの<仮定>を設定し、その<仮定>をご自身で突き崩すかたちで論を進めています。

a)もし「虐殺=あった」派が「日中間の問題として南京事件を考える」立場であるならば、「虐殺=なかった」派から「チベット問題」を持ち出されると、「痛いところ」を突かれたことになるだろう。しかし、

b)「虐殺=あった」派はそういう立場ではない。したがって、

c)「虐殺=あった」派は「チベット問題」を持ち出されたって、「痛いところ」を突かれたことにはならない。

(これは「ホロコースト=あった派」に対して、「ホロコースト=なかった派」の歴史修正主義者が「現在のイスラエルのパレスチナ侵略」を持ち出したって「痛いところ」を突いたことにはならないのと、論理的に同一である)。

 こういうご反論です。これではわたしへの反論として<論理的>に成立しようがありません。わたしの議論はそもそも、

「<大>虐殺派」として現れた<左派>は「日中間の問題として南京事件を考える」立場では<ない>

 というApemanさんと同じ前提から出発しています。すなわち、

「<大>虐殺派」として現れた<左派>は、「新しい世紀に向けて人類の共通認識を形成する道」を歩まん!という「高度」にして「グローバル」な「人類的立場」から、「南京事件を考える」立場であり、したがって、単に「日中間の問題として南京事件を考える」のでは<ない>

 と捉えています。その上で、「より高い人類史的次元」に立つよう中国側に求める笠原ら「<大>虐殺派」として現れた「左派」は、<保守派>の批判すなわち、

a) そもそも、いま目の前にある<現実の中国>が、そういう「高い人類史的次元」に立てるような国か?‥

b) 中国のしたたかな外交攻勢とえげつない国益追求剥き出しのリアルな<現実>が、お前さんたちに見えているか?…

 という<保守派>の反問が成り立つようなレヴェルの議論しかしていないではないか…

 という立論です。だから、Apemanさんがわたしを批判するというのなら、「チベット人虐殺」をぽつんと摘みだし「反論」を組み立てるなんて<フォーカスの絞り方>ではなく、

「<大>虐殺派」は、「新しい世紀に向けて人類の共通認識を形成する道」を歩まん!という「高度」にして「グローバル」な「人類史的視点」から南京事件を考え、日中の壁を超える「人類史的立場」で中国側とも「歴史認識」を共有できるという立場であり、そしてそうであるがゆえに、中国のしたたかな外交攻勢とそのエゲツナイ国益追求剥き出しのリアルな<現実>に、<フォーカス>を絞ることができていないのではないか

 というわたしの立論<全体>に対して具体的に反論を組み立てない限り、反論として論理的に成立しません。







 
<保守派>は、中国の「苛烈な人権抑圧、チベット人虐殺、凄まじい軍拡ぶり」をことさら取り上げ強調します。そう強調することで、「いま目の前にある<現実の中国>」が、笠原の言葉を借りれば「高い人類史的次元」に立てるような国でない、日本と歴史認識を「共有」できるような国ではない、ということを具体的に示すためです。
 <保守派>の基本スタンスは、<いま目の前にある現実の中国>が「高い人類史的次元」に立てるような国でないばかりか、日本への怨念と憎悪を滲ませながら、政治外交レヴェルで歴史カードとして「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」をガンガン使い、官民一体でプロパガンダ攻勢を仕掛けてくる<悪意>まんまんの相手であり、それにたいして<現実具体的>にどう対応するのか、それが問題だ‥というものです(注2)。
 そしてその上で、「より高い人類史的次元」に立つ<左派>にたいしては、

 中国のしたたかな外交攻勢とエゲツナイ国益追求剥き出しのリアルな<現実>が、お前さんたちに見えているのかね?…

 という冷ややかな視線を送ります。この<保守派>のスタンスと主張に対して日本の<左派>というのは、いかにも紋切り型の古い左翼レベルの議論でしか反応できていないと思います。
 <左派>の「紋切り型」というのはどういうものかというと、「中国の軍拡」や「中国の外交攻勢」や「北朝鮮の脅威」への危機感を表明する<保守>論客に対して、

“中国や北朝鮮の脅威をことさら煽り、煽ることで、日本は軍備を増強し軍国主義の道を歩んでいる”(中国や北朝鮮の「脅威」は、右翼軍国主義者の反共意識剥きだしの誇大宣伝ないしは被害妄想)

 とか、

“中国の軍拡はアメリカ帝国主義と日米同盟への対抗であり、80年代以降の日本の右傾化が原因(要するに日本とアメリカが悪い)”

 と切り返すような姿勢です。南京事件に関して言えば、

“日本の右翼反動勢力が南京事件を否定するから、中国が南京事件をカードに使い反転攻勢をかけてくるのだ(要するに日本の右翼反動主義者が悪い)”

 という具合に、中国側の立場に寄り添い擁護するトーンを滲ませる。あるいは、日本と中国双方を「高見」から(それこそ「人類史的視点」から)見下ろすような視線で、ポーズだけは「中国もいかがなものか?…」と“批判的”な姿勢を示しつつ、しかし、<保守派>が問題にする中国の満々たる悪意と敵意とエゲツナサを<それ自体として客観的に正面に据えて批判する>のではなく、結局は“日本が悪いアメリカが悪い”というお定まりの議論に収斂させていく(注2)。<左派>の人はよく、

“右翼反動主義者は、「中国が侵略戦争・南京事件・従軍慰安婦などの歴史認識カードを駆使してプロパガンダ攻勢を仕掛けている!」と言うが、右翼反動主義者がいくら「プロパガンダ」の事実を指摘し批判糾弾しようと、それによって「日中戦争は侵略戦争ではない」「南京大虐殺が存在しない虚構である」「慰安婦の強制連行などない」ということの証明にはならない”

 と批判します。なるほど確かにその通りです。しかしそういう言い方をすれば、逆に、

“日中戦争が侵略戦争であり南京大虐殺も従軍慰安婦強制連行も事実であることを「証明」できたからといって、中共の歴史認識プロパガンダや情報戦的外交攻勢が「右翼反動主義者の被害妄想に過ぎない」と「証明」できたことにはならない。歴史認識問題を<タネ>に反日プロパガンダを仕掛ける<悪意とエゲツナサ>が中共側に「存在しない」ことを「証明」できるわけではない”

 という言い方もできるでしょう。
 <保守派>の中国批判や北朝鮮脅威論に対する<左派>の苦々しげな反発には、別に「右翼」でも「保守反動」でもないが、中国にも北朝鮮にも左翼にも違和感あるいは嫌悪感を抱くごく普通の庶民大衆・生活保守層の中から、以下のような半畳を入れらかねないところがある。すなわち、

“中国や北朝鮮の「脅威」は、右翼や軍国主義者が煽ってるまったく根拠なき反共意識丸出しの「被害妄想」であっさり切り捨てられるのか?…
 日本に向けてミサイル並べ台湾を威嚇し、南沙諸島や東シナ海への領土的主張を押し出す中国と、百万単位の餓死者を出しながら核開発して、世界中で拉致しまくり麻薬密売しまくり、喜び組侍らせて贅沢三昧してる将軍様の国は「脅威」じゃないのか!?
 中国様に「侵略戦争」を認め深く深く謝罪し、あらためてたっぷりと国家賠償させて戴けば(もちろん国民の血税から)、「歴史認識」を巡るプロパガンダも情報戦的外交攻勢もまんまんたる「反日」の<悪意>も自ずから止み消えるのか?…
 中国様の「善意」を信頼し、中国様のご要望通り今後もODA経済協力のかたちで銭を流し(もちろん国民の血税から)、中国様に尖閣諸島を差し上げ、さらには中国様が「日本軍国主義の復活」に怯えないように、日米安保を破棄し非武装中立を堅持すれば、中国様の信頼を勝ちえ、中国様の反日も敵意も悪意も消えて日中友好万々歳になるのか?…中国様の<善意>を信頼できるその根拠は??”

 こんな率直かつキツイ反問を突きつけられかねないところがあるわけです。








 
以上<左派>の議論に対するわたしの一般的な感想を纏めてみましたが、<左派>としての笠原ら「南京<大>虐殺派」もまた、笠原の『南京事件と日本人』などを読む限り、そういう「左翼的な紋切り型」の水準を越えるものとは思えませんでした。
 笠原は『南京事件と日本人』の中で、次のように述べています。


「…日本政府が日米防衛協力のためのガイドラインを結んで、中国に軍事的脅威を与えるようになったことから、中国政府は、日本軍国主義の復活を警戒し、再侵略を許さないために、愛国・統一・強国の中国を建設することを強調し、日本政府にたいしては過去に日本が過去に行った中国侵略の償いをしなければならないと表明するようになった」(二三五頁)


 <保守派>から、“もろに中国側の視点・立場じゃないか?…お前は本籍北京、現住所都留市か!?”という憤激の声が聞こえてきそうな物言いです。わたしは別に「いったいどこの国の人間だ?」などと言うつもりはありませんが、しかしやはり、中国への「軍事的脅威」だの「日本軍国主義の復活」だの「再侵略」だのお定まりの左翼の常套文句をちりばめ、中国の公式見解に寄り添った発言じゃぁないか?…という印象を受けました。笠原の他の発言、たとえば、


 社会主義国家に対して「謀略国家」「凶悪国家」というイメージ(恐怖感)を抱く東中野が(…中略…)、社会主義中国が現在、日本を国際社会から追い落とすための戦略として、『南京大虐殺を手口にして情報戦を展開している』と『被害妄想』に陥るのも…(181)


 などの物言いを見ると、笠原にとっては、ソ連や中国など自称「社会主義」国家を「謀略国家」「凶悪国家」と規定するなど、反共右翼の根拠無き「イメージ(恐怖感)」に過ぎず、「社会主義」国の「情報戦」も保守反動主義者の「被害妄想」でしかないわけです。こんな笠原の物言いからは、

 四捨五入すれば一億近い同胞を粛清飢餓がらみでぶち殺しながら核武装と軍拡を進め、ポルポト虐殺共産主義を支援し続け、チベット侵略・中越戦争と戦いにあけくれた軍事大国・中国の<邪悪>と<危険>

 に対する鈍感さというかなんというか、とにかくアメリカや日本に厳しく中国に<甘い>左翼的心性が滲み出ていると言われても仕方がないと思います。
 わたしが「<大>虐殺派」としての<左派>が<保守派>に「痛いところ」を突かれていると言うのは、笠原らが個別具体的な「チベット」問題を実際に批判しているかどうか?…なんてレヴェルの話じゃあない。そうじゃなくて、中国という軍事大国にして共産党専制国家の「リアルな<現実>にきちんと<フォーカス>を絞る」ことができてるようにはとても見えない…ということなんです。
 <保守派>の「反共」に対抗する古くさい「左翼の紋切り型」というのは、笠原以外の南京事件「歴研」に集う学者一般に共通するものだと思います(注3)。ではなぜ、こういう「紋切り型」になるかというと、

 彼ら<左派>にとって中国は、ともに「人類史的立場」から南京事件はじめ現代史上の諸問題に関して「歴史認識」を「共有」できる「パートナー」(「日本軍国主義」という日中共同の<敵>に抗してともに戦った一種の<戦友>であり、「日本軍国主義」へのスタンスにおいて共通の認識に立ち得る)である。
 そしてそうであるがゆえに、<保守派>の軍事大国=中国脅威論とか中共専制国家・謀略国家=中国の<邪悪>と<危険>の指摘に対しては、

 とりあえず「反共」への反発という左翼的心性あるいは“右翼反動(敵)を利する中国批判は自制しよう”という一種の左翼政治主義的発想

 が作動せざるをえず、その結果「保守派」がまさにスポットを当てている<現実の中国>のまんまんたる<悪意とエゲツナサ>を、<それ自体として客観的に捉える>ことができないのではないのか?…

 ということなのです(注4)。



(注2)

 まあ逆にいえば、<保守派>の場合、まさに「日中間の問題として南京事件を考える」政治外交政略レヴェルに定位しているがゆえに、その<フォーカス>は<現に今ある日本と中国>に絞っていて、日本と中国を超える「人類史的立場」からする<より良き未来への指向性>という発想はないということにもなるわけですが(この<左派>と<保守派>の相違は、端的に言って<フォーカスの問題>です。この<フォーカスの問題>は日本国憲法を例に取ると分かりやすいかと思いますので、機会がもしあれば論じます)。



(注3)

 吉田裕などは藤原や笠原らの先輩よりも若く柔軟という印象がありますが、しかしその基本路線はやはり同じでしょう。
 わたしは「歴史教育について」の文章で、吉田の『戦争責任と歴史教育』で紹介されている「加害教育」上の「深刻な混乱」の問題と、その問題を語る目良誠二郎の論理的混乱を指摘しておきました。
 目良は、子供たちに「加害教育」をしたとき、「日本(人)はアジアに悪いことをした、日本と日本人であることがイヤになる」という「自虐的」な反応か、「今になって一方的に日本だけ責めるのはおかしい」という「居直り」の反応という対極的な反応があり、この「居直り」に対して「論理的に説得することの困難さ」を率直に認めています。
 これは子供たちへの教育現場レベルの話ですが、もっと広げて言えば、

<左派>の議論は、<保守派>また多くの生活保守的日本国民の冷ややかな「居直り」的視線を浴び、その「居直り」に対して「論理的に説得すること」が出来ていないではないか!?

 ということにもなるでしょう。たとえば吉田裕『現代歴史学と戦争責任』では、長谷川慶太郎の「戦争責任時効論」や上坂冬子の「解決済み論」を批判していますが、率直に言って、目良と同じように論理的に混乱したものでしかありません。この点は機会があればいつか別に論じたいと思います。


(注4)






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