目次
<論理>的かつ<理論>的アプリオリズムの問題
― 小室直樹氏の投降兵処断「正当化(合法化)」論について ―
1 「アプリオリズム」の二種類
2 南京事件問題に対する基本的スタンスと議論の射程範囲
3 小室直樹氏の投降兵処断「正当化(合法化)」論
4 議論設定における<形式>的レヴェルの誤謬
5 「ハーグ陸戦規則」解釈上の<内容>的誤謬
【 補遺 具体的事例に即して(1)】
6 「戦時国際法」の<規範>としての<客観>的<拘束力>
7 「法学的論理」の<方法>的錯誤
【 補遺 具体的事例に即して(2) 】
《補注1 弁証法の罠》
《補注2 理論的真理と‘党派性’》
《補注3 <実践的>認識としての「意志」と実践的<認識>としての「意思」》
1 「アプリオリズム」の二種類
「弁証法的論理」や「形式論理」、「記号」論や「システム」論、「法律」学や「経済学」と分野の違いはあれども、先人の書物や教科書を読み「論理的発想法」「方法」「論理」を会得する場合、その自分の認識が陥りかねない<方法>的陥穽について、あらかじめ充分に留意しておかねばなりません。すなわち、
【 既成の「発想」「方法」「論理」で自分の<認識の枠組み>を構築する場合、その自分の<認識の枠組み>そのものを絶えず現実と照らし合わせて<相対化>することに自覚的でないと、その自分の<認識の枠組み>を絶対化し、その<認識の枠組み>から見えてくる通りにしか「現実」を捉えられなくなる 】
という陥穽です。「形式論理」学や「記号」論などの既成の「発想」「方法」「論理」をアプリオリに設定し、それで<現実>を捉える訓練を積み重ねた結果、<現実>の捉え方ものの見方考え方(発想<法>というレヴェルでの<方法>)がすべて、「形式論理学」的に「記号論」的「システム論」的にしかできなくなる、すなわち、<特定の「論理」という「フィルター」でしか現実を見ない(見られない)、<現実>を自分のオレ流「認識の枠組み」に切り縮めてしか捉えられない、オレ流「現実」把握でしかないということになります。そうなると、
【 その「論理」がそもそも、現実具体的な歴史的社会的諸問題に「適用」できるものなのか?…、自分では「論理」を駆使してるつもりでも、実際はたんにその「論理」を現実に当て嵌め押しつけているだけではないのか?…という根本的根源的な<方法>的自己反省 】
が出来にくくなります。いったんその「論理」に入り込んでしまえば、その「論理」で見えてくる通りの「現実」しか見えてこないわけだから、その「論理」の<現実>への適用が正当か否か?…を自己検証できない。これが「アプリオリズムの誤謬」で、既成の「発想」「方法」「論理」を歴史的社会的な<現実>の事象に機械的に‘適用’し、その「論理」で見えてくる「現実」の内部で‘絶対的’な「論理」をくるくる転がしているだけ、リアルな<現実>とはかけ離れたところで現実離れの空理空論を‘理路整然’と展開しているだけ…ということになる(この点詳しくはHP「社会科学の学びと懐疑精神」「弁証法の罠」を参照して戴きたい)。
この「アプリオリズム」の誤謬には<論理>的と<理論>的の二種類あります。
@ 論理学というのは、自然的・社会的また文化的の別を問わずあらゆる事象の個別的・特殊的な具体的<内容>を論理的に捨象し、<論理>という高度な(対象<内容>超越的な)抽象性のレヴェルで事象を扱うものです。しかし、自然的・社会的また文化的の別を問わずあらゆる事象を「論理的に扱える」ことから、大きな哲学的陥穽に嵌りかねない。すなわち、「論理学」に‘個別科学を超える諸学中の王’の如き地位を与える誤謬です。
「論理学」というのは、自然的・社会的また文化的の別を問わず、あらゆる事象の個別的・特殊的な<内容>を論理的に捨象する(切り捨てる)がゆえに、「森羅万象なんでも論理的に扱える方法」にすぎない。この肝心の一点を忘れると、
“論理学を会得することは、自然的・社会的また文化的の別を問わずあらゆる事象を「論理的」に捉える<方法>を会得したことなのだ!…、<世界>を掌に乗せる事が出来るのだ!!”
と錯覚することになりかねない。これは「弁証法」でも同じです(この点はHP「弁証法の罠」と《補注1》を参照のこと)。
A 法律学でも経済学でもなんでもいいですが、ある一つの個別科学で会得した「理論」を、歴史的社会的事象とりわけ政治的・国家的事象へと機械的に当て嵌める<理論>的アプリオリズム。
法律学は、国際政治学を含めて政治学と隣接する学問領域です。ともに<法>というものを学的対象としています。しかし政治学と法律学では、その学的特殊性に規定されて<法>を扱う角度とレヴェルが異なっています(この点「政治学と法律学における<法>の位相」にて述べてみます)。
この学的特殊性の差異を弁えずに、法律学の発想で、南京事件のような高度に複雑でやっかいな<歴史>的かつ<政治>的問題を扱おうとすると、ある個別科学Aの<理論>を個別科学Bに当て嵌める<理論>的アプリオリズムの弊害を免れがたい。
わたしは「歴史の論理と現実」の中で、こういう<論理>的また<理論>的アプリオリズムの混交した誤謬の一例として、小室直樹さんの南京事件における「投降兵処断」の「国際法学的評価」を取り上げました。
2 南京事件問題に対する基本的スタンスと議論の射程範囲
小室さんの議論の内容的検討に入る前に、この問題に対するわたしの基本的なスタンスと、議論の射程範囲について述べておくことにします。
「南京大虐殺」否定派の書籍(たとえば東中野修道編『南京「事件」研究の最前線』展転社など)を読むと、南京に至る行軍過程で、いかにも中国王朝四千年の歴史を彷彿とさせる肉体凌辱性器切断などのやり方で戦友が惨殺されたという証言が出てきます。こういう話を主に右派の諸君が出してくると、やけに中国に寄り添い反発する一部の左翼&サヨクの人たちがいます。この人たちの心の内を推察するに、
“そもそも中国を侵略した日本軍国主義が全面的に悪いのだから、抗日と民族独立の大義に燃えた中国人民に日本兵をどんな残虐な殺され方をされても、それはそれでしょうがない”
という非人道的・非人間的な本音を隠し持っているのではないでしょうか?…。この手の人たちにとって、先の大戦に従軍した日本兵というのは、邪悪な日本軍国主義の手先を務めた「ショッカーの戦闘員」みたいなもんなんでしょう。浄土真宗の若い反戦僧侶が、宗教的情熱(狂信?)に取り憑かれ自分の祖父の「戦争責任」を糾弾する(なぜ戦争に反対しなかったのか?)という不気味で後味の悪さ満点の本がありますが、こういう人たちに欠けているのは、まっとうな<主体>的想像力です。
われわれが近現代史を大きくふり返り歴史的事象に一定の<思想・イデオロギー>的評価を与えるときに必要なのは、≪自分自身が<当時>の時代状況に置かれていたなら、どう考えどのように動いただろうか?≫という<主体>的視点と、≪自分自身が<当時>の時代状況に置かれていたらどう動かざるをえなかっただろうか?≫という歴史状況からの大きく深い根本的<規定性・制約性>を透かし見る眼です。この二つを欠落させた議論からは過たれる歴史評価しか生まれません。
わたしは、戦争戦場戦闘をリアルに知りもしない世代の人間が今<現在>の感覚で<過去>の戦争犯罪をイデオロギー的に断罪し、モラリストぶって非難糾弾するなど、なんの思想的意味も価値もないことだと思っています(注)。
しかし同時にわたしは、戦前戦中の皇軍の名誉を回復したいというイデオロギー的思いをまずアプリオリに立て、国際<法>学的には通説とは異なる恣意的解釈を展開し‘皇軍全面無罪論’の如き論理を立てる立場でもありません。
わたしは徹底的に感情論情緒論を排し厳密かつ冷徹に<理論>的に考えたい。イデオロギー的に右であれ左であれ真ん中であれ、どんなイデオロギー的立場の人でも、不承不承ではあれ<理論>的には認めざるをえないレヴェルで議論したいと思っています(《 補注2 ―理論的真理と‘党派性’― 》)。
そういう基本的スタンスを取り、徹底的に感情論情緒論を排し厳密かつ冷徹に<理論>的に(国際<法>的基準に照らして)「南京事件」の投降兵処断を考えれば、「不法殺害=虐殺」と認定される事例はあったというのが、わたしなりの結論になります。「情緒論感情論を交えて考えれば」いくらでも「情状酌量の余地」はあるでしょうが、「徹底的に情緒論感情論を排し厳密かつ冷徹に見る限り」そうならざるをえません。
わたしは「南京事件」に関してビギナーで、読んだ本も資料も少なく、その犠牲者数など「南京事件」の具体像について<全体的・体系的>に検討を加え、この問題に対するわたし個人の結論的総括的<評価>を述べることは、現時点ではできません。ここでの議論はあくまでも小室さんの投降兵処断「正当化」(合法化)論の検討ですから、議論は投降兵殺害問題に限定しています。今後勉強が進めば、ここに述べた見解を修正することもあるでしょうが、現時点ではこれがわたしの「暫定的結論」です。
ここでちょっと国際<法>的な「不法殺害=虐殺」という評価判定と、「虐殺!」という<政治>的非難糾弾との論理的な区別と連関について、ごく簡単に触れておくことにします。
「ハーグ陸戦条約」と「ハーグ陸戦規則」は、「成ルヘク戦争ノ惨禍ヲ減殺スルヘキ制限ヲ設クル」ことを目的に、「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生ズル国際法」です。締約国は、自国の陸軍に「訓令」を発する場合「ハーグ陸戦規則」に「適合」した「訓令」でなければなりません(「陸戦規則」は国際条約ですから、「陸戦規則」がそのままダイレクトに締約諸国の軍の行動を規制するのではなく、その「規則」に「合致」するよう定められた各国内の「訓令」に<拘束>されるという<媒介>的なかたちで法的<規定・拘束力>を発揮します)。
「南京事件」の国際<法>的レヴェルの評価は、<当時>の日本も批准していたこの「ハーグ陸戦規則」に照らして「不法殺害=虐殺」か否か?…という判定を下すことになります。
しかし、「虐殺」というのは<法>的レヴェルであるとともに<政治>的レヴェルの概念でもあり、その「虐」という表現に道義的・道徳的な非難糾弾のニュアンスを籠め、<政治>的アピールとして「虐殺!」という使われ方をします。
もっと言えば「大虐殺」の<大>というのも<政治>的概念です。いったいどれくらいの数を殺したら「大」虐殺なのか?…<法>的なレヴェルで<論理的>にびしっと確定することは出来ません。しかし<政治>的レヴェルでは、たとえばアメリカ独立戦争の契機となったBoston Massacreは、死者五人でも立派な(?)「大虐殺!」という非難糾弾の評価が成り立ち得るわけです(「南京<大>虐殺」の<大>の意味についてはHP「現実と論理」参照のこと)。
戦時における「○○虐殺事件」のような現代史学的にして国際<政治>的問題では、「虐殺!」という国際<政治>的非難糾弾と、国際法違反の「不法殺害=虐殺」と完全にイコールになるものではありません。「ハーグ陸戦規則」に照らして厳密冷徹に評価する限り「不法殺害=虐殺」であっても、それがそのまま「虐殺!」という国際<政治>的評価にならず、「不法殺害=虐殺」という国際<法>的評価と「虐殺!」という国際<政治>的評価にはズレが生じる。
第一次&第二次世界大戦では、勝者の側にも敗者の側にも「戦時国際法」に照らして「不法殺害=虐殺」は数限りなくありましたが、「勝てば官軍負ければ賊軍」というやつで、戦勝国側の「戦時国際法」違反は完全スルーされ、敗北した枢軸国側の「戦争犯罪」だけが非難糾弾されました。
こういう事態がなぜ必然化するかといえば、そもそも「戦時国際法」というものに、たとえば国内法としての刑法が自国民に対して持つような絶対的な<拘束力・強制力・貫徹力>がないからです。「戦時国際法」遵守を締約国に強制し、違反した場合には実力を以て刑罰を課す「世界政府」などありません。そのため、
【 「戦時国際法」の現実的な有効性、すなわち、その締約諸国に対して、「戦時国際法」が現実的にどれくらい<拘束力・強制力・貫徹力>を持ち得るか?…は、その締約諸国間の<政治的・外交的・軍事的力量>に応じた<政治的力関係>で決まってくる 】
ことになります。そういう意味では、「戦時国際法」というのは<現実>の国際政治世界において「無力」といえば「無力」なものです。しかし、たとえ「無力」であっても、先の大戦に起きた現代史学的にして国際<政治>的諸問題では、なんといっても<当時>の「ハーグ陸戦規則」に照らしての国際<法>的評価判定が議論のべースになります。「南京事件」の如き現代史学的にして高度に複雑な国際<政治>的問題というのは、
1)その<当時>の国際<法>的評価をベースに、
2)<当時>の国際政治的世界で醸成された国際<政治>世論、
3)その世論の動向に規定されながら定着した<当時>の国際<政治>的評価、
4)さらには後世の我々と我々の子孫が「審判者」となって下す<歴史>的評価、
そういう<重層的・立体的>な諸水準をきちんと区別しつつ連関させていかなければ、<全体的・体系的>に正しく捉えたことにはなりません。
ただ、国際<法>的評価と国際<政治>的評価(さらには<歴史>的評価)の区別と連関なんて議論になると、話が異常に複雑になります。したがってここでの議論は、「不法殺害=虐殺」という国際<法>的評価基準を前提にして話を進めていくことにします。わたしの議論はただ一点、
[ 南京防衛総司令官・唐生智は日本軍の降伏勧告を無視し、南京を「オープンシティ」にすることなく徹底抗戦南京死守の方針を取っておきながら、日本軍の重包囲下に陥り防衛軍の崩壊潰走が始まるや配下の将兵を残して密かにトンズラした。そんな状況下で、日本軍に追いつめられた中国兵が個々ばらばらに白旗を掲げて「降伏」してきた。
この場合、“投降兵を「捕虜」に取る取らぬはこちらの自由勝手”とばかりに片っ端から殺し、あるいはいったん捕獲し武装解除し一定の収容施設に隔離拘束した後「これは捕虜に非ず」と決定し殺害するのは、「ハーグ陸戦規則」に照らして「合法」であるか否か?… ]
という「投降兵処断」問題に限定しています(だから「便衣兵処刑」の問題は射程外です)。
(注)
わたしが小学五年のときの話です。家の商売に関係する業界の総会だか慰安会だかが岩手県花巻の温泉で開催され、親父に連れられ大きなホテルに泊まったとき、一人のお爺さんと仲良くなりました。きっかけはロビーで騒いでいたのを咎められたことだったように記憶していますが、とにかくお爺さんとわたしはロビーでいろいろと話をしているうちに、どういうわけか、先の大戦の話になりました。
お爺さんは、自分たちはけっして中国人を虐めたり酷いことはしなかった、むしろ悪政を行う盗賊みたいな軍閥政府の代わりに日本軍が駐留したことで治安もよくなり感謝された。自分たちは天皇陛下の軍隊であり、その威徳を汚すようなまねは絶対にしないように心がけていた。自分は人種差別主義者で非道の白人たちに虐げられていたアジアを解放するために命をかけて戦ったのであり、それは自分の生涯の誇りである。
そういう話を、なぜ子供相手にこれほど熱意をもって話すのか?…と思えるほど熱心に、噛んで含めるように話してくれました。わたしは、漫画『はだしのゲン』などで暴虐なる日本軍というイメージを抱いていたので、お爺さんの話は初耳でした。お爺さんは業界の大立て者で、わたしを探してロビーまで下りてきた父親がえらい恐縮していたのを覚えています。
このお爺さんは、あの戦争が正義であり聖戦だという想いを戦後も持続してきた人でしたが、ちょっと違う例を挙げておきます。母親から聞いた曾祖父の話です。
曾祖父というのは神官で、わたしたちの地方の出征兵士の武運長久を祈念するのは曾祖父の役目で、わたしたちの地方の多くの若者が曾祖父に祓い清められ戦地に赴いたのだそうです。
当然、曾祖父は日本の必勝を最後まで信じていたことでしょう。しかし日本は負けた。玉音放送が流れたとき、曾祖父は突然「あのかまけえすが!」と怒鳴り怒りを爆発させたそうです。「かまけえす」というのは「かまど」をひっくり返す奴、一家を破産させる大馬鹿者のことです。天皇を神と信じ神州不滅を信じていたが、その神国日本の「竈」がひっくりかえり日本は破滅した。まだ幼かった母親は、「あのかまけえす」がまさに天皇その人で、あれほどまでに天皇崇敬の念の深い曾祖父が、その怒りを天皇陛下その人に向け怒髪天を衝いていることに、ショックを受けたそうです。おそらくその怒りには、郷土の若者たちの武運長久を祈り戦地に送り込んだ自分自身に対する慚愧も念も、負け戦を国民に強いた政府軍部への憤激の感情もあったことでしょう。高齢ということもあり、その後まもなく精も根も尽き果てたように衰弱して亡くなったそうです。
左翼&サヨクの方々の眼から見たら、温泉ホテルのお爺ちゃんは反省なき日本軍国主義ファシストであり、曾祖父は日本軍国主義の邪悪なアジア侵略戦争の片棒を担ぎ、若者たちを宗教的に洗脳する末端のイデオロギー的尖兵ということになるでしょう(右翼の眼から見たら、曾祖父は自分の主体的責任を放擲し畏れおおくも先帝陛下を誹謗するとんでもないやつということになるでしょうが)。
3 小室直樹氏の投降兵処断「正当化(合法化)」論
小室さんの「法学的論理」による投降兵処断「正当化」(合法化)の議論は、次のようなものです。
“ 降伏が成り立つためには、敗軍の指揮官が相手の指揮官に正式に降伏の申し入れをしなければならない。双方の指揮官が合意に達し正式の手続きを取り初めて「降伏」という「契約」が成立する。
しかし南京攻防戦では、中国軍は日本軍の降伏勧告を完全無視。それでいて南京防衛軍司令長官の唐生智はじめ幹部たちは、首都攻防戦を最後まで戦い抜くことも、撤退して「オープンシティ」にすることもなく、配下の兵を残してトンズラしている。したがって、「指揮官の正式な降伏申し入れ」も「正式な降伏手続き」もない。
その場合、日本軍が敵兵を捕虜として受け入れなければならない国際法上の義務はない。潰走する敵将兵が追いつめられた挙げ句てんでばらばらに白旗を掲げて「降伏」してきても、それは「ハーグ陸戦規則」第二十三条(禁止事項)にいう「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞エル」の「降ヲ乞エル」には当たらない。「指揮官の正式な降伏申し入れ」がない以上、敗残兵の「降ヲ乞エル」が本当の降伏の意思の表示であるか否か?…確かめることができず、降伏を装いながらの接近反撃というような偽計の可能性もあるからである。
したがって、現場判断で投降兵を捕虜に取らず殺害してもそれは「残敵掃討」作戦遂行という「戦闘行為」であり、第二十三条二項の「降ヲ乞ヘル敵」の殺害禁止規定違反には当たらない ”
敗残兵の「降ヲ乞エル」が本当の降伏の意思表示であるか否か?…確かめることが困難というのは、たとえば、
「中国兵は小銃を捨てても懐中に拳銃や手榴弾を隠し持っている者がかなりいた。紛戦状態に身を置く戦闘者の真理を振り返ってみると、“敵を殺さなければ次の瞬間、こちらが殺される”という切実な論理に従って行動した、というのが偽らざる実態であった」(『南京戦史』偕行社編 160頁)
というような苛烈過酷な状況です。しかし小室さんの場合、そういう軍事的に切迫した「切実」な状況であるかどうか?…は最初から視野の外に置かれています。なにしろ、敵味方双方の指揮官による「契約」としての合意による「降伏」しか「降伏」というものを認めないわけですから、その「正式な降伏」が成立していない以上、白旗掲げて投降してきた敵兵を武装解除しいったん隔離収容した(部隊によっては飯も食わせた)としても、これは「捕虜に非ず」と<主観>的に判断すれば、数日後に片っ端から皆殺しにしても国際法上「合法」であるということになります。
小室ファンの方々は、徹底的に情緒論感情論を排し<当時>の「戦時国際法」を厳密かつ冷徹に南京の投降兵処断問題に適用する限り、小室さんの「論理」が成り立つとお考えなのかもしれません。しかし実際は逆で、「徹底的に情緒論感情論を排し<当時>の戦時国際法を厳密かつ冷徹に南京の投降兵処断問題に適用」したら、かえって投降兵処断「正当化(合法化)」論は成り立たなくなります。
小室さんの誤謬はそれを指摘するだけなら簡単なことで、わずか数行〜十行内で済みます。すなわち、
【 “敵味方の司令官双方の合意による「正式な降伏」がない以上、投降兵を「降ヲ乞ヘル」と認めず捕虜にせず皆殺しにしても合法”という‘論理’は、「ハーグ陸戦規則」を厳正冷徹に解釈する限り成り立たない。もしそんな‘論理’が成り立つなら、「ハーグ陸戦条約」の立法<趣旨>とそれに<内容>的に規定された「陸戦法規」個々の条文とりわけ二十三項ロ項(「降ヲ乞ヘル敵」殺傷禁止)は空洞化形骸化し実質的に無意味なものになってしまう。「ハーグ陸戦規則」の条文条項を実質無意味化する‘論理’を、こともあろうに「ハーグ陸戦規則」の法解釈そのものから‘論理’的に導き出そうとするなど、まったくの「悖理」である 】
しかしこの数行〜十行内の話を結論的に提示するためには、その誤謬がどこからどのように生まれてきたのかトレースしながら、彼の議論を論理的に解体するかたちで展開しなければならず、かなり大変というか手間がかかります。彼の議論には認識論的・方法論的・理論的・思想的に様々な水準の諸問題が絡んでいて、それを解きほぐさなければならないからです。
[ HPの本文並びに「参考資料」はとてつもない超長文になってしまいますので、読むのがメンドイ方のために、文末に総括的な批判の骨格を提示しておくことにします。]
3 議論設定における<形式>的レヴェルの誤謬
「戦時国際法」というものは、「軍事上ノ必要ノ許ス限リ、成ルヘク戦争ノ惨禍ヲ減殺スルヘキ制限ヲ設クル」ことを目的に、「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生ズル」(「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」前文)ものです。
一言で言うと<戦争の可能な限りの人道化>という古くから国際世界で提起されている文明的課題に応えるために、制定されたものです(もっとも、戦争それ自体が「人道に反する」という観点からしたら、「戦争の人道化」というのは、そもそも矛盾した話といえばいえるのですが)。
いうまでもなく戦場における戦闘行為は敵兵の情け容赦ない排除粉砕殲滅戦です。しかし敵兵殲滅はあくまでも一定の軍事目的を達成するために必要なのであって、敵兵の殺戮殲滅そのものを自己目的にしているわけではありません。
軍事目的を達成するにあたって、抵抗する敵兵の存在が作戦遂行の障害になるからこそ排除粉砕殲滅しなければならないわけで、敵兵が戦意喪失し武器を捨て投降してきた場合には、その投降兵を殺してはならないというのが「文明国ノ間ニ存立スル慣習」なわけです。
ただ、苛烈過酷な戦場において「軍事上やむを得ない」場合には降伏を認めない(捕虜を取らない)という余地も、残されている。たとえば、
《敵軍との激しい戦闘中に、白旗掲げて投降してきた投降兵の武装解除連行隔離収容などに時間と人員を割く余裕も余力もなく、そんなことをしていたら作戦遂行に支障をきたし(勝機を逃し)、自軍を危険(損害)に晒し危機(敗北)に陥れかねない切迫した状況》
です。しかし、この「軍事上の必要」を広範に、あるいは無制限に認めてしまうと、これを主観的恣意的に濫用し、「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞エル」白旗掲げた投降兵に対して「人道ノ法則及公共良心」に反する殺戮がいくらでも出来ることになりかねない。
だから、この「軍事上やむを得ない」という「余地」もまた、「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」に即してその範囲を<内容>的に限定しなければならない。これはどういうことかというと、
【 @ 敵兵が白旗掲げて投降してきたとき、「その敵兵が依然として軍事目的達成の障害であるか否か?」を「判断」し、「捕虜に取る取らない」と「決定」する<意思決定権>は攻撃する側にある(攻撃する側の<主観>に拠る)。
A しかし、その<主観>的に判断と決定は、「攻撃する側」の’主観的恣意’に委ねられているわけではない。すなわち、「捕虜に取らない」という<主観>的判断と決定を下す場合、その<主観>的判断と決定の<内容>が<客観>的に問題になる 】
ということです。「捕虜に取らない」という<主観>的判断と決定は、<当時>の戦場戦闘現場において「その投降兵が依然として軍事目的達成の障害であり、これを「捕虜」に取らぬという判断と決定が、「ハーグ陸戦規則」に照らして<客観>的に妥当であるか?…が問題になります。したがって、われわれが南京事件を議論する場合、<当時>の投降兵大量処断が、<当時>の国際法上の基準に照らして違法か合法か?…という法律的判断においては、それが「軍事上やむを得ない」場合であったと言えるか否か?…の現実具体的な緻密な<内容>的検討が必須なわけです。
しかし、小室さんの「法学的論理」とそれに基づく投降兵処断「正当化」(合法化)論は、現実具体的な緻密な<内容>的検討の上に成り立っているようにはとても見えません。『封印の昭和史』での言い方は、
「投降兵はいた『でしょう』が、その投降兵に捕虜になる権利があったのかというと、原則としてなかったと言える『でしょう』。組織的に降伏しないかぎり捕虜になる権利があると『も』断定できません(84頁)
「…捕虜にしようとしても出来ずに、緊急避難的に殺したということもあった『でしょう』。こちらの何倍という数の敵が降参したのだから。そういう場合は部隊長の権限で、大量に釈放した場合もあるし、やむを得ない場合には殺した『でしょう』」(85頁)
という「だろうなかろう」論です。日本近現代史の実証史家たちが蓄積してきた膨大な実証的諸研究を自ら<内容>的に検討検証していたら、こんな曖昧な言い方にはならないはずです。
その「緊急避難」「やむを得ない場合」という<主観>的判断(意思決定)が、果たしてほんとうに「緊急避難」「やむを得ない場合」だったのかどうか?…がまさにその「意思決定」の<内容>を<客観>的に検証検討することこそが問題の核心です。しかし小室さんの議論は、「現実具体的な緻密な<内容>的検討」を自ら排除するような論の立て方になっています。
これは、「投降兵処断」の問題を「軍事上やむをえないか否か?」という観点からではなく、南京における投降兵の「捕虜資格」有りや無しや?…という観点から、議論をスタートさせてしまっているからです。投降兵の「捕虜資格」を問うところから議論を組み立てると、
南京の投降兵に「捕虜」資格無し
↓
日本軍に投降兵を「捕虜」として受け入れる義務無し
↓
片っ端から殺戮しても合法(捕虜にするしないはこっちの勝手都合)
という理屈が、最初から「結論ありき」で成り立ってしまう。“そもそも中国兵に最初から「捕虜資格」などない”という前提をアプリオリに設定している以上、投降兵殺害が「軍事上やむを得ない」場合であったと言えるか否か?…の現実具体的な緻密な<内容>的検討自体が、そもそも必要なくなってしまう。
このアプリオリな議論設定は、「捕虜になれる者は、正規の(合法的)戦闘員です」(『封印の昭和史』)という言い方の「正規の(合法的)戦闘員」というタームを、一つのトリックというか手品のタネにしています。
「陸戦法規」第一款第一章第一条「民兵及ビ義勇兵団ノ交戦者資格要件」には、次の項目があげられています。
一 部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其頭ニ在ルコト
二 遠方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト
三 公然武器ヲ携帯スルコト
四 其ノ動作ニ付戦争ノ法規ヲ遵守スルコト
「民兵及ビ義勇兵団」に「交戦者資格」を認める場合、この四つの要件が必要ですよ、この資格要件を満たさなければ「戦争ノ法規及権利義務」を適用される「正規の交戦者」とはみなされませんよ…、ということです。
「南京が陥落したときには先に該当する『明らかに捕虜である』者は、一人もいなかった」(67頁)とか、あるいは「指揮官がいなくなった烏合の衆ほど危険なものはない」という言い方から推察するに、小室さんはおそらくこの第一条「民兵及義勇兵」の「資格要件」一項に着目しぽつんとそれ自体を摘み出し、
1) 「正規の(合法的)戦闘員」の「交戦者資格」は、「部下の為に責任ヲ負フ者其頭ニ在ルコト」である。
2) しかるに南京陥落時には、正規の指揮官(部下の為に責任ヲ負フ者)が存在しない。したがって、正規の指揮官による「正式の降伏申し込み」がない(「降伏」という「正式契約」において日本軍中国軍双方の合意は成立していない)
3) 南京陥落時の中国兵が「正規の(合法的)戦闘員」として「戦争ノ法規及権利義務」を適用される「正規の交戦者」(「捕虜」資格)を喪失し、「捕虜」になる「手続き」も欠いている以上、たとえ武器を捨て投降しても、日本軍は投降兵を「捕虜」として受け入れる義務なし
と話をもっていったのでしょう。南京の中国兵は「交戦者資格」「捕虜資格」喪失=国際法上の保護の対象にならず”というわけで、その理屈を首尾一貫させると、武装解除しいったん隔離収容した投降兵を大量殺害しても、それは合法的な「処刑」であり別に「捕虜虐殺」ではないということにもなります。小室さんの‘手品のタネ’は、
「部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其頭ニ在ル」⇒「民兵及ビ義勇兵団」に交戦者資格有り
という話を、「正規軍」の話にスライドさせ、
「部下ノ為ニ責任ヲ負フ者」不在 ⇒正規軍「交戦者資格」喪失
という理屈を捻り出すところにある。しかし、
【 “指揮官が消えちゃったら、その軍隊が「不正規軍」「不正規(非合法的)戦闘員」になる”わけではない。指揮官が消える消えないという話と、正規軍が不正規軍になるかならないかというのは、別のレヴェルの話で、指揮官が消えちゃったら「交戦者資格」「捕虜資格」も一緒に消えちゃうなんてことはありえない 】
のです。小室さんの「ハーグ陸戦法規」の‘法解釈’を論理的に首尾一貫させるならば、たとえば徹底抗戦を貫き激戦の中で指揮官が戦死したり自決してしまった場合(沖縄の日本軍など)、その軍の兵士は「国際法上の保護」対象にならずなんてとんでもない話になってしまいます。
4 「ハーグ陸戦規則」法解釈上の<内容>的誤謬
次に、小室さんの議論の中身そのものを見ていきます。小室さんは『封印の昭和史』の中で次のように述べています。
「捕虜であるかないかということは、最終的には攻撃をする方が決定する。だから、捕虜でないと決定すれば即座に殺してもいいのです」(66頁)
先にも述べましたが、なるほどたしかに純然たる<形式>論議(<意思決定権>の所在如何)としてなら、「捕虜に取る取らない」を現実に「決定」(意思決定)するのは「攻撃する側」と言ってよい。しかし「南京事件」の「捕虜殺害」で問題になっているのは、「捕虜でないと決定すれば即座に殺してもいい」なんて<形式>論議じゃあない。問題の核心はまさに、その「捕虜でない」という「決定」(意思決定)の<内容>が、法に照らして妥当であったか否か?…です。
ここでの議論のポイントは、南京防衛軍司令長官・唐生智らが配下の将兵を置き去りにしてトンズラした状況下で、日本軍が総攻撃を掛け中国軍を崩壊・壊走に追い込み、さらに追撃掃討する過程で大量に発生した「投降兵」は、
【 「ハーグ陸戦規則」第二十三条ニ項における「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞エル敵」であるか否か? 】
です。これは、
【 日本軍の側が「降ヲ乞エル敵」であると判断(意思決定)するしないという日本軍の側の<主観>とは別に、南京における投降兵が、<客観>的に「降ヲ乞エル敵」であり「捕虜に取る」<べき>対象だったのか否か? 】
という問題です。したがって、
【 日本軍が<主観>的には「捕虜」ではないと思い殺害しても、<客観>的には「捕虜」に取る<べき>事例であり、「捕虜殺害=不法行為」だったという場合もありえる 】
わけです。「戦時国際法」上の「不法行為」を評価判定する場合には、こういう議論の立て方をしないとダメです。
国際法上「降伏」とは、「交戦国軍隊の一部が、その指揮官の権限において戦闘行為をやめ、敵対してきた軍隊の権力下に入ること」(『国際関係法辞典』三省堂)をいいます。「降伏」には、
1)双方の指揮官が「降伏規約」を結び降伏する場合と、
2)「降伏規約」を結ばない「降伏」
があります。さらに、2)「降伏規約」を結ばない「降伏」にも、
a)軍指揮官が白旗を掲げ抵抗を止め降伏の意志を示す場合と、
b)指揮官の命令によらず兵士が個々に武器を捨て投降する場合
の二種類あります。このb)の場合も、「ハーグ陸戦法規」第一款第二十三条ニ項「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞エル敵」の殺傷禁止規定が適用され、敵対部隊は「指揮官の命令によらず個々に武器を捨てての敵兵の投降」をも<原則>的に受け入れなければなりません。
これは、そもそも「ハーグ陸戦条約」&「条約付属書」(ハーグ陸戦規則)がなぜ誕生したのか?…「条約」前文に盛られた「戦時国際法」としての立法<趣旨>を踏まえて考えれば、<論理必然>的に導き出される「通説」的解釈です。
<現在>のわれわれ日本人が「南京事件」を国際<法>的に評価判定する場合、<当時>の日本軍将兵が<主観>的にどう考えていたかを適法違法の判定基準にはできません。あくまでも、<当時>の国際法学界の状況を踏まえた上で、<当時>の日本国内の法学者たちの国際的に通用しえる見解も参照しながら、
【 <当時>の日本軍将兵が、その投降兵殺害は「軍事上必要」だったといくら<主観>的に思っていたとしても、<当時>の「ハーグ陸戦規則」に照らして「軍事上必要」と解することができない場合、<客観>的に「不法殺害=虐殺」と認定する 】
ことになります。<当時>の日本軍の「戦争犯罪」が<現在>の国際<政治>世論において非難糾弾されているとき、<現在>のわれわれ日本人がそれを弁護するのであれば、日本国内の少数説や異端奇説の類を基準にしても、国際的には説得力を持ちません。「<当時>の国内外の国際法学界の通説」に照らしてみて、<当時>の日本軍の行為行動がけっして違法ではないと<客観>的に証明してみせなければならないのです。
南京の事例で言えば、唐生智が降伏勧告を無視しようがしまいが、トンズラしようがしまいが、「指揮官の正式の公式申し入れ」があろうがなかろうが、南京防衛軍が潰走し、残敵掃討過程で追いつめられた敵兵が白旗掲げあるいは両手をあげ武器を捨て投降してきた場合、この大量の投降兵は「ハーグ陸戦法規」第一款第二十三条ニ項「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞エル敵」です。
したがって、最初から「捕虜ハ取ラヌ方針ナレバ」ということで、白旗掲げ武器を捨てた敵兵を、一律に皆殺し殺戮するのは二十三条ニ項に照らして「不法殺害」と解するのが相当です。“敵味方の指揮官双方の合意に基づく降伏「契約」が成立していない以上、投降兵には捕虜資格なし!…武装解除し隔離収容後にぜんぶ一律にぶち殺してオッケー”なんて理屈は成り立ちません。
だから当然、アメリカ軍がやった投降兵殺害(情報を取るため英語の出来る日本兵だけ生かし他は皆殺し)もまた、<現在>はもちろんのこと<当時>の「ハーグ陸戦規則」に照らして「不法殺害=虐殺」です。ただ、あちらさんは「勝てば官軍」というやつで、「虐殺!」という<政治>的非難を免れているというだけの話です(「不法殺害」という国際<法>的評価と「虐殺!」という国際<政治>的評価のズレ)。 小室さんのように、“敵味方の指揮官双方の合意に基づく降伏「契約」が成立していない以上、投降兵には捕虜資格なし、ぶち殺してオッケー”なんて理屈を立ててしまったら、アメリカの「日本兵不法殺害=虐殺」を批判する一切の<法>的根拠と<法>的基準を自ら放棄することになるでしょう。
「捕虜に非ず」と現実に「決定」するのは<形式>的には「攻撃する側」だが、その「意思決定」の<内容>は、“捕虜にするもしないも勝者の手前勝手胸先三寸”なんて「主観的恣意」に委ねられたものではない。「ハーグ陸戦条約」批准国軍隊の軍人の「意思」は、その軍人が<主観>的にどう思っていようが、「ハーグ陸戦法規」の第二十三条二項「降ヲ乞ヘル敵」殺傷禁止規定に<内容>的に拘束され、その行為行動を<規制>される。すなわち、
【 <主観>的には「投降兵」を片っ端から殺戮したいと思っていても、現実に「降ヲ乞ヘル敵」が現れた場合、自分の<主観>的な「意思」を押さえ(言い換えれば「陸戦法規」に己の意思を服従させ)、「ハーグ陸戦法規」の第二十三条二項の<内容>に規定されるかたちで「意思決定」し、「ハーグ陸戦法規」の第二十三条二項に照らして、自らの行為行動を律する<べき>である 】
そういうかたちで、「ハーグ陸戦条規」締約国軍隊の軍人は、「陸戦法規」から<客観>的に<拘束力>を受けているわけで、「ハーグ陸戦法規」の第二十三条二項「降ヲ乞ヘル敵」殺傷禁止)は、「軍事上やむを得ない」状況を除き「降ヲ乞ヘル敵」を殺さないという<当時>の「文明国」の軍隊に課せられた<義務>です。
さらに、その「軍事上やむを得ない」という判断(意思決定)も、
“オレたちの「主観」ではその行為は「軍事上必要」だった。オレたちが「必要」と判断している以上、その判断に基づく行為は正当であり違法ではないのだ!”
なんて「主観的恣意」に委ねられているわけではありません。
「ハーグ陸戦条約」前文には「軍事上ノ必要ノ許ス限、努メテ戦争ノ惨禍ヲ軽減スルノ希望ヲ以ッテ定メラレタル」とありますが、この「軍事上ノ必要」もまた、「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」に即してその範囲を<内容>的に限定しなければならない。
“オレたちの「主観」ではその行為は「軍事上必要」”という理屈を無制約的に認めてしまえば、投降兵に対する無制限殺戮が「軍事上の必要」からいくらでも「正当化」しえることになり、「ハーグ陸戦法規」二十三条ニ項の「降ヲ超乞ヘル敵」殺害禁止規定は形骸化空洞化し、実質的に無意味なものになってしまうからです。
そんな「ハーグ陸戦規則」の立法<趣旨>に完全に反する‘論理’を、こともあろうに「ハーグ陸戦規則」の法解釈から‘論理’的に導き出すなど、まったくの<背理>なんです。
「軍事的必要」の論理が無制限無制約的に主張されるようになると、う〜〜んと極端な話、アメリカの原爆投下や無差別絨毯爆撃だって、
“軍最高司令官(大統領)の「主観」(脳内)では、原爆投下はヒロシマという軍事都市への攻撃であり、「軍事的に必要」だった。軍最高司令官(大統領)の「主観」(脳内)では、日本国内に棲息するジャップどもは女子供まで「銃後の守り」と称して日本軍国主義に全面協力し我が軍に敵対しているのだから、全都市への無差別絨毯爆撃は「軍事的に必要」だった。だから原爆投下もトウキョウ大空襲も「戦時国際法」違反ではない!”
って話になっちゃいます。
【 補遺 ―具体的事例に即した考察(1)― 】
小室さんの「論理」では、たとえいったん捕獲し武装解除した上で一定の収容施設に隔離拘禁した投降兵であっても、ひとたび「捕虜でない」と「決定」すれば、殺害しても「合法」となります。しかし、現実具体的な事例に即して、それが「緊急避難的」か「やむを得ない」か<内容>的に検討検証せずに、抽象的一般的にそんな「だろうなかろう」話をしても意味がありません。
ここで南京戦における具体的事例に即して考えてみましょう。これはいったん「俘虜」として捕獲した投降兵処断の事例です。
[『南京戦史資料集T』「歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』」561〜7頁]
潰走した中国兵が南京城内に逃げ込み門を閉ざし、逃げ遅れた敗残兵は白旗を掲げ降伏。最初に捉えた捕虜を伝令にして「抵抗断念シテ投降セハ助命スル旨」勧告したところ城内の中国兵は観念して投降。投降兵を武装解除し隔離収容、食事も与えたが、その後「始末」した。
捕獲し武装解除した上で隔離収容した中国兵は、「ハーグ陸戦法規」第一款第二章第四条にいう「敵ノ政府ノ権内ニ属」する「俘虜」であり、これを大量殺害することは、国際法上「捕虜殺害」であり許されないと解するのが相当です。
しかも「投降セハ助命スル」と伝令を飛ばし投降させた捕虜を殺害しているわけだから、「ハーグ陸戦法規」第二十三条ロ項「敵国又ハ敵軍ニ属スル者ヲ背信ノ行為ヲ以テ殺傷スルコト」の禁止規定違反にも当たります。
しかし小室さんの議論では、この「第二十三条ロ項」違反の問題は最初から視野に入ってこないでしょう。小室さんの理屈では、”そもそも南京の「中国兵」には「交戦者資格」がない=「捕虜資格」がない=戦時国際法の保護対象にならない”わけで、その理屈を首尾一貫させてしまえば、騙して殺そうがなにをしようが「合法」ということにならざるをえないのだから。これがアプリオリな議論設定というやつの<論理必然>的帰結です。
いったん「俘虜」にした投降兵処断の問題については、『戦時国際法講義』(偕行社の『南京戦史資料集T』に抜粋収録)の著者「海軍大学校国際法教官」信夫淳平が、味方に倍する多数の「俘虜」を捕獲したがそれを「安全」に「給養」できず、さりとて解放すれば再び敵軍に投じ将来自軍の脅威になると判断できる場合、これを殺害しても「やむを得ない」と述べています。小室さんも『封印の昭和史』を読む限りほぼ同じ意見であるようです。
しかし、先にも述べたように、「軍事上の必要」を広範に、あるいは無制限に認めてしまうと、これを濫用し「人道ノ法則及公共良心」に反する殺戮がいくらでも出来ることになりかねない。したがって、「軍事上やむを得ない」という「余地」もまた、「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」に即してその範囲を限定しなければならない。
「軍事上の必要」というのは、信夫の言葉でいえば、あくまでも「之(俘虜)を殺す以外に軍の安全を期するに於て絶対に他途なしというが如き場合」(『南京戦史資料集T』677頁)で、過酷苛烈な戦場の極度に切迫した状況下を想定してのものです。信夫はそういう状況を例外的な「特殊の場合」とし、「一般原則としては俘虜は人道を以て取り扱うべきが本体」と述べています。
総司令官の松井岩根大将は「捕虜は武装を解除した後解放せよ」という意図だったという証言があります(『南京戦史』338頁」)。もしこの証言が正しいのなら、総司令官自らが、<当時>の状況は「之(俘虜)を殺す以外に軍の安全を期するに於て絶対に他途なしというが如き場合」という認識ではなかった、ということにもなります。
わたしは「南京事件」問題のビギナーで、読み込んだ書物も資料も少ないので、実証事実的なレヴェルの具体的な判断を提示することはできないのですが、それでも自分なりにこの事例を考えると、捕獲し武装解除した上で隔離収容した(一晩泊めて飯も食わせている)中国兵を、「解放すれば再び敵軍に投じ将来自軍の脅威になる」という理由でぜんぶ「処分」した場合、その「処分」を切迫した「軍事的必要」に基づくものとして「正当化」(合法化)するのは、ちょっと無理だろうと思います。
「各隊食料ナク困窮」し「俘虜」を「給養」できないというのは、戦前日本軍の兵站補給の軽視という問題に起因するわけですが、この日本軍の側の重大なミステイクを、敵国側の「投降兵」の生命を以って贖うというのも、ずいぶんと不条理不合理な話です(歩兵第六十六聯隊第一大隊の事例では、物資を調達でき、特に欠乏している状況ではないからこそ「俘虜」に食事を与えている)。
また、「解放すれば再び敵軍に投じ将来自軍の脅威になる」(かもしれない)という理由で、捕獲し隔離収容し飯も食わせた大量の投降兵を、一律に殺戮するというのは、「陸戦法規」第四条にいう「俘虜ハ人道ヲ以テ取扱ハルヘシ」に引っかかることになります。
5 「戦時国際法」の<規範>としての<客観>的<規制・拘束力>
「法学的論理」というのは、<形式>(意志決定権は「攻撃側」にある)と<内容>(その<意志決定>の<内容>は「ハーグ陸戦法規」に<拘束>されており、「攻撃側」は「ハーグ陸戦規則」第二十三条二項「降ヲ乞ヘル敵」殺傷禁止規定に従い「意思決定」をしなければならない)を、統一的に取り扱われなければなりません。この「意志決定」の<内容>というのは、
【 「戦時国際法」法を順守すべき戦争当事者たち(軍人兵士たち)の<主観>を超えた、「戦時国際法」というものの<規範>としての<客観>的<規制・拘束力> 】
の問題です。この<規範>としての<客観>的<規制・拘束力>の問題は、国際法より国内法に即して考えた方が話としてはよりわかり易いでしょう。
たとえば、ある人が、その行為が刑法○条に違反しているとは知らず、あるいは違反していないと固く信じて、その行為を為した(「主観」的には不法と思わず、しかし「客観」的には不法行為を犯している)場合、
“ オレの「主観」(脳内)ではその行為は刑法○条違反ではない。だからオレは無罪だ! ”
なんて主張、絶対に通りません。その人が脳内で「主観」的にどう考えてるかなんて関係なく、刑法○条は<法規範>として有無を言わせずその人に<拘束力>を及ぼします。正確に言えば、
【 その人が「主観」的に納得(承服)していようがいまいが、刑法○条という<法規範>に従い(拘束され)、刑法○条に反しないよう自らの行為・行動を律し(規制され)なければならない。すなわち刑法○条は<法規範>として、強制的な法的<遵守義務>(べし)として<客観>的に<規制・拘束力>を発揮する 】
ということです。わたしはいま<規範>という言葉を使いましたが、<規範>とは常識的な表現で言えば、諸個人を拘束する(従わせる)「約束ごと・きまり・ルール」です(<規範>はサークルの「規約」から「法律」「条約」まで様々なレヴェルがある)。諸個人はその「約束ごと・きまり・ルール」に自分の意思を従わせ、自らの実践的な行為・行動を規制します。
その場合、諸個人が個人として<主観>的に(内心では)その「約束ごと・きまり・ルール」(規範)に不服であり納得できないと思っていても、ひとたび成立した「約束ごと・きまり・ルール」(規範)には従わなければなりません。すなわち、諸個人は、自分の独自の意思(不服・不納得)を抑制し、不承不承であれ、「約束ごと・きまり・ルール」(規範)に照らして自分の行為・行動を規制し、その「約束ごと・きまり・ルール」(規範)に即した実践的行動をしなければならない。これは、
【 その「約束ごと・きまり・ルール」(規範)が、諸個人の<主観>から離れた<客観的・独立的な>な<義務・指示・命令>(べし)として、諸個人の上に「君臨」し、諸個人の独自の意志と行動を<規制・拘束>している 】
ということです。これが<規範>の<客観>的<規制・拘束力>です(注)。
<法規範>の<規範>としての<客観>的<規制・拘束力>は、国内法(たとえば刑法)と違い国際法(たとえば交戦法規)においては、<現象>的にはなかなか見えにくいものです。
そもそも国際法には、国内法が自国民に有するような有無を言わせぬ絶対的<法的拘束力・強制力・貫徹力>がありません。先の大戦において「ハーグ陸戦規則」を実力を以て遵守させ、「陸戦規則」に照らして不法行為を犯した国を実力を以て罰する「世界政府」の如きものは存在しません。
国内法と違い、「戦時国際法」が締約諸国にどれくらい<法的拘束力・強制力・貫徹力>を発揮しえるかは、締約諸国間の<政治的・外交的・軍事的力量>に応じた<政治的力関係>によって決まってくる。したがって結局、戦争の勝敗が決した段階で、勝者の側が一方的に敗者の戦時中の「不法行為」を指弾糾弾するかたちで「戦時国際法」違反を「処罰」することになる。「勝てば官軍負ければ賊軍」というやつで、原爆投下にしろ無差別絨毯爆撃しろ捕虜殺害にしろ、勝者の側の「不法行為」はスルーされることになります。
また、国際条約としての「ハーグ陸戦規則」はそのままダイレクトに締約諸国の軍の行動を規制するのではなく、その「規則」に「合致」するよう定められた各国内の「訓令」に<規制・拘束>されるという<媒介>的なかたちで関わってきます。それでよけい締約諸国に及ぼす<法規範>としての<客観>的<規制・拘束力>が見えにくくなってしまっている。こういう<現象>的レヴェルに惑わされると、「戦時国際法」には<法規範>としての<法的規制・拘束力>がないと見誤ってしまうことにもなりかねません。
しかし「ハーグ陸戦条規」を批准(四四条を留保し批准)した以上、その締約諸国の軍隊は、「ハーグ陸戦条規」に<規制・制約・拘束>されています。すなわち、日本軍の指揮官が「主観」的にどう考えてるかなんて関係なく、「ハーグ陸戦法規」(とその「法規」に「合致」するよう定められた「軍令」)は、日本軍の全将校全兵士の<意思>を<内容>的に規定し<拘束>するものとして<客観>的に存在します。
国際<公>法としての「戦時国際法」も国内<公>法としての刑法も、<法規範>という点では<本質>的に同じであり、<法規範>としての<客観>的な<法的拘束力>を有しているという点では、国際法も国内法も、戦時国際法も刑法も<本質>的には同じです。したがって、“ オレの「主観」(脳内)ではその行為は刑法○条違反ではない。だからオレは無罪だ! ”なんて理屈が成り立たないのと同じく、
“オレたちの「主観」ではその「投降兵」は「捕虜」ではない。だからオレたちが「投降兵」を殺害しても「捕虜殺害」にはならず「ハーグ陸戦規則」に違反してない!”
なんて理屈も成り立ちません。「ハーグ陸戦法規」第一款第二十三条ニ項「自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞エル敵」の殺傷禁止規定は、「降伏規約」(小室さんの言う「正式の降伏」契約)を結ばない場合、「指揮官の命令によらず兵士が個々に武器を捨て投降」するケースも含んでいます。「軍事上やむを得ない場合」を除きこれを殺害したら第二十三条ニ項違反です。さらに、その「軍事上やむを得ない」の判断(意思決定)も、
」ではその行為は「軍事上必要」だった。だからその行為は正当であり違法ではない!”
なんて「主観的恣意」に委ねられているわけではない。「捕虜を取る取らない」を「攻撃側」の「主観」に全面的に委ね、“「軍事上必要」と判断(意思決定)すれば投降兵無制限皆殺しも合法”なんてことになったら、勝者が敗者を「捕虜」にし「助命」することは、勝者の「慈悲」深き有難い「恩恵」「お情け」「気まぐれ」なんて「主観的恣意」のレヴェルに堕してしまいます。
しかしそうなったら、そもそも「戦時国際法」なんて必要なくなります。「ハーグ陸戦法規」の第二十三条二項「降ヲ乞ヘル敵」殺傷禁止)は、「軍事上やむを得ない」状況を除き「降ヲ乞ヘル敵」を殺さないという<当時>の「文明国」の軍隊に課せられた勝者の<義務>(戦時国際法の<規範>としての客観的拘束性)です。勝者の「慈悲」深き「恩恵」「お情け」じゃあなくて。
また、もし捕獲した「捕虜」に「不法行為あり」と判断した場合は、「戦時犯罪者」として処遇し軍律裁判にかけた上で処罰することにもなる。しかしその場合にも「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」に即して処遇しなければならない。これも客観的な<義務>(戦時国際法の<規範>としての客観的拘束性)であって勝者の「主観」的な「慈悲」としての「恩恵」ではない。
「戦時国際法」など存在していなかった遠い昔、項羽は秦兵二十万人を生き埋めにし、劉邦は出来るだけ殺さず助命する戦略を採りました。まさしく、“敵兵を生かすも殺すも勝者の「主観」、胸先三寸、慈悲の深さ浅さ次第”です。
しかし、「成ルヘク戦争ノ惨禍ヲ減殺スルヘキ制限ヲ設クル」ことを根本目的に生まれた「戦時国際法」は、“捕虜を取る取らないはこっちの胸先三寸”なんて「主観的恣意」が横行する事態を抑制することを、目的の一つとしているんです。“捕虜を取る取らないはこっちの胸先三寸”なんて「主観的恣意」の横行を防止抑制するべき「ハーグ陸戦規則」から、こともあろうに“捕虜を取る取らないはこっちの胸先三寸”の理屈を‘論理’的に導き出そうとするなど<悖理>以外のなにものでもないでしょう。
これは、「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」(ハーグ陸戦条約)と「条約付属書 陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」(ハーグ陸戦規則)併せて「ハーグ陸戦条規」というものを、その戦時国際法としての立法趣旨から個々の条文条項に至る全体的な<論理的連関>をきちんと押さえさえすれば、容易に理解できることです。
(注)
「規範」を論じるにあたって、わたしは一貫して「客観」的という表現を使い、<主体―客体>ではなく<主観―客観>という枠組みで議論していることに、どうかご留意いただきたい。
「規範」というのは人間<主体>の認識の特殊なあり方です。観念論者がこの「規範」を扱うと、人間<主体>の認識に過ぎない(頭脳活動の所産であり人間の脳内の問題である)「規範」を、人間<主体>から独立した外部的な<客体>とする(人間主体の認識から離れた<客体>として「規範」が実在する)観念論的解釈に陥ってしまう。
<規範>が諸個人の上に<外部独立的・客観的>に君臨し、諸個人の意志を服従させるという<規範>の<客観性>を、<観念論>的にではなく<唯物論>的に位置づけ、<理論的科学的>に扱うのは極めて難しいものです。この点は、HP「」で論じていますので、参照していただければと思います。
難解なヘーゲルの「意志論」はもちろんのこと、一見すると単純でわかりやすそうな三浦つとむの<意志・規範論>も、突っ込んで考えれば考えるほど、実はとても高度で難解です。
しかも、言語学的レヴェルの<規範論>と社会科学レヴェルでの<規範論>の区別と連関は、三浦ファンの間でも明確になっているとは言えない。この点もHP「社会科学と精神科学の方法的差異」で詳細に展開していますので、ぜひ参照していただきたいと思います。
6 「ハーグ陸戦規則」解釈における<方法>的錯誤
わたしがたびたび引用する「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」というのは、「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」前文の文言です。前文引用してみましょう。
「一層完備シタル戦争法規ニ関スル法典ノ制定セラルルニ至ル迄ハ、締約国ハ、其ノ採用シタル条規ニ含マレサル場合ニ於テモ、人民及ビ交戦者カ依然文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生ズル国際法ノ原則保護及支配ノ下ニ立ツコトヲ確認スルヲ以テ認ム」(『解説条約集第七版』三省堂 657頁)
これは1899年第一回ハーグ平和会議の第二小委員会委員長マルテンスが読みあげた声明文をそのまま条項化したもので、「マルテンス条項」として知られています。なぜこの「条項」が前文に盛られたかというと、「ハーグ陸戦規則」の内容ではまだ「不十分」だという意見に配慮したためです。
「マルテンス条項」は、現行の「規則」の不十分性を自覚し将来の「一層完備シタル戦争法規ニ関スル法典ノ制定」を期待しつつ、それが「制定」されるまでの間は、たとえ明文になくても、締約国は「人道の原則」や「国際慣習法」に拘束されることを確認しています。したがって、明文に禁止規定がないことを根拠にして、“たとえ非人道的な外的行為・外的手段でも、禁止されてないんだからなにやっても合法”なんて法解釈は否定され、たとえ禁止規定のない害敵行為・害敵手段の行使であっても、「人道ノ原則」に反する行為・手段は制限制約されます。
「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」は1899年第一回ハーグ平和会議で、1907年第二回会議で現行の「条約」及び「付属書」が新しく採択されましたが、その後「ハーグ陸戦規則」の<内容>を発展させ捕虜の権利を拡充する「一層完備シタル戦争法規ニ関スル法典」は、1929年の「捕虜の待遇に関する条約」、1949年の「ジュネーブ諸条約」、1977年にその「追加議定書」というかたちで現れてきます。
この戦時国際法の展開・発展は、「成ルヘク戦争ノ惨禍ヲ減殺」し<戦争を人道化>するという古くから国際世界で伝統的に把持されてきた課題に応え、戦闘員非戦闘員を問わず戦争犠牲者が被る非人道的惨禍を「減殺」するための方策を補充拡充するという大きな歴史的流れです。
1977年採択の「ジュネーブ諸条約第一追加議定書」第四十四条第1項には、
「すべての戦闘員は、武力紛争に適用されうる国際法の諸規則を遵守する義務を負うが、それらの規則の違反は、戦闘員から戦闘員たる権利を奪い、又は敵の権力内に陥った場合に捕虜となる権利を奪うものではない。ただし3及び4に定める場合を除く」
とあります。ここでは、「ハーグ陸戦法規」で区別された正規兵・不正規兵をすべて一元的に「戦闘員」として扱い、第3項と第4項では、「戦闘員たるの地位」を喪失した場合「捕虜になる資格」を失うが、しかしその場合でも「第3条約及びこの議定書によって捕虜に与えられる保護とあらゆる点で同等の保護を与えられなければならない」と規定しています。
こういう規定は1907年「ハーグ陸戦法規」にはありません。「ハーグ陸戦規則」から、「不正規兵にも捕虜資格がある」という解釈を<論理>的に導き出すことはできませんし、「戦闘員たるの地位」を喪失し「捕虜になる資格」を失った戦闘員に対して、「捕虜に与えられる保護とあらゆる点で同等の保護を与えられなければならない」という解釈を導き出すことも出来ません。
では、「ジュネーブ諸条約第一追加議定書」第四十四条明文規定が「ハーグ陸戦法規」に無いのだから、“捕虜資格のない投降兵や便衣兵(戦時犯罪者)を非人道的な取り扱いをしてもオッケー”という理屈が成り立つでしょうか?…。成り立つわけがありません。
「マルテンス条項」というのは、まさにそういう法解釈が成り立つ余地を封じるために、わざわざ前文に盛られているんです。<当時>の現時点での「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」と「付属書」の内容的な不十分さを自覚し、今後の「一層完備シタル戦争法規ニ関スル法典ノ制定」を期待しつつ、それが現れるまでの間は、たとえ明文になくても、締約国は「人道の原則」や「国際慣習法」に<拘束>されることを確認しています。
「ハーグ陸戦条約」と「ハーグ陸戦規則」は、<当時>の「文明国」間で一般に認められている「人道の法則」また「慣習法」がベースにあり、「人道の法則」が戦争戦場における慣行慣例として顕現し、慣習法が成文化法典化したというべきものです。
したがって「陸戦法規」の全条文全条項は、「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」云々という<立法趣旨>から<内容>的に位置づけられ、この<内容>を踏まえて<論理>的に解釈される。法の<論理的整合性>というのは、この
【 法の根本的な<立法趣旨>⇒個々の条文という全体的な<論理的連関>の整合性(<内容>的に規定された<形式>的整合性) 】
です。戦時における行為が戦時国際法上「違法である」か「違法でない」かの法的判断を下す場合、まさにその法の<立法趣旨>とそれに規定された個々の条文の全体的な<論理的連関>こそが<内容>的に問題になるんです。
戦時国際法には、洋の東西を問わず<当時>の「文明国」の軍人たちが共有できる「人道ノ法則」、<当時>の戦争戦場において一般に認められている慣習法的な慣行慣例が<内容>的に籠められている(ヘーゲル的に言えば「人道ノ法則及公共良心」が法律という実体的なかたちにおいて<内容的>に<止揚>されている)。その“<内容>を抜きした法の純粋「形式」的な論理的解釈”なんて、そもそもありえないんです。
そういう意味では、個別科学としての法律学において、法律の<論理>的解釈というのは、形式論理学とは異なるレヴェルにある。形式論理学の場合、ある特定の自然的・社会的・文化的な諸事象の個別的・特殊的な<内容>を論理的に捨象し純粋に<形式>を取り上げる。しかし、「法学的論理」というのは、<内容>を捨象した純粋な<形式>ではなく、法の<内容>(内実)に規定された<法制的形式>を取り扱う(<内容>と<形式>を統一的に取り上げる)ものなのであって、法律解釈=形式論理的解釈とイコールになるわけではない。
ところが小室さんは、戦時国際法の<立法趣旨>とそれに<内容>的に規定された個々の条文の<論理的連関>、「ハーグ陸戦条規」全体の<論理的整合性>を見ずに、「陸戦規則」個々の条文(第一章第一条「交戦者ノ資格」と第二十三条二項「降ヲ乞ヘル敵」殺傷禁止)だけを機械的に摘み出し、さらに「降伏」の法律学的定義(交戦国軍隊の一部が、その指揮官の権限において戦闘行為をやめ、敵対してきた軍隊の権力下に入ること)から「指揮官」をぽつんと摘み出し、恣意的に繋げて‘法解釈’している。
しかも、国際<公>法としての戦時国際法と、<私>法としての民法・商法それぞれに特有の<内容>を抜きして、戦時国際法上の「降伏」(軍事行為)も民法・商法上の「契約」(経済行為)も、「双方の意志の合意」という点では同じ(<形式>的には共通する)とばかりに、「軍事的行為」としての「降伏」を「契約」という「経済商行為」レヴェルで考えてしまっています。
7 具体的事例に即した考察(2)
「ハーグ陸戦規則」は、<当時>の「文明国」間で一般に認められている戦争戦場における慣行慣例を法典したというべきものです。だからこそ「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」及びその「条約付属書 陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」には「慣例」の文字が入っている。
したがって「陸戦法規」第一款第二章第四条にいう「俘虜ハ、敵ノ政府ノ権内ニ属シ、之ヲ捕ヘタル個人又ハ部隊ノ権内ニ属スルコトナシ」の捕虜規定も、「俘虜ハ人道ヲ以テ取扱ハルヘシ」も、また第二十三条(禁止事項)「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞エル敵」も、「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」云々という<立法趣旨>から<内容>的に位置づけられ、この<内容>を踏まえて<論理>的に解釈される。ここで、また一つ具体的な事例を挙げて考えてみましょう。
[第十六師団歩兵第三十旅団隷下の歩三八聯隊副官・児玉義男大尉の証言]
「連隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、彼我入り乱れて混戦していた頃、副師団長の声で、師団命令として『支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ』と電話で伝えられた。私は、これはとんでもないことだと、大きなショックを受けた」(『南京戦史』偕行社 341頁)。
先に述べたように、戦場における戦闘行為は敵兵の排除粉砕殲滅戦です。しかし敵兵殲滅はあくまでも軍事目的を首尾よく達成するために要請されるのであって、敵兵の殺戮殲滅そのものを<自己目的>にしているわけではありません。
軍事目的を達成するにあたって、敵兵の存在がその遂行の障害になるからこそ排除粉砕殲滅しなければならないわけで、敵兵が無力化し抵抗の意志を捨て投降してきた場合には「殺してはならない」というのは、<当時>の慣習法上一般に広く認められている。まさに「文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求」というやつです。
<現代>に於いてはもちろん、<当時>の「文明国」に属する軍人のモラル・感覚としても、武器を捨て白旗を掲げた投降兵を容赦なくドシドシぶち殺すというのは「これはとんでもないこと」と観念されるのであって、ましてや武装解除しいったん隔離収容した投降兵(軍の「権内」に入れた「俘虜」)を「処分」するなど、<当時>の戦闘戦場における慣行慣例上「人道に反する」蛮行と観念されます。
西欧の軍人ならば「騎士道精神に悖る非道」という言い方をするだろうし、日本の軍人なら「武士道ノ退廃ナリ」とか「皇軍ノ武威ヲ汚ス行為」という言い方で嘆くことにもなるわけです。ここでもう一つ、同じ第十六師団の支隊長の証言をあげておきます。
[佐々木到一少将私記]
「その後俘虜続々と投降し来たり数千に達す、激昂せる兵は上官の制止を肯かばこそかたはしより殺戮す。多数戦友の流血と十日間の辛惨を顧みれば兵隊ならずとも「皆やつてしまえ」と云い度くなる。白米は最早一粒もなし、城内には有るだらうが、俘虜に食はせるものの持合わせなんか我軍には無い筈だつた」(『南京戦史資料集T』偕行社 272頁)
先にも述べましたが、わたしは、激戦を戦い戦友を殺され、敵愾心と復讐感情の赴くまま投降兵を殺害することに対して、戦争戦場戦闘をリアルに知りもしない世代の人間が、今現在の感覚で「残酷!」だの「虐殺者!!」などとモラリストぶって非難糾弾するべきではないと考えます。
南京に至る行程で、中国王朝四千年の歴史を彷彿とさせる肉体陵辱性器切断などのやり方で戦友が惨殺されたという証言を聞けば、中国兵に対する敵愾心と復讐感情は、現代に生きる我々としても気持ちはよく分かります。しかし、「兵隊ならずとも皆やってしまえと言いたくなる」というのは「戦時国際法」に馴染まぬ感情論に過ぎないのであって、情緒論感情論を排し徹底的に冷徹厳密に「ハーグ陸戦法規」を適用する限り、第二十三条ニ項(「兵器ヲ捨テ又ハ自営ノ手段尽キテ降ヲ乞エル敵」の殺害禁止)違反になってしまいます。
この殺戮を「制止」する上官の行動の方が、「投稿兵を殺傷しない」という<当時>広く一般に認められている慣習法上の慣例慣行に適っている、したがってそういう慣習法上の慣行慣例を実体化した「ハーグ陸戦法規」を遵守しているということになるわけです。
以上、小室さんの南京における投降兵処断「合法化」(正当化)論を詳しく検討してきました。
「南京事件」を一つの裁判、国際法廷の事案と考えてみると、その「弁護」というのは容易なことではありません。なにしろ敗戦国という圧倒的に不利な立場で、しかも日本が最も苦手としている熾烈な外交戦、中国が最も得意としている武器なき戦いすなわち情報謀略戦を戦わなければならないのですから。
<当時>の日本軍の「戦争犯罪」が<現在>の国際<政治>世論において非難糾弾されているとき、<現在>のわれわれ日本人がそれを国際<法>的レヴェルで「弁護」するというのであれば、「<当時>の国内外の国際法学界の通説」に照らして、<当時>の日本軍の行為行動がけっして違法ではないと<客観>的に証明してみせなければなりません。しかし「<当時>の国内外の国際法学界の通説」に照らして厳密に考える限り、南京の皇軍全面無罪論というのは無理です。小室さんは、通説とは離れた‘小室説’(指揮官双方の正式「降伏」合意がないんだから皆殺しオッケー)で「弁護」するという決定的な「弁護方針」ミスを犯しています。
《補注1 弁証法の罠》
「弁証法」は、事象の複雑多様な現象的諸契機を<止揚>し、対象に内在する事象の重層的立体的な<論理構造>を透かし見るという「発想<法>」であり<方法>です。そういう思考の訓練を積み重ねていくと、様々な学問流派の議論などを読み聞き、そこに内在する「アラ」のようなものをそれなりに直観的に<透かし見る>ことができるようになります。
たとえば、わたしは言語学はまったくの素人ですが、チョムスキーの「普遍文法」みたいな議論をみると、「ん?…」とその「アラ」のようなものにピンとくる。しかしながら、弁証法を学ぶものは、そこから大いなる勘違いが生まれかねないことに気をつけなければなりません。
わたしがチョムスキーの「アラ」のようなものを<透かし見る>ことができたとしても、別にわたしに個別科学者チョムスキーの学的実力(言語学に固有の学的対象=<内容>である言語現象を、<論理>的に分析する言語学的能力)が身に付いているわけではないのです。ここを勘違いすると、
“弁証法を自家薬籠中のものにした弁証法の達人になれば、あらゆる個別科学を超えたレヴェルに達する!…個別科学者など及びもつかない論理能力の高みに立てるのだ!!”
というが如き、科学(個別科学)のなんたるかを弁えぬ哲学的誇大妄想に陥りかねません。
《補注2 理論的真理と‘党派性’》
わたしは「イデオロギー的に右であれ左であれ真ん中であれ、どんなイデオロギー的立場の人でも、不承不承ではあれ<理論>的には認めざるをえないレヴェルで議論したい」と言いました。
こういう<理論>的立場は、現代思想哲学のトレンドとしての価値相対主義的発想の隆盛と、自然科学の猛烈な発展とは対照的な社会科学のとりわけ政治学の低調と現代経済学の混迷(かのサミュエルソンが嘆息して曰く「現代経済学は未だに科学とはいえない」)の状況下で、近年とみに軽視されるようになりました。歴史と社会の領域では自然科学の如き「理論」や「真理」は成り立たないという昔ながらのトホホな不可知論的議論が、半ば常識化しかけているのではないかと思います。
日本の左翼&サヨクの場合には、現代的な不可知論的‘真理の相対性’発想とはまた別の意味で、わたしが先に述べたような<理論>的立場を理解できず拒否します。というのも、日本の左の方々というか‘良心的’進歩派といういうのは、たとえ本人が「自分はマルクス主義者でも共産主義者でもない」と<主観>的に自己規定してる人であっても、
“理論や真理というのは、ある特定の<主体>的立場に規定されているのであって、ある特定の立場に立たない限り、正しい理論を構成し真理をたしかに掴むことはできない。そういう意味であらゆる党派性から離れた「科学的理論」とか「客観的真理」などない! ”
という‘科学・理論的真理の相対性’‘理論・真理の党派性’みたいな古くさい発想に、未だに囚われているからです。この「特定の<主体>的立場」というのは、あるときは「労働者階級の立場」であったり、あるときは「人民の立場」であったり、またあるときは「庶民大衆の立場」であり、さらに「殺される側の立場」なんてことにもなったりします。もっと言えば、この「○○の立場」というのは別に左翼だけの専売特許ではなく、○○にはなんでも入るわけで、「人種・民族の立場」から‘民族主義的科学’を打ち出したのはナチスでした。
この“「○○の立場」に立たなければ正しい理論的真理もない”という‘党派的真理’の発想は、マルクス・レーニン主義者の‘客観的・絶対的真理論’の思考枠組みそのものです(この「真理」観の問題は、HP「真理は汝らに自由を得させむべし」「マオを評す」でも述べましたので是非参照して戴きたい)。
マルクス・レーニン主義者というのは、<階級>的立場から離れた「科学的理論」とか「客観的真理」など“ブルジョワ科学主義”とか「ブルジョワ客観主義」と罵倒すべきものでしかありません。
連中にとって「真理」とは常に「階級的真理」です。そしてこの「階級的真理」は「客観的真理」、文字通り「客観的」に実在する「真理」です。
悠久の宇宙・天体史⇒地球・地殻史⇒生命・生物史⇒人類・社会史を通じて、「客観的真理」は自らを段階的に顕現していきます。その歴史的段階の各レヴェルにおいては「真理」は常に「相対的真理」で、歴史の流れの中でより高い「真理」に止揚され乗り越えられていきます。レーニン曰く、「真理」は常に「相対的真理」だが、しかし歴史的過程を通じて「真理」が発展していき、その発展過程という「相対的真理」の「総和」が「絶対的真理」(宇宙天体史⇒地球地核史⇒生命生物史⇒人類社会史という発展過程そのものが「絶対的真理」へ向かう無限の時間系列)ということになります。
そして、悠久の人類史の流れの中で、ついに究極の「真理」を体言し得る実在的存在として現れたのがプロレタリアートです。ちょっと京都学派左派の梯明秀風の哲学的言い方をすれば、“宇宙的全内容は革命的プロレタリアートにおいて顕現する”というわけです。したがって、プロレタリアートの「階級的立場」に徹底的に立ち切ることがすなわち「真理」の立場に立つことになるわけです。
この「真理」観の思考枠組みは、ごく少数の例外を除いて、日本の左派の「科学」「理論」観を根底的に規定していると思います。
わたしは、日本の左翼&サヨクの中には「理論・科学」と「思想・イデオロギー」の区別と連関をきちんと理解できない人がもの凄く多いと感じていますが、その理由は、<主観>的には非マルクス主義者と自己規定していながら、しかし<客観>的にはマルクス主義の思考枠組みがずっぽり頭の中に仕込まれている(のに気づいていない)というところにあると思っています。
(この「真理」観の問題は、HP「真理は汝らに自由を得させむべし」「マオを評す」でも述べましたので是非参照して戴きたい)
《補注3 <実践的>認識としての「意志」と実践的<認識>としての「意思」》
本稿では、従来とは異なり「意志」ではなく「意思」という表記を選択しています。「意志」は人間の認識の一つの特殊なあり方ですが、人間<主体>の認識は<理論>的認識と<実践>的認識とに大きく対比的に分けて捉えることができます。
@ この「実践的認識」を<実践的>認識として、すなわち、<理論的>認識と大きく対比的に区別しその<実践的・能動的性格>にアクセントを置いて捉えるときには、意<志>という表記になる。
たとえば、「あの人は意志が強い」という場合、どんな困難や反対があったとしても、断固として自らの<意向>を貫こうという強い実践的能動性を持っているということであり、「意<志>」という表記は、諸個人の実践的活動を直接規定する「意志」の<実践的能動的性格>を、<志>という言葉で掬い取ろうとしている。「意<思>が強い」より「意<志>が強い」の方が表記としてぴったりくる。
カントやヘーゲルなどドイツ哲学の訳者たちが「意思」ではなく「意志」を選択したのは、そういう意図からでしょう。哲学や認識論、あるいは言語学など人間の認識を取り扱うフィールドでは「意志」という言葉の方が<概念>的表記として適切です。これに対して、
A 「実践的認識」を実践的<認識>として、すなわち、「理論的認識」と「実践的認識」をことさら対比的に分けるのではなく、理論的<認識>も実践的<認識>もともに等しく<認識>(思)であるというレヴェルで捉えるときには、意<思>という表記になる。すなわち、人間<主体>が「〜〜をしたい」というときの<思い>を、その具体的な「〜〜」という<思い>の中身(認識内容)の方にアクセントを置いて捉えている。
たとえば、契約の申し込みや解除などで法的権利・義務についての法的効果を発生させるとき、われわれは書面で自らの「意思」を表明する。「〜〜したい」という<意>向と、「〜〜」という<思い>(認識内容)を統一的に表現したいとき、われわれは「意<志>」ではなく「意<思>と表記する。
法律学などの場合は「意思」の方が一般的で、「意志」を使う人はほとんどいません。これは法律学のような学問フィールドでは、「意志」(<実践的>認識)よりも「意思」(実践的<認識>)の方が表記としてシックリくるからです。
わたしは、認識論・言語学・社会科学中の理論科学においては、「意思」よりも「意志」の方が、<概念>的表記としてより適切だと思います。「意志」という表記には、<理論>的認識と<実践>的認識を厳密に区別するという認識論的立場から、<実践的>認識の<実践性>を表すという意味が籠められています。
しかし、実務学・政策学としての性格の強い法律学のような学問フィールド(この点「政治学と法学における<法>の位相」参照のこと)では、ことさら<理論>的認識と<実践>的認識を論理的に区別するなどという学的必要性はありません。理論的<認識>も実践的<認識>も等しく<認識>(思)であるというレヴェルで、「意思」という表記が一般的に使われます。
本稿は「南京事件」の投降兵処断の国際<法>的評価を議論するものです。認識論的レヴェルで<意志>(<実践的>認識)を扱うのではなく、法学レヴェルで<意思>(実践的<認識>)を扱うものですから、法律学で一般的な表記「意思」をあえて使い、必要な場合に「意志」を使うことにしました。
【補注】
ちかぢか時枝誠記『国語学言論』が岩波文庫化するそうですが、「アプリオリズム」に関して、目の覚めるような鮮やかな方法論論議をしていますので紹介します。
「凡そ、真の学問的方法の確立或いは理論の帰納ということは、対象に対する考察から生まれて来るべきものであって、対象以前に方法や理論が定立されて居るべき筈のものではない。それが学問にとって幸福な行き方であろう。たとえ対象の考察以前に方法や理論があったとしても、それはやがて対象の考察に従って、或いは変更せらるべき暫定的な仮説として、或いは予想としてのみ意義を有するのである」(『国語学原論』岩波書店 4頁)
わたしがこの時枝の立言を初めて読んだのは滝村さんの『マルクス主義国家論』で、さっそく古書店で買い求め一読、難しいながらも、こういう人を本物の学者というんだなあと感動したものでした。
<方法>や<理論>というものは、アプリオリに頭の中にあるのではなく、あくまでも「対象の考察」から生まれてくる。「対象の考察」以前に<方法>や<理論>があったとしても、「それはやがて対象の考察に従って、或いは変更せらるべき暫定的な仮説」にすぎない。これは実にヘーゲリアン的発想であり、三浦さんが時枝誠記に「本物の学者」をみたのは宜なるかなと思います。
ちなみにヘーゲルはカント批判哲学批判の中で、その方法的アプリオリズム批判として次のように述べています。
「批判哲学の一つの主眼点は、神とか事物の本質とか等々の<認識>に取りかかる前にあらかじめ<認識能力>そのものが吟味されて、それがそのような仕事をする能力をもつかどうか調べられねばならないとするところにある。仕事に取りかかる前に、その仕事のための<用具>となるべきものをあらかじめよく知らねばならず、道具が不十分ならば、ほかのいっさいは徒労であろうというわけである。
この考えは至極もっともらしく見えたので、ひじょうな賛嘆と賛同を呼び起こして、認識の働きを、<諸対象>への関心とそれらの研究からそれ自身へ、形式的なことがらへ、引き戻した。
しかし、ことばで欺かれまいとするなら容易にわかるはずのように、なるほど他の道具ならば、その道具の向けられている固有の仕事をやってみないでも、別のやり方でそれを調べて判定することが出来はする。しかし認識作用の吟味は<認識しながら>でなければ行われようがない。このいわゆる道具なるものの場合は、それを吟味するとはそれを認識することに他ならない。ところが、認識する<前に>認識したがるというのは、<あえて水にはいる前に泳ぎ>を習おうというあのスコラ学者の賢明な意図と同じように、不条理である」(『エンチクロペディー』「序論」第十節 『ヘーゲル全集第一巻』岩波書店 真下信一 宮本十蔵訳)
〔 総括的な批判の骨格 〕
小室さんの南京投降兵処断「正当化(合法化)」論は、@ 議論の設定の仕方という<形式>的なところでも、A 議論の中身<内容>においても間違っています。
いま<現在>に生きるわれわれが、「南京事件」における投降兵大量処断は<当時>の国際法上の基準に照らして違法か合法か?…という法律的判断を下す場合、
【 その「処断」が「軍事上やむを得ない」場合であったと言えるか否か?…の現実具体的な緻密な<内容>的検討、南京事件に関する実証事実的な史学的資料を踏まえた史実の解明が必須 】
です。ところが小室さんは、南京の「投降兵処断」問題(「便衣兵処刑」ではなく)を、その処断が「軍事上やむをえなかったか否か?」という南京事件の具体的<内容>的検討を抜きにして、南京の投降兵に「捕虜資格」有りや無しや?…を<形式>的に問うところから、アプリオリに議論をスタートさせています。
<内容>をぶっこ抜いた「捕虜資格」の<形式>論議から論理必然的に、“敵味方の司令官双方の合意による「正式な降伏」がない以上、投降兵を「降ヲ乞ヘル」と認めず「捕虜資格」なし、だから捕虜に取らず皆殺しにしても合法”という‘論理’が導き出されます。
この‘論理’を認識論的レヴェルで捉え返すと、B 「ハーグ陸戦規則」の<規範>としての<客観的規制・拘束力>(内容的規定性)を無視することで成り立っている議論ということであり、さらにこれを論理学的な言い方をすれば、C 「ハーグ陸戦規則」の「戦時国際法」として<法的論理整合性>を捉え損なっているということでもあります。
<法的論理整合性>というものは、<内容>を捨象した純粋な<形式>ではなく、法の<内容>(内実)に規定された<法制的形式>における<論理的整合性>です。したがって法律学における法解釈というのは<内容>と<形式>を統一的に取り上げるものであって、「法学的論理」を単純に「形式論理」と同じレヴェルで考えてはなりません。
小室さんは『封印の昭和史』の中で、投降兵が「捕虜であるかないか」を決定するのは「攻撃をする方」であり、「捕虜でないと決定すれば即座に殺してもいい」(66頁)と述べています。なるほど、たしかに<意思決定権>の所在如何という<形式>論議としてなら、「捕虜に取る取らない」を現実に「決定」(意思決定)するのは「攻撃する側」と言ってよい。そんなの当たり前と言えば当たり前の話です《補注3 <実践的>認識としての「意志」と実践的<認識>としての「意思」》。
しかし「南京事件」で問題になっているのは、「捕虜でないと決定すれば即座に殺してもいい」なんて抽象的一般的な話じゃあない。問題の核心は、
【 その「捕虜でない」「捕虜に取らない」という「決定」(意思決定)の<内容>そのものが、<当時>の法に照らして妥当であったか否か?… 】
なんです。南京事件の投降兵殺害の場合、日本軍の指揮官(軍司令部レヴェルか下級指揮官かはともかく)が<主観>的に“捕虜にする必要なし!”と「判断」(意思決定)し、将兵たちも“オレたちは捕虜を殺してるつもりはない”と<主観>的に思いながら投降兵を「処置」した事例です。
投降兵処断が「軍事的に必要」と<主観>的に「判断」(意思決定)するのは、なるほど<形式>的には日本軍司令部及び現場の指揮官たちですが、しかしその<主観>的な「判断」(意思決定)の<内容>は、“捕虜に取る取らないはこっちの勝手”なんて単なる‘主観的恣意’レヴェルのものじゃあない。「ハーグ陸戦規則」を遵守す<べし>という<客観>的な法的遵守義務に拘束されるというかたちで<内容>的に規定されています。すなわち、
【 <当時>の日本軍将兵がいくら<主観>的にそう思っていたって、<当時>の「ハーグ陸戦法規」第二十三条二項の規定に照らして「捕虜」に取る<べき>投降兵はこれを「捕虜」にしなければならないという<客観>的な法的遵守義務は、厳然としてある 】
ということです。この「法的遵守義務」を<当時>の南京の日本軍が犯していたか否か?…を、<現在>のわれわれ日本人が国際<法>的に評価判定する場合、<当時>の日本軍将兵の<主観>を法解釈の最終基準にはできません。<当時>の国際法学界の状況を踏まえた上で、<当時>の日本国内の法学者たちの国際的に通用しえる見解も参照しながら、
【 <当時>の日本軍将兵が、その投降兵殺害は「軍事上必要」だったといくら<主観>的に思っていたとしても、<当時>の「ハーグ陸戦規則」に照らして「軍事上必要」と解することができない場合、<客観>的に「不法殺害=虐殺」と認定する 】
ことになります。「南京事件」を一つの裁判、国際法廷の事案と考えてみると、<当時>の日本軍の「戦争犯罪」が<現在>の国際<政治>世論において非難糾弾されているとき、<現在>のわれわれ日本人がそれを国際<法>的レヴェルで「弁護」するというのであれば、日本国内の少数説や異端説の類に依拠しても、国際<法>的になんの説得力も持ちえません。「<当時>の国内外の国際法学界の通説」に照らして、<当時>の日本軍の行為行動がけっして違法ではないと<客観>的に証明してみせなければならないのです。そしてそのためには、<当時>の投降兵処断が「軍事上やむを得ない」場合であったと言えるか否か?…の現実具体的な緻密な<内容>的検討、南京事件に関する実証事実的な史学的資料を踏まえた史実の解明が必須になるわけです。
ところが小室さんにはその<内容>的検討がまったく欠落している。この欠落から論理必然的に、戦争当事者の<主観>を超えた「戦時国際法」<規範>としての法的遵守義務の<客観性>を見失い、「ハーグ陸戦規則」の法的論理整合性を捉え損なうことになる。その結果、通説と離れた‘小室説’(指揮官双方の正式「降伏」合意がないんだから皆殺しオッケー)を以て南京の皇軍を「弁護」するという、決定的な「弁護方針」ミスを犯すことになってしまったというわけです。
以上が、小室さんの投降兵処断「合法化」(正当化)論に対する総括的批判の骨格です。以下より具体的に論じていくことにします。
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